「その男、ジョーカー」EPISODE1「卒業」#22
その後も『喫茶 カメリア』には式への参列者が続々と、と言う程多くないが、訪れた。まぁ殆どワタシが呼び寄せた友人知人で、新婦のMOMOちゃんには縁もゆかりも無い連中ばかりだが。その中に混じって、森崎もやって来た。勿論ワタシが呼んだ。何せ今回の仕事を早くしたのはコイツがMOMOちゃんを匿っていたお陰なのだから呼ばない訳には行かない。尚、他のファンに内緒で来ればMOMOちゃんとツーショット写真を撮らせてやるからと、撮らされる側の了承を一切得ずに口説いたのは永遠の秘密だ。
「探偵さん、今日はお招き頂きありがとうございます!」
見慣れたピンク一色ではなく、濃紺のスーツを着て現れた森崎が、ワタシに向かって気をつけの姿勢から深々と頭を下げた。何だ、まともな服持ってるのか。
「おお、よく来たね。今日のキミはMOMOちゃんのファン代表だから、その特権を噛み締めてくれぐれも粗相の無い様に」
ワタシが居丈高に告げると、森崎は下げた頭を更に下げ、ほぼ前屈くらいの状態になって言った。
「はい! 心得ております!」
ワタシは森崎のやや突き出た尻を軽く叩いて店へと押し込んだ。流石に大の大人が店先で前屈はみっともない。
腕時計を見ると、開始十分前だった。ワタシは準備が進む店内を一瞥してから、小走りに通りへ出て近くの路地に入った。そこに一台のセダンが停車していて、中にふたりの男性がいかにもつまらなそうな顔で煙草をくゆらせていた。ワタシが助手席側に回って窓をノックすると、ゆっくり窓が開いて中から中年、と言うより初老の方がしっくり来る、頭頂部の毛髪が薄くなった男性がしかめっ面でワタシを見返した。この辺りを管轄する警視庁坂上署の刑事課に所属する溝口喜信巡査部長である。ちなみに運転席に居るのは溝口さんの相方で一応若手の浜野博巳巡査こと浜ちゃん、コイツはワタシより年下の癖に偉そうな口をきくので困っている。
「おぅ青天目、本当に俺達が出張る様な事が起こるんだろうな、あぁ?」
とても素面とは思えない口調で訊いて来る溝口さんに、ワタシは『青天目』呼ばわりに対するクレームを堪えつつ必死に口角を吊り上げて答えた。
「嘘じゃないですよ〜溝口さぁん、バッチリお手柄ものにしちゃってくださいよ〜」
「調子良い事言ってんなよ探偵! 警察はお前に付き合う程暇じゃないぞ!」
横から浜ちゃんが茶々を入れて来たので、ワタシは少しだけ顔を突き出して言い返した。
「あのねぇ浜ちゃん、善良な市民の頼みは聞かないと、警察の好感度下がっちゃうよ〜?」
「何だとこの――」
目をひん剥いてこちらへ身を乗り出しかけた浜ちゃんを、溝口さんが手で制しながらワタシに言った。
「お前に好感度の心配してもらわなくたっていいんだよ青天目、まぁとにかくよ、事が起こったら必ず合図しろよ」
「判ってますよ溝口さぁ〜ん」
ワタシが猫なで声を出しながら溝口さんの薄い頭を右手で撫でると、溝口さんは「触るな勃起する」と言ってワタシの手を払い、窓を閉めた。ワタシは整髪料の匂いが付いた掌をドアで拭うと、ふたりに手を振って店に戻った。
出入口の脇に、純白のウェディングドレスに身を包み、ピンク色の花を集めたブーケを両手で持ったMOMOちゃんが待機していた。
「おおMOMOちゃん、綺麗だね」
ワタシが正直な感想を述べると、MOMOちゃんは満足げな顔で頷いた。「へへ、どうもありがとう探偵さん。私、とっても幸せ!」
「そう。よし、じゃあ時間だから、行こうか」
ワタシが左肘をMOMOちゃんに向けて出し、歩み寄ったMOMOちゃんが左手を絡める。おっと、年甲斐も無く緊張して来たぞ。これが子を持つ親の心境って奴か。知らんけど。
ワタシ達が出入口の前に立つと同時に、目の前の扉が開け放たれて、万雷の拍手が出迎えた。
《続く》
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