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「その男、ジョーカー」EPISODE1「卒業」#15

 ワタシは大悟が持って来たコードレスホンを受け取ると、ジャケットのポケットから鈴井の名刺を取り出してテーブルに置き、事務所の電話番号を押した。
『お待たせ致しました、鈴井プロダクションでございます』
 三コール未満みまんで出たのは、先日ワタシが事務所を訪れたさいに応対してくれた女性事務員らしかった。ご丁寧ていねいにどうも。
「ワタシ、先日おうかがいした探偵のジョーですけど、藤村さん居ます?」
『あ、申し訳ございません、藤村は只今ただいま出先でして』
 事務員の返答に、ワタシはかぶりを振った。またかよ。軽く咳払せきばらいしてから、ワタシは気を取り直して言った。
「ああそう、じゃ社長さんお願いできます?」
 先日と全く同じ展開で、鈴井が電話に出た。
『お電話わりました、鈴井です』
「どうも、探偵のジョーです。ちょっとMOMOちゃんの事でお話があるんですけどもね」
 ワタシの言葉に、対面のMOMOちゃんが反応してスプーンを動かす手を止めた。
『え? MOMOが、どうかしたんですか?』
 電話の向こうで鈴井が判りやす動揺どうようしていて来た。ワタシはこちらを不安げに見つめるMOMOちゃんを一瞥いちべつしてから答えた。
「いやね、一応見つけたんですがね、本人すっかり人間不信になっちゃって、戻りたくないって言うんですよ、あれ? オタクんとこの藤村さんから聞いてないの?」
 ワタシの質問返しに、鈴井はさらに動揺を深めた。
『あ、いえ、藤村からは何も。そ、それで、どうするんですか? 四日後にはライヴに出なくちゃならないんですよ?』
「判ってますよ社長、ライヴには行かせますからそれまではそっとしといてあげてもらえませんかね?」
 ワタシの提案ていあんを耳にしたMOMOちゃんが食事の手を止めて何か言いかけたが、ワタシはいた手を出して制する。キミが何か言うとややこしくなるからだまっててね。
『あ、まぁ、探偵さんがそう言うなら仕方ありませんけど、お願いしますよ』
 鈴井の言葉の裏にみょうなニュアンスを感じたワタシは、少し機嫌きげんそこねながら返した。
「社長が心配する様な事はしませんから。じゃ」
 電話を切ったワタシは、立ち上がって大悟にコードレスホンを返してひとりごちた。
「誰が手ェ出すか、見損なうな」
「え? なぁに?」
 直後にMOMOちゃんが不思議顔でたずねて来た。地獄耳じごくみみかよ。ワタシは首を振って座り直すと、MOMOちゃんを真っ直ぐ見て言った。
「いいかいMOMOちゃん、四日後のライヴには必ず行くんだ。ただし、歌ったり踊ったりしなくていい」
 MOMOちゃんは素直にうなずいたと思ったら、急に目を丸くして訊き返した。
「じゃあ、あたしは何をすればいいの?」
 そりゃ当然そう思うわな。ワタシはすぐに答えず、フォークを取り上げてナポリタンを巻き取ってから答えた。
「結婚発表」
 言い終えたワタシがナポリタンを頬張ほおばると、MOMOちゃんは目をかがやかせて同意した。
「それいいわね〜! ナイスアイディア! 皆ビックリして腰抜かしちゃうかもね〜!」
 意外と表現が古いな。それはともかく、あっさりと意見が通ったので、ワタシは安心してナポリタンを食した。

 食事を終えたワタシは、大悟と一緒に居たいとゴネるMOMOちゃんを引きずって事務所に戻ると、『HONEY FLASH』に電話をかけてアカネを呼び出してもらった。
『もしもぉ〜し?』
「おおアカネ、オレだ」
『あぁ、探偵さぁ〜ん? なぁにぃ〜?』
 どうやらすでに多量の酒が入っているらしい。ワタシは渋面しぶづらになりながら話を続けた。
「ちょっと頼みがあるんだよ」
『頼みぃ〜? まぁさか痴漢ちかん囮捜査おとりそうさとかじゃないでしょぉねぇ〜?』
 何言ってんだこのぱらいは? 囮捜査なんてサツもやらんぞ。
「そんなわけねぇだろ、ちょっとかくまって欲しい人が居るんだよ」
 ワタシの言葉をどうとらえたのか、アカネは急に変な笑い声を発した。
「なぁにぃ匿って欲しいって〜、もしかして隠し子ぉ?」
「バカ! オレはそっちはいたってクリーンなの! アイドルだよ」
 ワタシが出した『アイドル』と言う単語に、アカネが妙に食いついた。
『マジに? アイドル? 何処どこの誰? カッコイイ?』
 男性アイドルだと勝手に勘違かんちがいしてやがる。ワタシはあきれつつ返した。
「女の子」
『なぁんだつまんない』
「オマエなぁ、男だったらわざわざオマエに頼まんだろ〜!」
『あそっか』
 これだから酔っ払いは面倒臭めんどうくさい。ワタシは一瞬、同僚どうりょうのマリアに鞍替くらがえしようかとも思ったが、どうせマリアもアカネと似た様な状態だろうと思い直し、話を切り上げにかかった。
「とにかく、店閉まる頃に連れて行くから、頼むぞ!」
『あ、ちょ――』
 呼び止めるアカネの声を無視して電話を切ったワタシに、ほほふくらませたMOMOちゃんが近寄った。
「ねぇ、あたし彼のそばに居たいの。何で駄目だめなの?」
「あのねぇ、今からキミが下で大悟とイチャイチャしてたら目立つでしょ? それで万一まんいちあのジャーマネとか森崎とかに知られたら、ライヴでの結婚発表のインパクトが無くなっちゃうでしょうが? それに、ストーカーにまで知られちゃったらもっとマズいだろ、そんな事になったらキミだけじゃなくて大悟も危ない目にうかも知れないぞ?」
 大悟の名前を出したのは効果があったらしく、MOMOちゃんは表情をくもらせて後退あとずさった。
「そうね、彼には迷惑めいわくかけられないもんね」
「そうだろ? だから、しばらくはワタシの知り合いのお姉さんのお家で大人しくしててな」
「はぁい」
 MOMOちゃんが渋々承諾しょうだくしたので、ワタシは安心して煙草たばこを取り出したが、すぐにMOMOちゃんにかすめ取られた。
においが付くから駄目!」
「ハイハイ」

《続く》

 

 

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