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鳳凰落とし #12


 衣服を身に着け、腰にチーフスペシャルを挟んだ嶋野は、鍵とナイフを持って脱衣所を出た。室内を物色したがナイフを内股に固定する為のテープ類は見当たらなかったので、仕方無くジャケットの内ポケットにしまい、鍵を手に持ったまま早月を抱き上げて部屋を出た。
 フロントで料金を支払い、駐車場に出ると早月を車の助手席に座らせてシートベルトを掛け、運転席に入ってから早月のトートバッグを取って中を改めた。
 厚めの財布の中に収められていた運転免許証を見て名前と現住所を確認し、スマートフォンを取り出して電話番号を控えようとしたが、指紋認証を要求されたので早月の右手を取って人差し指をセンサーに押し当てた。案の定ロックが解除されたので電話番号を調べて記憶し、財布とスマートフォンをバッグに戻すと、嶋野はトートバッグを後部座席に放ってエンジンをかけた。
 ホテルを出ると、嶋野は車を吉祥寺通りに出して南下し、東八道路を経て三鷹通りに入り、更に南下して布田の辺りに差し掛かった所でハザードランプを点灯して路肩に停め、煙草に火を点けて主流煙を早月の顔に吹きかけた。臭いに顔を顰めながら目を覚ました早月に、嶋野は前を向いて告げた。
「布田だ。案内しろ」
 命じられた早月は目を瞬かせつつ周囲を見回し、大まかな位置を確認すると無言で頷き、指示を始めた。嶋野はハザードランプを消し、早月の指示に従って車を走らせた。
 五分程走って、早月が住むマンションの正面に車を停めた嶋野は、咥え煙草のまま言った。
「大鳥は次いつ本部に行くんだ?」
 早月は後部座席に置かれたトートバッグを掴みながら答えた。
「五日後。宗師様は明日から関西支部で講話なの。勿論私も同行するわ」
 嶋野は紫煙を吐き出して煙草を揉み消すと、外を指し示して言った。
「こっちから連絡する。行け」
「え? どうやって――」
「知る必要は無い」
 冷たく言い放つと、嶋野は突き出した左手を振った。早月は不満と不安がない混ぜになった表情で、破られたブラウスを隠す様にトートバッグを胸に抱えて車を降り、小走りにマンションに入った。その後ろ姿を一瞥してから、嶋野は車をスタートさせた。
 空腹を覚えた嶋野は、途中で見つけた二十四時間営業のファミリーレストランの駐車場に車を入れた。
 店内に入ると、若干眠そうなウェイトレスに出迎えられた。喫煙について訊かれなかったので全席禁煙だろうと当たりをつけ、窓際の席を指定した。
 着席した嶋野は、メニューを開きつつ店内を見回した。深夜故か客はまばらで、その殆どがテーブルに突っ伏して惰眠を貪っていた。
 水を持って来たウェイトレスにチキンステーキとコーヒーを注文し、水をひと口飲んだ。すると、ジャケットのポケットに入れていたスマートフォンが振動した。嶋野は素早く取り出して画面を確認した。発信者番号に見覚えがあったので、窓際に頭を寄せて電話に出た。
「何の用だ?」
 小声で鋭く訊くと、電話の向こうから恐縮した声が返って来た。
『あ、夜分遅くすみません、菅原ッス』
「用件を言え」
 嶋野が催促すると、菅原は妙に息を切らせながら答えた。
『あ、すみません、あの、例の依頼人なんスけど、まだやらないのかってしつこいんスよ』
 嶋野は小さく舌打ちすると、店内を振り返ってから返した。
「金を貰ったからには必ずやる、心配するなと伝えろ」
『あ、わ、判りました。じゃ、し、失礼します』
 菅原の挨拶が終わると同時に電話を切った嶋野は、忌々しげに水を飲み干した。そこにコーヒーが運ばれ、嶋野は受け取るなりカップ内の半分程を胃に流し込んだ。これまでの緊張の糸が緩んだのか、コーヒーを飲んだばかりにも関わらず強烈な眠気が嶋野を襲った。何度か頭を振って眠気を飛ばす嶋野の前に、チキンステーキが到着した。ウェイトレスが「ごゆっくりどうぞ」と言い終えぬ内に、嶋野はフォークとナイフを手に取って湯気を立てる鶏肉に突き立てた。
 
《続く》

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