「その男、ジョーカー」EPISODE1「卒業」#20
『私、MOMOは、今日でアイドル卒業しまぁす!』
『えぇ〜!?』
場内を震わせる程のどよめきを、ワタシはステージ袖で聞いていた。思った通りのインパクトだ。
『何でかってゆぅとぉ〜、実は私ぃ〜』
思わせぶりに言葉を切るMOMOちゃん、なかなかやるな。観客は固唾を飲んで次の言葉を待っているらしく、水を打った様な静けさだ。だがワタシの後ろからは物音が聞こえて来る。どうやらMOMOちゃんの発言に驚いた鈴井と藤村が、控室の扉を開けようとしている様だ。バリ封しといて正解。
『結婚しまぁ〜す!』
『ええええぇ〜!?』
先程の数倍のどよめきが鳴り響き、袖に居るワタシにもその圧力が伝わって来た。セカンドインパクト。
さぁ、重大発表は終わり、後はステージからはけたMOMOちゃんを連れてここから脱出するだけだ。だが、肝心のMOMOちゃんがなかなか退場して来ない。ワタシは観客から見えない様に用心しながらステージへ近づいた。するとMOMOちゃんが、マイクを両手でしっかり握って、観客を見回しながら更に喋ろうとしていた。不安を覚えたワタシは、一旦下がって周辺に視線を飛ばした。あった。電気のブレーカー。
ワタシはMOMOちゃんの言葉に気をつけながら、ゆっくりとブレーカーに歩み寄った。
『実は〜、私〜、生まれて初めてひと目惚れしちゃったの〜。ごめんね〜』
見ろ、雲行きが怪しくなって来た。ワタシはスタッフ達に悟られない様にブレーカーのレバーに手を掛けた。
『それで〜、お相手の人はぁ〜』
まずい。ワタシは迷わずブレーカーを落として周囲を闇に包むと同時にステージへとダッシュした。
『え? 何? どぉしたの?』
ステージ上で狼狽するMOMOちゃんの口を塞いでマイクを取り上げると、小柄な身体を抱え上げて袖へ走った。右往左往するスタッフの中にマイクを放り投げ、控室の側に置いたキャリーバッグのハンドルを掴んで通用口を突破した。
「ちょっとちょっと何なのぉ〜!?」
嬌声を発するMOMOちゃんを無視して地下駐車場へ飛び出すと、ワタシはバンデン・プラの後部座席のドアを開けてMOMOちゃんとキャリーバッグを立て続けに放り込み、運転席に回ってエンジンをかけた。後ろからMOMOちゃんが身を乗り出して食ってかかって来た。
「ちょっとぉ探偵さぁん! 何であんな事したのよぉ〜!?」
ワタシはアクセルを踏みつつ、前を見たまま答えた。
「あのねぇ、大悟の事まで喋っちゃったらヤバいんだよ、そんな事も判んないかい?」
「だぁってぇ〜、キチンと説明してあげなきゃファンの皆が可哀想だと思ってぇ〜」
まったく、ファン思いで結構だよこの娘は。
「気持ちは判るけどなぁMOMOちゃん、あそこで大悟の事をお知らせしちゃったらさ、今度は大悟がストーカーに狙われちゃうかも知れないだろ〜、そんなの嫌だろ?」
「それは〜、嫌」
ストーカーを引き合いに出したのは効果的だったらしく、MOMOちゃんはそれまでの勢いを無くして座席に座り込んだ。取り敢えず安心したワタシは、周囲を警戒しつつスピードを上げた。
MOMOちゃんを『喫茶 カメリア』に連れて行くと、接客していた大悟が目を丸くしてワタシ達を出迎えた。
「あ、ジョーさん、それにMOMOさん?」
ワタシは挨拶もそこそこに大悟とMOMOちゃんを奥へ連れて行くと、キッチンでふたりに告げた。
「いいかい、前にも言った通りキミ達は明日ここで結婚式を行う。だがそれまでは、その事は誰にも言っちゃいけないよ。招待客は最低限にして、悪いけどMOMOちゃんのご両親にも話はしない。色々迷惑かかるからね。判った?」
ワタシが真面目くさって喋ったおかげか、ふたりは反論もせずに神妙な顔で頷いた。ワタシも満足げに頷いてから、大悟を見据えて言った。
「いいか大悟、式が終わるまでは絶対にMOMOちゃんを人目に触れさせるな。ストーカーが何処で見てるか判らんからな」
「は、はい。判りました」
大悟は強面を強張らせて頷いた。ちょっと怖い。次にワタシは身体を屈め、MOMOちゃんに視線を合わせて諭す様に言った。
「MOMOちゃん、今から大悟とイチャイチャしたいかも知れないが、さっきも言った様に大悟に迷惑がかかるから、くれぐれも明日の式が終わるまでは表に出ないでくれ。いいね?」
「はぁい」
不承不承頷くMOMOちゃんに、ワタシは更に頼んだ。
「携帯電話も預かるから、出してくれる?」
MOMOちゃんは唇を尖らせながらキャリーバッグを開け、中から携帯電話を取り出した。素早く受け取ったワタシは、「大人しくしてろよ」とふたりに念を押して『喫茶 カメリア』を出た。
《続く》
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