「その男、ジョーカー」EPISODE1「卒業」#13
ワタシはゴネる森崎を宥めすかし、身支度を整えて部屋から出て来たMOMOちゃんを伴って玄関へ向かった。聞き込みに行ったアパレルショップで購入したのであろう、やはりピンク一色のジャケットとスカートという出で立ちだが、さすがにもう目が慣れた。ストーカーが電話なりメールなりを寄越して来る可能性を踏まえて、携帯電話はワタシが預かる事にした。
「ねぇお願いしますよ探偵さぁ〜ん」
尚も追いすがる森崎の懇願を背に靴を履いたワタシは、振り返りざまにそれまで履いていたスリッパを拾い上げて差し出しながら告げた。
「オタクの協力が必要な時は連絡するから、今日の所は大人しくしてろ。いいな」
またしても青菜に塩状態の森崎を置いて、ワタシとMOMOちゃんは森崎の部屋を後にした。外はすっかり暗くなっていた。腕時計を見ると、午後五時を過ぎている。
「これからどうするの〜?」
可愛らしく首を傾げて尋ねるMOMOちゃんに、ワタシは肩越しに振り返って答えた。
「取り敢えずワタシの事務所。それから、知り合いのキャバ嬢辺りに頼んで何日か泊めてもらう事にする」
マンションを出て、路上駐車したバンデン・プラの後部座席を開けてMOMOちゃんを乗せ、運転席に収まったワタシのジャケットの裾のポケットからやけにのんびりとした電子音が鳴り響いた。
「うおっ」
思わず肩をすくめたワタシの後ろで、MOMOちゃんが怯えた表情で身を縮めた。ワタシが慌ててポケットからMOMOちゃんの携帯を取り出し、画面を見ると『非通知』と表示されている。さてはストーカーか? ワタシは大袈裟に咳払いすると、森崎に教えてもらった通りに通話ボタンを押してスピーカーを耳に当て、出来るだけ迫力が出る様に低音を意識して口を開いた。
「オマエ誰だ?」
直後、電話の向こうで息を飲む様な音がしたかと思うと、数秒後に男の声が聞こえた。
『え? あれ? もしかしてその声、探偵さん?』
何と、声の主は藤村だった。
「あ? ジャーマネさん? 何だよ急に?」
ワタシが『ジャーマネさん』と口走ったからか、MOMOちゃんの緊張が少しだけ解けたらしい。それでもバックミラーに映るMOMOちゃんの顔は、やや引きつっている。
『あ、いや、そ、それより何で探偵さんがMOMOの携帯持ってるんですか? あ、まさか――』
「そのまさか。見つけたよ、MOMOちゃん」
藤村の問いかけを遮って告げると、藤村がマイクに向かって大きく息を吐いた。ワタシは顔を顰めて携帯を耳から離した。溜息なら口をマイクから離せようるせぇな。
『それで、MOMOは今何処に居るんですか?』
慌て気味に訊いて来る藤村に、ワタシはエンジンをかけながら答えた。
「これから事務所に連れて行く。その後はまた考える」
『そうですか、じゃあ私もこれからそちらに伺います』
「ダメ。彼女今人間不信だから」
ワタシは冷たく言い放つと、何やら喚き散らし始めた藤村を無視して電話を切り、ついでに携帯の電源も落としてポケットに戻した。入れっ放しにしておいてストーカーからのメールやら電話やら連発されたらうるさくて仕方無い。
「じゃ行くか」
ワタシはバックミラー越しにMOMOちゃんに告げてから煙草を取り出して咥えると、後ろからMOMOちゃんの手が伸びて煙草を奪い取った。
「ダメ! あたしのお洋服が臭くなっちゃうでしょ!」
かなり自己中心的な嫌煙権を行使されたワタシは、軽く舌打ちしながらバンデン・プラを走らせた。事務所へ向かう最中、ワタシの頭にふとした疑問が湧いた。
何で藤村は電話番号を伏せて電話をかけて来たんだ? MOMOちゃんの携帯にもアドレス帳くらい入ってて、ジャーマネの携帯電話の番号は登録してる筈だ。いくらMOMOちゃんの人間不信が進んでても、相手が自分の知っている人なら安心して電話に出るだろう。それを何故わざわざ非通知に?
思案するワタシの脳裏に、藤村と初めて会った日の記憶が蘇った。あれは、まさか――?
月極駐車場にバンデン・プラを入れたワタシは、MOMOちゃんを連れて事務所へ向かった。すると後ろからMOMOちゃんが力の入らない声で言った。
「ねぇ〜お腹空いたぁ〜」
そう言われて、ワタシも事務所を出た後に『喫茶 カメリア』でカレーを食って以降ロクに食事をしていない事を思い出して急に空腹を覚えた。
「じゃあメシにするか。行きつけのサ店があるから」
ワタシは前を向いたまま応えて、『喫茶 カメリア』へMOMOちゃんを導いた。
「いらっしゃい、あ、ジョーさん、お帰りなさい」
テーブル席の客に対応していた大悟が、ワタシを認めて挨拶した。ワタシが右手を挙げて応じ、MOMOちゃんを伴って空いたテーブル席に陣取ると、すぐに大悟が水の入ったグラスをふたつ運んで来た。愛想笑いと共に顔を上げて大悟を見上げたMOMOちゃんの口から、謎の言葉が漏れた。
「ズッキュン」
《続く》
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