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患者さんの顔を傷つけず、医療者の負担を軽減する。顔の形状に合わせて変形する人工呼吸器用マスク「javalla」

はじめまして、株式会社iDeviceです。

私たちは顔の形状に合わせて変形し、低圧で密閉性を確保できる蛇腹構造の人工呼吸器用マスク「javalla(ジャバラ)」を開発しました。

従来の人工呼吸器用マスクには、重大な課題がありました。それは、密閉性を確保するため顔にマスクを強く押し当てるので患者さんの不快感が大きく、鼻や頬の皮膚が荒れてしまったり、傷ができてしまったりすること。そして、装着時のサイズ調整など医療者にとっても負担が大きいこと。javallaは、これらの課題を解決するために生まれた製品です。

開発にあたりどんなことにこだわったのか、javalla によって医療現場や人工呼吸器ユーザーの暮らしはどう変わるのか。iDevice代表・原正彦のインタビューをお届けします。

原正彦:循環器内科専門医、株式会社iDevice 創業者 代表取締役会長CMO
島根大学医学部医学科卒。神戸赤十字病院、大阪労災病院で研修を受け、大阪大学大学院医学系研究科循環器内科学で学位取得。2016年に大阪大学発ベンチャーとして株式会社iDeviceを創業。日本臨床研究学会代表理事、島根大学客員教授など複数の肩書を持つ。

現場の「アイデア」を、産業利用可能な「発明」にする


――まずは自己紹介をお願いします。

株式会社iDevice代表の原正彦です。私は循環器内科医として臨床を行う傍ら、臨床系研究論文を88編執筆し、米国心臓協会・米国心臓病学会で若手研究員奨励賞を受賞するなどアカデミックな活動に力を入れてきました。

しかし、臨床や研究だけでは医療現場は変わらず、より良い医療を患者さんに届けられないと感じたのです。ビジネス的な視点を加えることで医療課題に取り組もうと2016年に株式会社iDeviceを創業し、時間はかかりましたがjavallaの開発、量産化に成功。現在は製品の普及と販売に取り組んでいます。

――javallaを開発した背景を教えてください。

医療機器開発に関する講演をした際、聴講していた臨床工学技士さんからエレベーターピッチを受けたことがきっかけです。「人工呼吸器用マスクのクッション部分に蛇腹構造を採用すれば、NPPV(非侵襲的陽圧換気)療法による圧迫創傷を予防できるのではないか」という提案でした。

私は循環器内科医として働くなかで、急性心不全の呼吸管理で用いるNPPV療法や、心不全の原因ともなる睡眠時無呼吸症候群の治療に用いるCPAP(持続陽圧呼吸)療法の際に、人工呼吸器用マスクの圧迫創傷や装着時の不快感が非常に大きな問題となっている点を認識していました。

顔の形や大きさは千差万別ですが、人工呼吸器用マスクは数種類しかありません。うまくフィットするものがない場合は、強く押し当てなければいけないこともあります。そうすると、集中治療を要する患者さんでは顔に圧迫創傷や褥瘡ができてしまうことがあるのです。また、装着時のサイズ調整に時間がかかったり、隙間をドレッシング材で埋める必要があったり、頻繁にずれるのでアラームが鳴って夜中に呼び出されたりと、医療者にとっても負担が大きいとも聞いていました。

ですので、「顔の凹凸に沿って変形する蛇腹構造によって圧を減らす」という発想は非常に理にかなっていておもしろい提案だと思いました。

どんな顔の形にも簡単にフィットする蛇腹構造の人工呼吸器用マスク、javalla。
患者さんの皮膚に負担をかけない柔らかさと高いデザイン性を備えています

――提案を聞いて、すぐに製品化することになったのですか?

「試作品を作ってみてほしい」とお願いすると、すぐに折り紙で試作した三角形の蛇腹マスクが送られてきて、それを見てとても驚きました。簡単に作れそうに見えるかもしれませんが、低圧でマスクを密閉させるための工夫や知恵が凝縮されていると感じたのです。

ただ、いくつか課題も感じました。たとえば、発明が特許を受けるための要件として産業上の利用可能性というものがあります。提案いただいた試作品はその形状から量産が難しいだろうと考えました。また、実際に使って確かめましたが、鼻の周囲からの空気の漏れはこの形状ではうまく解決できない部分もあると思いました。

実際、提案者はこれまでも色々な医療機器メーカーや企業にこのアイデアを持ち込んだようでしたが、なかなか臨床的価値を理解してもらえなかったということでした。恐らく量産ができないと判断されたことがプロジェクトに着手してもらえなかった最も大きな理由の一つだったのではないかと想像しています。

顔の凹凸に沿って変形する蛇腹構造を折り紙で表現した試作品

そこで、インダストリアルデザイナーの大浦イッセイさんに仲間になってもらい、以前からお付き合いのあった知財チームとともに、この興味深い「アイデア」を、産業利用可能な「発明」に落とし込むことにしたのです。

大浦イッセイ:インダストリアルデザイナー
1987年に金属彫刻家、表現家として独立。金属モニュメント、金属オブジェ、空間デザインなどを手がけ、2002年からはインダストリアルデザインを生業とし、現在は健康・医療関連のデザインを手がける。「アートで社会に問い、デザインで社会と共有する」を活動のドメインとし、NPO法人を立ち上げるなど社会的な活動にも尽力している。

従来の人工呼吸器用マスクの3分の1の接触圧で密閉性を保つ

——具体的には、どのような工夫を盛り込んだのでしょうか。

量産化でき触り心地が柔らかなシリコン素材を採用し、蛇腹の機能を活かすために形状は三角形状ではなく丸形状にしました。鼻と顎にテンションがかかった際に、顔を包み込むように内側にクッション部分が変形するような構造にもしています。さらに、鼻周囲からの空気の漏れ対策として、鼻溝と呼ばれるヒダ状の構造をマスクに追加しました。これらの工夫によって、通常使用時で従来の約3分の1、15mmHg未満の接触圧で十分な密閉性を保つことに成功しました。強く押し当てる必要はなく、どんな顔の形状の人にもそっと顔に乗せるだけでフィットします。

また、従来のマスクはバンドで顔を挟み込むようにきつく締め付けなければ機能しませんでしたが、javallaは低圧でも顔に密着してくれるのでその必要がありません。そこで、バンドもjavallaに特化したものを生地から作りました。三層構造で、中央に伸縮性のある素材を入れて、前頭部から後頭部にかけて頭にバンド単独で固定できるような仕組みにしました。つまり、頭に固定されたバンドに、マスクを顔にふわっと乗せて固定するのです。日頃からNPPV/CPAPのマスク装着に関わる医療者にとっては、この優しく顔に乗せる装着方法というのは少し戸惑いを感じるようで、慣れが必要だという意見をいただいています。

これまでNPPV/CPAPマスクの装着時には「いかに不快感を減らすか」という課題に取り組んでいましたが、個人的にはjavallaと専用バンドにはずっと着けていたくなるような心地良さがあると思っています。

――javallaによって医療者の負担は減ると思いますか?

間違いなく減ると思います。通常の人工呼吸器は顔の部位を測ってサイズ選択をする必要がありますが、javallaはその特徴的な鼻溝構造と、顔の形状に沿って変形する蛇腹クッションのおかげで、頬がこけている方、肥満体型の方、顔が大きかったり小さかったりする方、どんな方にもひとつのサイズで対応できます。ドレッシング材で隙間を埋める必要もありませんし、多少ズレても密閉性が担保されるので付け直しも最小限に抑えられます。

また、とても柔らかな感触で強く押し当てなくてもフィットするため患者さんの不快感が減り、圧迫創傷や褥瘡発生のリスクも低く抑えられると期待できます。身体的にも心理的にも、医療者の負担は軽減されるでしょう。

選ぶ喜びやコミュニケーションを生むカラーバリエーション


――バンドやピンにカラーバリエーションがあるのですね。

通常はカラーバリエーションがあると言っても3色程度だと思いますが、javallaではバンドもピンも6色ずつ用意しました。あえて選択肢を多くして、患者さんやご家族に選んでもらうようにしたのです。

慢性期の方には、半年に一度ほどマスクを交換するタイミングで別の色にしたり、経済的に余裕があるなら何色か購入して服に合わせて色を変えたりと、ファッションアイテムのように使うこともご提案したいです。選ぶ楽しさがあると、闘病生活にも前向きになれるのではないでしょうか。色を選ぶ過程で医療者とのコミュニケーションも生まれるはずです。

また、私は急性心不全の患者さん、終末期に近い患者さんをたくさん見てきましたが、ご家族が本人のためにしてあげられることは非常に限られています。「こんなに苦しそうなのに、何もしてあげられない」と落ち込まれる方も少なくありません。そうした状況では、「似合う色、好きな色を選んであげた」という些細なことも、小さな救いになるのではないでしょうか。医療の現場では、「ご家族が患者さんのためにしてあげられること」をつくることが大事だと思っています。

医療機器は機能性だけを追求され、無機質なデザインになりがちです。大浦さんはそこにコミュニケーションが介在する余地やファッション性を加え、見事に命を吹き込んでくれました。これまでの医療現場にはあまり見られなかった発想ですね。

自腹に近い形で3000万円以上の開発費を負担。それだけ、このマスクに可能性を感じた


——開発にあたり苦労した点はありますか?

2019年にjavallaの開発に着手してから製品として完成まで、実に4年半かかっています。苦労していない点はありません。たとえば、製品として販売するには量産化する必要がありますが、この複雑な構造物を金型から抜くのはかなり難易度が高く、技術力のある工場や職人さんたちからも口を揃えて「これは難しい」と言われました。大浦さんがその難しさを十分把握した上で、「こうしたらできるのでは?」と職人さんたちの共通言語で提案してくれたので、「うーん、じゃあやってみようか」と取り組んでもらうことができました。

開発を始めて半年である程度形にはなったのですが、そこから妥協せず肝となる鼻溝部分の形状や、クッション部分の最適な柔らかさを突き詰めていきました。都度金型をつくらないと仮説検証ができないので、コストはかかります。開発費の一部は私の自腹です。最初に仮説検証品の開発費を400万円出して、途中でさらに2700万円ほど追加しました。その間個人投資家や日本政策金融公庫からの研究開発資金も集めて、それらを全部開発にぶち込みました。

毎回見積もりを見て「うっ」と思うんですよ。でも、最高のものをつくりたかったし、ごちゃごちゃ値下げ交渉なんてして職人さんのモチベーションを下げたくなかったんです。そのくらい、この製品に可能性を感じていました。患者さんの困りごとも、医療者の困りごとも解決する製品ですから。

——今後の計画を教えてください。

僕はjavallaを、医療機器におけるiPhoneのような製品だと捉えています。必要な機能がすべて備わっていて、その上でデザイン性が非常に高く、喜びやコミュニケーションを生み出してくれる。医療現場に新たな価値観を持ち込むエポックメイキングな製品なのです。

ただ、その真価が広く世の中に伝わるには、少なくとも製品発売後4〜5年はかかると覚悟しています。焦らずじっくり価値普及に取り組んでいきたいと思います。現在は成人用しかありませんが、事業がある程度軌道に乗ったら小児や新生児にも対応できるようにしたいです。

——関心を持ってくださっている方に伝えたいことはありますか?

病院関係者の方は株式会社iDeviceのホームページからお問い合わせいただけたらと思います。患者さんご自身が購入される場合は、ECサイトから注文をお願いします。またYouTubeにjavallaの機能や装着方法を紹介する動画をアップしているので、もっと詳しく知りたい方はぜひご覧ください。javallaが人工呼吸器ユーザーの患者さんやご家族のQOL向上につながると嬉しいです。

■ javalla公式ストア
https://javalla.jp/
(※個人のお客様は公式ストアからご購入ください)
■株式会社iDevice
https://www.med-idevice.com/
(※法人のお客様はお問合せページからご連絡ください) 


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