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「その男、ジョーカー」EPISODE1「卒業」#10

「ストーカーって、MOMOちゃんのか?」
 ワタシが口から主流煙をはみ出させながら訊くと、森崎は自信満々な顔で深く頷いた。
「はい!」
 思わぬ所からストーカー被害ひがいの証言が飛び出した訳だが、その情報の出所が気になったワタシは更に質問した。
「オタクそれ、誰から聞いた?」
勿論もちろん! MOMOちゃん本人からです」
 またも自信満々に返されて、ワタシは困惑こんわくを隠せなかった。
「本人からって、何処どこで?」
「え? ああ、バイト先です、MOMOちゃんの」
 何と、好きなアイドルのアルバイト先まで御存知とは、筋金すじがね入りにも程がある。ワタシは心の中で感心しつつ、コーヒーを飲んでから質問を続けた。
「あ、そう。そんで、MOMOちゃんのストーカーを捕まえるのと、あの事務所張り込むのとどう言う関係があるんだ? そんなド派手な格好であんな所に突っ立ってたら、下手すりゃオマエがばん、じゃなくて職質しょくしつ食らうだろ?」
 昔のくせで思わず隠語いんごを使いそうになった。一般人に向かって職務質問しょくむしつもんを「ばんかけ」なんて言ったら「は?」って返されるのがオチだ。
「はぁ、でも、MOMOちゃんが、そのストーカーはずっと監視かんししてるみたいで、どんな行動も正確に言い当てて来るって言ってたから、姿を見せなくなった今なら事務所の近くに現れるんじゃないかと思って」
 森崎の返答を聞いていたワタシはふと、妙な違和感いわかんを覚えた。
 確かに目の前の全身ピンクはMOMOちゃんの熱烈ねつれつファンで間違いない。しかもアルバイト先まで知っている。それは良い。しかし、コイツが事務所を張っていた目的はMOMOちゃんに会いたいとかそう言う理由ではなく、MOMOちゃんに付きまとうストーカーを捕まえる事だ。それに、ワタシがトイレでMOMOちゃんを探してると告げた時に全然驚かなかった。とすると――。
 ワタシは対面でフレンチトーストを完食し、続けてミルクレープをむさぼっている森崎を真っ直ぐ見据え、直球を投じた。
「オタク、MOMOちゃんが何処に居るか知ってる?」
 すると森崎は、ハッキリ言って美味くないコーヒーをすするワタシを見返して、さも当然と言う顔で答えた。
「ウチにいまふ」
 ワタシの口から唾液だえき混じりのコーヒーが噴出ふんしゅつし、森崎の顔面を濃い茶色に染めた。
「ぶわっ」
 森崎が目をきつく閉じてのけ反り、後ろにかかった重心に耐えられずに椅子がかたむき、そのまま後ろへ倒れた。その拍子に森崎の口内から細かくなったミルクレープが飛び出し、顔のあちこちに白い斑点はんてんを作った。
「お、お客様、大丈夫ですか!?」
 さわぎに気づいた女性スタッフがあわてて駆け寄り、手に持っていた布巾ふきんで森崎の顔をいた。だがその布巾、テーブルとか拭く為の物じゃないのか?
 ワタシはスタッフと一緒に森崎を助け起こし、周囲でこちらに注目している他の客に頭を下げると、ミルクレープが器官きかんにでも入ったのかしきりにむせている森崎を引きずってカフェを出た。森崎はズボンのポケットから出したピンクのハンカチで己の顔をぬぐいつつ「まだミルクレープが〜」等と文句をたれていたが、ワタシは無視してコインパーキングまで連行した。
 バンデン・プラの後部座席に森崎を押し込み、ワタシも続けて乗り込んで力一杯ドアを閉めると森崎の胸倉むなぐらつかんで引き寄せ、思い切りドスの効いた声で詰問きつもんした。
「オイ、オマエんにMOMOちゃんが居るってのはどう言う事なんだ!? 事と次第によっちゃ〜オマエ、拉致監禁らちかんきんでサツに突き出すぞ! 説明しろ説明〜!」
 昔取った杵柄きねづかで、ヤクザの口調をコピーしておどしつけたらやはり効果があったらしく、森崎はすっかりちぢみ上がって饒舌じょうぜつに、早口言葉くらいの勢いで白状した。
「は、はい〜! あ、あの、一週間くらい前にMOMOちゃんのバイト先に行った時にMOMOちゃんから『しばらかくまって〜、お願ぁ〜い』って頼まれてぇ、それで、家の住所教えたら、その、本当に来ちゃって〜、帰りたくなぁ〜いなんて言うから、そのまま」
 ワタシは天をあおいでかぶりを振った。よりによって自分のファンの家に転がり込むとは、それだけ切羽詰せっぱつまってたのか、はたまたしたたかな計算なのか。日本人の貞操観念ていそうかんねんは何処へ行ってしまったのかねぇ、船に乗ってオレゴンにでも行っちまったのか?
 ワタシが胸倉を掴んでいた手を離すと、途端に森崎はシートの上で土下座どげざしてマシンガントークを続けた。
「すみませんでしたぁ! MOMOちゃんを匿ったのは事実ですけど、ちかって一切手を出してません! そんな事したら他のファンに袋叩ふくろだたきにされちゃいますから〜!」
「当たり前だ! ったく、勘弁してくれよ」
 少々興奮こうふんが過ぎた。ワタシは中折れ帽を取って団扇うちわ代わりにあおぎつつ、煙草を一本抜いて火を点けた。落ち着けワタシ。
 時間をかけてフィルターギリギリまで煙草を吸ったワタシは、身体を前に伸ばして吸い殻入れ代わりにしている空き缶に吸い差しを押し込むと、頭を伏せたままの森崎に言った。
「案内してくれる? オタクのおうち

《続く》

 
 

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