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「その男、ジョーカー」EPISODE1「卒業」#16

 夜半を過ぎた頃、ワタシはMOMOちゃんを連れて『HONEY FLASH』の前にバンデン・プラを乗り付けた。周辺には酔客すいきゃくが多く往来おうらいしていて、後部座席のMOMOちゃんは若干じゃっかんおびえている様だ。
おせぇなアカネの奴、寝てんじゃねぇだろうな?」
 ひとりごちたワタシは煙草たばこに手を伸ばしかけて止めた。どうせ後ろからアイドルの純真無垢じゅんしんむくな手が伸びて来て阻止そしされるから。
 ハンドルにけた右手を小刻みに動かしながら待っていると、不意にワタシの右からノック音がした。見ると、すっかり出来上がったアカネとマリアが肩を組んでこちらをのぞき込んでいる。ワタシはMOMOちゃんに後部座席側のドアロックを外す様に指示してから、窓を開けずにふたりを後ろへうながした。早い所乗せてしまわないと近所迷惑きんじょめいわくだ。
「イェ〜イ探偵っさぁ〜んおつかれぇ〜い」
「わざわざ出迎でむかえ御苦労さんでぇ〜す」
 ふたりは車内に入るなり酒臭さけくさ呼気こきらしながらわめいた。アカネはともかく、マリアを送るつもりは全く無いんだが、この状態じゃ降りろと言っても聞かないだろう。
 余りのいきおいに引き気味のMOMOちゃんを見つけると、ふたりは目をかがやかせて質問責しつもんぜめにした。
「あら〜あなたがアイドルゥ〜? 可愛いわね〜年いくつぅ?」
「どんな歌ぁ歌ってんのぉ〜? ちょっと歌ってぇ?」
 ふたりの年上女性の勢いと車内に充満じゅうまんする酒のにおいにMOMOちゃんが辟易へきえきし始めたのを見かねたワタシは、左腕を伸ばして助手席の窓を開け、次いで自分の右側の窓を開けると前を見たまま言った。
「静かにしなさいよオマエ! 水ぶっかけるぞ!」
「え〜かけてぇ〜」
 マリアがしなを作って身を乗り出して来た。ダメだ、何を言っても楽しくなっちまう状態らしい。ワタシはマリアの顔をつかんで後ろへ押し戻すと、アクセルをんだ。
「きゃあ!」
 女子三人がそろって奇声きせいを発しながら背もたれに押しつけられていたが、ワタシはかまわずにスピードを上げた。吐くなよ。

 翌日、ワタシは『イタリアンレストラン Marco』を訪れた。表向きは食事だが、目的は他にもある。
「Benvenuto! おぉジョーさん! この間はどうも、Grazie!」
 出入口の扉をくぐったワタシの耳に、太郎のにわかイタリア語が飛び込んだ。ワタシは顔をしかめつつ、接客せっきゃくをするウェイトレスに愛想あいそを振りながら店の奥へ進み、太郎が居るキッチンと差し向かいになるカウンター席に陣取じんどった。直後にウェイトレスが水の入ったグラスとおしぼりをワタシの前に置いた。よく仕込んであるな太郎。
 先客のパスタを作り終えた太郎が、客席をうかがいながらワタシの前に寄って来て小声でいた。
「で、今日は何です?」
 実はこのマルコ太郎、レストランを経営けいえいする裏で拳銃等けんじゅうなど故買こばいに手をめている。ワタシが警察に居た頃に何度か内偵ないていをかけたが、そのたびに逃げられていた。警察をめて探偵になってからは、コイツから提供ていきょうしてもらった銃に何度か助けられている。たまに不良品つかまされるけど。
「今日はアッチじゃねぇ、別件べっけん。その前にカルボナーラくれ。腹減はらへってんだ」
 ワタシが注文すると、太郎は微笑びしょうして「かしこまりっ」と答え、調理に取り掛かった。そこはイタリア語じゃないのかよ。
 さいわい、この店は煙草が吸えるのでワタシは近くに置いてある灰皿を引き付け、煙草を一本抜き出して火を点けた。何だかなつかしさすら覚える。ノーモア嫌煙権けんえんけん
 たっぷり二本の煙草をフィルター付近まで灰にした所で、太郎がワタシの前に出来立てのカルボナーラを差し出した。
「お待ちどう様でした」
 やっぱり日本語だ。ワタシは軽くうなずいて受け取り、かたわらの食器が入った籐編とうあみの箱からフォークを取り出して食べ始めた。太郎いわく、パスタを食べる時にフォークとスプーンを併用へいようするのはアメリカ人が考えた方法で、本場イタリアじゃやらんらしい。ゆえにここではパスタ用のスプーンは置いておらず、スープ等を注文されたさいに一緒に提供するのみである。変な所こだわってるよ。
 ワタシは時間をかけてカルボナーラを完食し、近くに居たウェイトレスにコーヒーを頼んでから、洗い物にせいを出す太郎を手招てまねきした。
「何スか?」
 ワタシは太郎に向かってさらに手招きし、応じてこちらに顔を近づけた太郎に言った。
「オマエ、神父しんぷやってくれんか?」
「はぁ? 何スかそれ?」
 間抜まぬづらで訊き返す太郎に、ワタシは周囲を見回してから答えた。
「今度、内輪うちわ結婚式けっこんしきやる事になってな、教会とかりるほどじゃないんだけど一応神父くらい用意しないとマズいだろ〜、カッコだけでいいから、頼むよ」
「結婚? 誰がするんです? まさかジョーさん?」
 目を丸くして更に訊く太郎の頭を軽くたたくと、ワタシは小声でまくし立てた。
「そんなわけねぇだろ! それは後で教えるから、とにかくオマエは神父っぽい服用意しとけ。あ、別に牧師ぼくしでもいいけど」
「え〜、て言うか、神父と牧師の違いって何スか?」
 今それ重要か? 的外まとはずれな質問をする太郎に、ワタシはいかにも面倒臭めんどうくさそうな表情を作って答えた。
「あ? エクソシストかそうでないかだろ」
 実際、ワタシもよく知らない。

《続く》

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