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【BOOK INFORMATION】画期的な出版「国際開発学事典」

※本記事は『国際開発ジャーナル』2019年8月号に掲載されたものです。
 一部、現状に合わせて加筆・修正しました。


大海への海図「事典」
 開発課題に実践的に対処する学問の学際的団体である国際開発学会(JASID)。経済学、経営学、政治学、社会学、文化人類学、農学、工学、医学など、各学問分野で発展してきた開発問題に関する知識を集約し、日本における開発研究および開発協力に従事する人材の養成も目指してきた。
 『国際開発ジャーナル』2019年8月号に本文が掲載された当時、JASID第10期会長を務めたのは、立命館アジア太平洋大学の山形辰史教授だ。(注記:2024年5月現在の会長は第12期・名古屋大学の山田肖子教授) 同年の学会ホームページに掲載されていた会長挨拶で、山形氏は「(先進国も受益対象となる)持続可能な開発目標(SDGs)の時代になってから、開発途上国の人々の貧困削減への関心は相対的に弱められている」と、近年の傾向を指摘している。その上で、JASIDとして「世界の人々に対して、開発課題がまだまだ深刻な状態にあることを強く主張していくべきだ」との展望を示していた。
 そうした中で、JASIDは2020年、創設30周年を迎えた。その記念事業として、昨年(2019年)、学会が総力をあげて取り組んだのが『国際開発学事典』の編纂・出版だ。本書は、その斬新性とユニークさから開発関係者らの間で高く評価されており、徐々に開発関係者以外にもその存在が知られるようになっている。編集委員長を務めた京都大学の高橋基樹教授は、発刊にあたり巻頭言でその意図を次のように述べている。
 「国際開発研究は、今日まで国際開発と開発途上国、さらには先進国や新興国の絶えざる変動に向き合い、将来の日本の学界ないし新しい研究の地平を切り開いてきた。国際開発研究が対象とするテーマや知的領域は広がりを見せており、自然科学から人文科学、社会科学に至るまで極めて多くの専門分野によって扱われている。本事典は、この複雑化・多様化した国際開発研究の成果を日本の内外に広く届け、国際開発研究という大海原に初学者が漕ぎ出すための“海図”の役割を果たすことを目指している」
 事典のポイントを、目次に沿って紹介してみよう。序章「歴史と理念」では、開発理念の変遷から国際秩序の変動と地球規模の問題、持続可能な開発論の歴史的系譜などに関する用語が、以下のようなテーマごとにまとめられて解説されている。

1.「文化」:
文化相対主義、宗教と開発から多様性と創造性、開発と人類学など。
2.「社会変動」:
開発と社会変動から人の移動と難民、社会階層と開発主義、社会規範の変化など。
3.「コミュニティー」:
コミュニティーと開発から参加型開発とエンパワメント、NGOとコミュニティー、地方分権と地域コミュニティー、開発と移民・ディアスポラなど。
4.「農業・農民・農村」:
農業・農民・農村から灌漑農業の歴史と発展、農業と技術革新、食と農の距離など。
5.「保健医療」:
プライマリ・ヘルス・ケアとユニバーサル・ヘルス・カバレッジ(UHC)、保健医療情報システムから母子保健、感染症対策、自然災害など。
6.「教育」:
開発と教育、教育・人材開発と経済発展から宗教と教育、ノンフォーマル教育、教育開発と国際協力、教育開発と国際新枠組みなど。
7.「国家・法」:
国家体制と法制度、開発途上国における国家体制、汚職と腐敗、開発国家と開発独裁から法と開発、破綻国家の出現など。
8.「平和」:
現代における紛争と平和構築、平和構築と法の支配などから紛争と人間の安全保障、紛争とジェンダー、国際武器取引と核不拡散、テロリズムなど。
9.「貧困と不平等」:
貧困と不平等、貧しい人々の自立などからサハラ以南アフリカの貧困、南アジアの貧困、日本の貧困地域など。
10.「包摂性」:
包摂的な開発、人権と開発、人道と開発から住民移転、女性に対する暴力、人身取引など。
11.「貿易と資本・労働移動」:
国際分業理論と開発、開発のための貿易政策、技術移転と知的財産権からグローバル・サプライ・チェーンと国際分業、フェアトレード、一次産品など。
12.「成長・マクロ経済」:
経済発展とマクロ経済、経済成長と技術進歩などから経済危機、開発と財政、持続可能な成長、貧困削減を伴う経済成長、債務削減など。
13.「産業・金融・ビジネス」:
キャッチアップ型工業化、開発途上国における中小企業振興、産業発展のための人材育成、貧困層とビジネス、コミュニティー・ビジネス、一村一品運動など。
14.「インフラ・技術・強靭性」:
インフラ整備と経済成長、道路、港湾、鉄道、空港、電力・エネルギー、情報通信、上下水道などの事業から環境配慮、住民参加、防災、緊急支援・復興支援など。
15.「環境・資源・エネルギー」:
資源と環境、環境ODA、大気汚染などからグローバルな水問題、気候変動など。
16.「国際開発協力の理念とアプローチ」:
援助理念、開発協力の潮流の変化、南南協力からインクルーシブな開発協力、自助努力支援など。
17.「国際開発協力のアクター」:
国際開発協力のアクター、日本の政府国際援助の担い手、日本の援助の変遷や特徴などから民間企業と国際開発協力、開発コンサルタント、新興国による援助など。
18.「2030年以降の国際開発」:
国際開発の未来、ポストSDGs、援助国と被援助国・国際援助システムの変容などから保険、教育、資源・環境、エネルギー、グローバルな格差、都市化、技術と開発などの未来予測など。

編集委員長を務めた京都大学大学院アジア・アフリカ地域研究研究科の
高橋基樹教授

市民権を得た国際開発学
 高橋教授は、本誌とのインタビューで「日本の国際開発学は世界の研究に追いつきながら、経済学のレベルにも近づいている」と語る。さらに、「レベルが上がるだけでなく領域も広がり、今では市民権を得るところまで発展している。しかも“宗教と開発”というように多面的で広い領域へ広がりを見せている」とも指摘する。
 そうした中で、同氏は、本書を特に「高校の先生たち」に読まれることを期待していると熱く語る。「人口減少の中で成熟する日本にも開発問題が存在することを考え直してもらいたい。例えば、都市化現象は世界共通の問題であり、その中で日本は課題先進国になっていることを自ら認識しなければならない」と、高橋教授は強調する。
 さらに「世界は日本と共通する多くの課題を抱えている。自国第一主義では地球規模の問題に対処できなくなっていることを認識する必要がある」と述べた。
 本書は、ODA事業に直接関わる政府関係者、国際協力機構(JICA)、開発コンサルタント、関係企業、関係団体に、同じ問題意識を持つ同士として特別な意図を持って本事典の普及に協力してほしい。
 30年の歴史を刻んできた国際開発学会という知的殿堂がさらなる発展を遂げるためにも、今回の出版をみんなで後押ししてほしい。

・国際開発学会


『国際開発学事典』
国際開発学会 編
丸善出版
20,000円+税

・丸善出版

https://www.maruzen-publishing.co.jp/item/b302769.html


掲載誌のご案内

本記事は国際開発ジャーナル2019年8月号に掲載されています。

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