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「その男、ジョーカー」EPISODE1「卒業」#12
「そぉ〜なの、もぉ〜困っちゃってぇ〜、って、何で知ってるのおじさん?」
おじさんって、まぁ、その辺の若いオネエチャンからしたらワタシも立派なおじさんなんだろうけど、それよりもこの鈍さは何だ? ワタシが探偵だってさっき身分証見せたよな? これが噂の天然って奴か? ワタシは半ば呆れながらも身を乗り出してMOMOちゃんに説明を始めた。
「あのねぇ、ワタシはキミのジャーマネさんから頼まれてキミを探してたの、それで、キミの事を聞き込んでる最中にストーカーの事を聞いて、ついでにキミの事務所の前でこの人とお知り合いになった訳。判る?」
「ふぅ〜ん、そぉなんだ〜」
MOMOちゃんは大仰に頷くと、おちょぼ口で麦茶を啜った。本当に判ってんのか不安だったが、ワタシは話を続けた。
「でね、このキミの大ファンのお兄ちゃんが、キミがここに居るって教えてくれたからオジサンはここに来たの」
「へぇ〜」
相変わらず、何の歯応えも無いリアクションを返すMOMOちゃんに辟易しつつ、ワタシは麦茶をひと口飲んで更に続けた。
「所で、ストーカーからどんな事されてんのかな? できれば具体的に教えてくれる?」
話がストーカーに及ぶと、それまでの何も考えて無さそうだったMOMOちゃんの表情に翳が差した。暫くの間、森崎を横目で見たりして逡巡していたが、やがて意を決した様に顎を引くと、ズボンのポケットからピンク色の携帯電話を取り出してテーブルに置いた。見た所、電源は入ってないらしい。
「変な電話がかかって来たり、知らないアドレスからメールが来たりして、もう怖くて電源も入れられなくなっちゃって」
ワタシは数度頷くと、携帯電話を取って数秒眺めていたが、わざとらしく鼻を鳴らして森崎に突き出した。
「どうやんだコレ?」
すると、それまで背中を丸めて俯いていた森崎が急に目を輝かせてワタシを見返した。
「えぇ〜? 探偵さん携帯使えないんですか〜!?」
「悪いかよ!? 笑うんじゃないよ!」
何を隠そう、自慢じゃないがワタシは携帯電話を持っていない。大体、普段から仕事の依頼より遊びの誘いか借金返済の催促の電話の方が多いワタシがそんなもん持ったら、何処へ行こうが気が休まらんではないか。連絡なら事務所にしてくれ、頼むから。
森崎は笑いを噛み殺しながら携帯電話を操作し、ワタシに画面を見せた。そこには、差出人不明らしいメールが山ほど並んでいた。ワタシは見様見真似で携帯を動かして、メールの内容を確認した。古い日付のメールはMOMOちゃんへの好意を伝えたり、交際を願う様な文面が殆どだが、日時が近くなるにつれて書き方が剣呑になって来た。やれ『振り向いてくれないと後悔させる』だの、『君を永遠に僕の物にしてやる』だのと。
ワタシは携帯をMOMOちゃんに返しながら質問した。
「で、キミに何か心当たりある? 赤の他人に電話番号やアドレスを教えたとか、誰か男の人を邪険に扱ったとか」
MOMOちゃんは激しく首を振って否定した。
「そんな事しなぁい! だって、事務所とアルバイト先以外には誰にも教えてないもの! それにファンの皆を大切にするのが私のポリシーなの!」
ワタシは眉間に皺を寄せて頷いてから、横の森崎を見た。途端に森崎は目をひん剥いてかぶりを振った。
「ぼ、僕は知りませんよ! そう言う一線は超えませんから!」
口を尖らせて抗弁すると、ズボンのポケットから自分の携帯電話を抜き出して、ご丁寧に電話帳を示した。そこには確かにMOMOちゃんの電話番号等は登録されていなかった。ちなみにコイツの携帯もピンクだ。一周回って感心するよ。
ワタシは麦茶を飲み干すと、MOMOちゃんに提案した。
「とにかく、キミがいつまでもここに居るのは色々と問題あるし、この森崎君にも迷惑だから、取り敢えず違う所に移ろう」
「え、僕は全然迷惑じゃ――」
横から口を挟んで来た森崎に、ワタシは顔を近づけて小声で言った。
「オマエな、相手は若い女の子ってだけじゃなく、マイナーでも一応芸能人だぞ? 万が一スポーツ新聞や週刊誌に写真撮られたらどう言い訳すんだよ!?」
この脅しが効いたらしく、森崎は青菜に塩の例えよろしく項垂れた。外野を黙らせた所で、ワタシは改めてMOMOちゃんに言った。
「キミが周囲の人達を信用できないのはよく判る。その点ワタシは完全な第三者だから心配要らないし、身の安全は保証する。いきなり事務所に突き出したりもしない。だから、一緒に来てくれ」
MOMOちゃんは首を傾げて考え込んだが、顔を上げると笑顔で返した。
「判った。おじさんの言う通りにする」
「よし、じゃあすぐ支度して」
ワタシが促すと、MOMOちゃんは隣の部屋へ入った。荷物を置いているのだろう。その背中を見送った森崎が、ワタシに向けて顔を突き出して言った。
「僕も行きます!」
「ダメ」
《続く》
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