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鳳凰落とし #24

 喋り終えた嶋野は、苦り切った顔で身を起こし、ベッドの下に散乱した服を拾い上げた。その背中に、早月が縋りついて尋ねた。
「貴方、まだ宗師様を狙うの?」
「ああ」
 にべもなく答えて服を身に着ける嶋野の前に、裸体にシーツを巻きつけただけの早月が回り込み、床に膝を着いて深々と頭を下げた。
「お願い! もう宗師様を狙うのは止めて!」
 服を着終えた嶋野は、その場を立ち去ろうとしかけて足を止め、早月の側にしゃがみ込んで訊いた。
「何でそんなに大鳥を庇う?」
 早月は頭を下げたまま、絞り出す様に答えた。
「私は、宗教二世なの。私の両親が、私の生まれる前から『鳳凰教』の信者で、多額のお布施を納めて来たわ。その所為かも知れないけど、うちはずっと貧乏だったわ。でも、両親が教団に貢献してくれたおかげで私は、宗師様のお側で身の回りのお世話をする大事なお役目を頂けたし、亡くなった両親の事も手厚く葬って頂けたの。宗師様には、助けて頂いたご恩があるのよ。だから、宗師様にはこのまま――」
 何故か途中で言葉を切った早月を見て、嶋野の中の仮説が補完されつつあった。
 軽く息を吐いて立ち上がると、嶋野は土下座する早月の背中に向けて言い放った。
「受けた仕事はやり遂げる。それにもう、本物の大鳥の居場所は掴んだ。明日にでも殺る」
 完全なハッタリだった。だが嶋野は、早月は必ず反応すると確信していた。
 案の定、早月は下げっ放しだった頭を急に上げて嶋野を見た。大きく見開かれ、小刻みに動く瞳を冷たく見返すと、嶋野は無言で踵を返した。
「待って! 待って!」
 追い縋る早月を右手一本で払うと、嶋野は振り返りもせずに部屋を出た。
 居住まいを正してマンションを出た嶋野は、扉を半開きにしていたトラックの荷台に上がり、既に意識を取り戻してもがいていたドライバーの頭に改めてチェーンカッターで一撃を加えた。再びドライバーが気絶している間に、嶋野は制服を脱いで自分の衣服に着替え、ドライバーを縛っていた縄を解いて口に貼ったガムテープも剥がし、配達し終えた荷物の伝票を顔の上に乗せて荷台を降りた。
 クラウンに戻った嶋野は、その場から離れて表通りに停車すると腕時計に目を落とした。午後十時を過ぎている。若干の眠気を覚えた嶋野は、ハザードランプを点灯させたまま運転席の背もたれを倒して仮眠に入った。

 空が白んで来た頃、嶋野は目を覚ました。時間は午前六時三十分を指している。欠伸を噛み殺しながら身体を起こすと、ハザードランプを消して運転席を出た。周囲を見回して見つけたコンビニエンスストアで朝食と煙草を買い込み、車内で食事をしながら外の様子を伺った。
 ほんの少しだけ仮眠するつもりが、結構な時間を睡眠に費やしてしまった事を呪いながら、嶋野は待った。食事を終えると、煙草に火を点けて深々と吸い込む。
 傍らをパトカーが通過する度に身を硬くしながら、大量の煙草を灰にした嶋野の視界に、漸く待ち焦がれたものが映った。
 ワンピースの上にカーディガンを羽織り、ショルダーバッグを提げた早月が横道から小走りに出て来た。その顔には明らかな焦燥が見える。嶋野は早る気持ちを抑え、通りに目を向ける早月を観察した。
 車の中から嶋野に見られている事には一切気づかぬまま、早月はローヒールのパンプスの靴音を響かせながら車道近くに走り出て、右手を高々と上げた。数台のタクシーにスルーされた後に、やっと停まってくれたワゴンタクシーに早月が飛び乗ったのを見届けて、嶋野はクラウンのエンジンをかけた。
 早月を乗せたタクシーは、『鳳凰教』本部とは反対の方向へ車首を向けた。嶋野は早月や運転手に気取られない様に車間距離を空けながら、慎重に後をつけた。
 かなりの時間走り続けたタクシーは、青梅市に入って暫くすると速度を緩めた。その先に、かなり大きな規模の病院が見えた。

《続く》

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