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私にとって山で写真を撮ることは、山の景色を一つひとつ丁寧に集めていくような行為 〜鈴木優香さんインタビュー〜

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【MOUNTAIN COLLECTOR】
山の写真×ハンカチ

山岳収集家の鈴木優香さんは、Books under hotchkiss「山を開くための本 展」のトークイベントに参加していただいたご縁があったんですが、僕自身まだお会いしたことがありませんでした。山で撮った写真をハンカチにプリントして販売していると聞き、変わった活動してる人だなと知りたい欲がムクムクと湧き上がり、インタビューをお願いしました。待ち合わせた場所は築地のデニーズ。ナップサックを背負い、シンプルな服装で現れた鈴木さんはすらっと背が高く、(店内BGMに負けそうなくらい)声量は小さめでしたが、しっかりと言葉を吟味しながら語ってくれました。

----大学が東京藝大だったということなんですが、まずはその時のことからお願いします。

鈴木優香さん(以下、鈴木) 在学中は布を使って制作することが多く、誰もが共感できる感覚が研究テーマでした。大学院の修了制作では、縫い合わせた布の中に綿を詰めて、巨大な雲のようなベッドをつくりました。山に興味を持ち始めたのは、大学所有の山小屋に泊まってデザインについて語る「山ゼミ」と呼ばれる授業からです。ゼミの先生が山岳部出身だったこともあって毎年行われていたのですが、それがきっかけでアウトドアメーカーのモンベルに就職しました。商品企画部に配属になり、シャツやダウンジャケット、帽子などの小物のデザインをやっていました。山登りは入社してから本格的に始めました。社内でプレゼンするときに山に登ってないと説得力がないので。

----なるほど。写真は大学生の時からですか?

鈴木 はい。大学時代は友人や日常の風景を撮っていたのですが、山を始めてからは、山でしか撮らなくなりました。山で撮る写真がきれいなものばかりで、感動してしまって。

----そこから会社を辞めて個人活動にはどうつながっていったのでしょう。

鈴木 思いがけず富山に住むことになり、ゆくゆくは自分でものづくりをしていきたいという思いがあったので、会社を辞めました。初めは今とは全く別の活動(手織り)をしていたのですが、富山に住み始めてから山に登る機会が増え、さらに山岳会に入ったことで山に没頭する生活が始まりました。その辺りから、美しい山の景色を形のあるものとして残したいという思いが湧いてきたんです。それで、撮りためた写真からハンカチをつくることを思いつきました。

----大学時代に布で作品をつくり、手織りの作品も手がけ、そしてハンカチに至る。ご自身の中でそこはつながっているんですね。

鈴木 そうですね。山の写真はずっと撮っていましたが、私がそれを作品とするならば、紙にプリントして写真展をするのではなく、手に取れるプロダクトとして多くの人に届けたかった。写真家ではなくデザイナーの思考ですね。布は好きな素材だったので、アイデアはすぐにまとまりました。それから写真をセレクトして、ハンカチの工場を探して、販売先も決まっていない状態で一気に数百枚を発注して。そして、2016年にお披露目の個展を開きました。不安はありましたが、絶対にいいものになるという自信もありました。

MOUNTAIN COLLECTOR 山で撮った写真をハンカチにプリント

----すごくリスクのあるやり方ですね。

鈴木 個展の少し前からインスタグラムを始めて、オンラインストアを開設して、取り扱ってくださるお店も少しずつ増えていったのですが、いま思えば無謀でしたね(笑)。でも、ハンカチはプロダクトとしてもとても美しく仕上がったし、そこに落とし込んだ山の景色は大変な思いをして自分の足で登って、自分の目で見た景色。もっと険しい山に登って壮大な写真を撮れる写真家は他にもいるけれど、私にしか見つけられない景色も確かにある。唯一無二のものなんです。そして、ハンカチというアイデアは誰にでも思いつきそうでいながら、誰もやっていなかった。それが自信につながっているのかもしれません。

----先日の水野仁輔さんのインタビューで出てきた、マーケットイン・プロダクトアウトの話でいうと、鈴木さんはプロダクトアウト派ですね。

鈴木 マーケットを意識することはないですね。それを気にし始めたら何もつくれなくなってしまうので、つくりたいものをつくることにしています。

----ネパールに行った時に人生が変わったと何かの記事に書いてありましたが、どんなことがあったんですか?

鈴木 まず、日本の山とはスケールが全く違います。世界最高峰のエベレスト(8848m)を始め、標高の高い山が数え切れないほどあるんです。まさに初めて出合う景色でした。海外で山に登る経験も初めてだったので、それがきっかけでグンと視野が広がりました。下山した後も、山モチーフの雑貨を買い付けしたり、カーペット工場に私のデザインを渡してオリジナルのカーペットを作ってもらったり。海外の山に登って、写真を撮って、現地で買い付けやものづくりもして帰ってくるという働き方もできるなと、可能性が一気に広がった感じです。それが2018年でした。

----写真の話に移りたいと思います。インスタグラムを拝見しました。初期の頃は横位置の写真でした。それが途中からインスタによくある正方形になっています。写真に対する意識が変化しましたか?

鈴木 最近は写真を縦で撮ることが断然多くなってます。ネパールに行った時にあまりにも山が大きすぎて縦じゃないと収まらなくて。最近は石川直樹さんが高松で開催している写真学校に通っているんですが、横位置はより多くのものが写るので前後のつながり(ストーリー)が生まれやすく、縦位置だと左右が切れるので被写体のみが写る、より意図的な構図になると教わりました。自分ではあまり意識していなかったのですが、それで言うと、そういう物理的なこと(被写体が大きいなど)以外にも、いま私はこれが撮りたいと意志を持って撮ることが多くなっているんだと思います。

----そうそう、最近は対象に向き合っているなと思いました。

鈴木 山に登り始めた頃は、山全体をきれいだなと思って撮っていましたが、最近は木の形とか、葉っぱのディテールとか、岩の模様とか、そういう対象に向かって撮ることが多くなってきました。以前よりさらにマニアックな方向にいってるので、万人受けはしないだろうなと思いつつ。

----ハンカチというキャンバスも正方形ですしね。

鈴木 それはあまり意識していません。ハンカチをつくるために写真を撮るようになっては本末転倒だし、山を楽しめなくなるので。いい写真が撮れなければ、ハンカチにならなくてもいいというスタンスです。また、最近は写真をちゃんと勉強したいと思っています。

一期一会な山の出会い ハンカチは透ける素材

----写真を勉強するために他の写真家の写真集とかよく見ますか?

鈴木 以前はほとんど見ていませんでした。見るとどうしてもそれに引っ張られてしまうので。でも、写真学校に行きだしてから見るようになりました。インスタグラムは見始めるとキリがないので、なるべく遮断するようにしています。

----それは鈴木さんの才能だと思います。「遮断する力」。

鈴木 それならうれしいですね。

----『MOUNTAIN COLLECTOR』という名前は「山を収集する人」という意味だと思いますが、山を大切なものとして扱っている感じが伝わってきます。昔から何かを収集するのが好きだったんですか?

鈴木 そういうわけでもなかったと思います。山に登るようになってから、そこで出会った景色は二度と見られないと強く感じたんです。私にとって山で写真を撮ることは、山の景色を一つひとつ丁寧に集めていくような行為だと思い、MOUNTAIN COLLECTORという名前が自然と浮かびました。

----山が好きな人の中には、美しい山を守りたいって自然保護的な活動をする人も多いと思うのですが、そういう意識はありますか?

鈴木 それはあまり意識していないのですが、『COLORS OF MOUNTAIN』という草木染めのプロジェクトを始めてから山の中にある植物により親しみを覚えるようになりました。この活動はテキスタイルデザイナーの真田緑さん、ジュエリーデザイナーの宮田有理さんと私の3人でやっています。以前から一緒に山に登ったりしていたのですが、ものづくりも一緒にできたらいいよねということで、ちょうど1年ほど前に始まりました。山に登って、そこで葉っぱや枝を集めて、草木染めをして、山の植物が隠し持つ美しい色を探すという活動です。小学生の自由研究みたいですよね(笑)。中でも特に驚いたのがスギやヒノキの色。日本ではスギやヒノキが植林された山が多く、花粉症や単調なトレイルの原因となるのを忌み嫌っていたのですが、草木染めをしてみたらとてもきれいなオレンジ色や黄色に染まることがわかって。この活動を通して、山にある植物に対してより深い愛情が芽生えてきました。始めた当初は自然保護的な意識はなかったのですが、結果的に自然をこのままの姿で残していきたいという気持ちにはなっています。

----それは3人でやる意味があるんですね?

鈴木 皆でワイワイ研究しながらやるのが楽しいんです。それまでは3人ともひとりで活動していたので。ちょうどいま代々木上原の「and wander OUTDOOR GALLERY」で展示をやってるので行ってみてください。

----鈴木さんがやっている活動って、僕も含めた上の世代の人たちからすると、何もない野っ原に一人で出かけていってる印象に近いと思うんです。でも、いまはデジタル化が進んでつながり方が昔とは全然違うし、ものづくりのための様々なツールもある。それでも将来についての不安とかはないですか?

鈴木 私はものづくり以外では生きていけない人間だと思うし、思い立ったときに動けるように身軽でありたいので、もう会社勤めはできないような気がしています。世の中には色々な人がいるから、私のつくったものを受け入れてくれる人は、数は多くなくても必ずいるはずだと思っていて。

----たくさん「いいね」が欲しいわけじゃなく、大きな「いいね」が一つでもあればいいんですね。

鈴木 そうですね。誰かからの評価を気にしすぎると動けなくなります。なので、楽しみながら山に登ることをライフワークとしつつ、写真やものづくりや執筆など様々な柱を持っていれば、それが仕事につながると信じて活動しています。周りを見ずに突き進んでいくことも大切だと自分に言い聞かせて。最初にハンカチを勢いで数百枚作った時の気持ちを時々思い出しながら。

----コロナがもう少し収拾したら、どこに行きたいですか?

鈴木 中央アジアのキルギスや、ネパールにもまた行きたいです。スイスにも気になっているトレイルがあります。

----山に登る人が山のこと話すとき、本当にうれしそうな顔で話しますね。

鈴木 はい。山に登っている最中は、次はどの山に登ろうかという話をずっとしてます(笑)。

----うらやましいです(笑)。長時間ありがとうございました。



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