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中国の海洋進出の危険性を警鐘

『海の地政学―覇権をめぐる400年史』

 著者である獨協大学教授の竹田いさみ氏は、かつて政府開発援助(ODA)事業を視察して示唆に富んだアドバイスをするなどの役割を果たしたことで知られている。教授の専攻は海洋安全保障、東南アジア・インド太平洋の国際関係、南洋と海賊の世界などで、1991年には『移民・難民・援助の政治学』(勁草書房)がアジア・太平洋賞の特別賞を受賞した。2011年には『世界史をつくった海賊』(ちくま新書)が国際理解促進図書優秀賞を受賞している。
 海の覇権をめぐる400年史と言えば、大航海時代から地球の70%を占める海の覇権をめぐってスペイン、オランダ、英国、そして二度の大戦を経て頂点に立った米国、さらに今では海洋ルールの国際化に挑戦する中国の存在が際立っている。本書は400年に及ぶ海をめぐる激動の歴史を描く力作だと言えよう。
 本書の構成は、第1章「海を制した大英帝国」、第2章「クジラが変えた海の覇権( 捕鯨船時代)」、第3章「海洋覇権の掌握へ向かうアメリカ」、第4章「海洋ルールの形成」、第5章「国際ルールに挑戦する中国」、第6章「海洋秩序を守る日本」となっている。
 特に注目されるのが、第5章「国際ルールに挑戦する中国」だ。海洋の国際ルールである「国連海洋法条約」は1982年に採択されたが、中国はこれに挑戦的な態度を取っている。中国は一応、国際社会の一員になるべく、96年に国連海洋法条約を批准したものの、その前の92年に国内法として「領海法」を制定している。
 つまり、中国の領海法は国連海洋法条約を尊重しつつも、国連海洋法に縛られないことを明文化したものだと言える。中国の領海法は次の3点で国際的な海洋ルールに抗し、また国際ルールを受け入れていない。①中国が周辺海域の島々をすべて領有していると一方的に宣言していること、②外国の軍用船に対して「無害通航」を禁じ、中国政府からの事前許可を求めていること、③領海と接続水域を一体化して捉えることを可能とし、海洋問題の解決には人民解放軍の動員を明記していること。
 こうして、中国は周辺の島々をすべて領有していると一方的に宣言し、周辺国が実効支配していても無関係に中国の領有を主張する。尖閣諸島はその好例だ。とにかく中国は、自国の望む領有対象の島々をグループ化し、南シナ海に点在している島々を地図上で結び、「九段線」と呼ばれる非公式な境界線を中国製の地図に印刷して、島々をつなぐ海域のすべてが中国の領海であると主張している。
 本書では、こうした中国の海洋進出について3つの危険性を指摘している。第1は「海洋国土」構想、第2は海外の港湾管理(巨額の借款などを通じて海外の港湾を整備すること)、第3は尖閣諸島が位置する東シナ海への海洋進出だ。第2の危険性については、例えばスリランカが借款の返済が不能になったため、中国はハンバントタ港を実効支配すべく租借地として中国の管理下に置いている。
 これまでの海洋ルールづくりは、英国と米国が主導してきた。だが、今では急速に成長してきた中国が経済力、軍事力を背景にして、これまでの海洋ルールを無視するかのように、頂点に立つ米国に挑戦している。その意味で、現在の国際海洋法は形骸化されつつあると言える。この問題は次の世代に引き継がれる最大の海洋問題だ。

(荒木光弥・本誌編集主幹)


『海の地政学―覇権をめぐる400年史』
竹田いさみ 著
中公新書
900円+税


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本記事は国際開発ジャーナル2020年4月号に掲載されています
(電子版はこちらから)

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