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鳳凰落とし #19

 車を渋谷へ向けた嶋野は、道玄坂上のコインパーキングに駐車して徒歩で坂を下り、地下通路のキーレスコインロッカーから資料の入った封筒を抜き出すと、センター街に足を向けてインターネットカフェに入った。受付でシャワーを使う旨を告げて利用伝票を貰い、シャワーセットを受け取って足早に部屋へ向かった。
 室内に上着と封筒を置き、シャワーセットを持って再び部屋を出て、シャワー室に入った。脱衣所で衣服を脱ぐと、身体中に残った無数の痣や傷を鏡越しに眺めた。身動きが取れない状態で容赦ない打撃を受け続けた為、ダメージは深かった。
 軽く鼻を鳴らすと、嶋野はシャワー室に入って湯を全開にし、全身を濡らした。途端に、身体のあちこちから悲鳴が上がるが、嶋野は無視して身体を洗った。
 シャワーを終えて部屋に戻った嶋野は、菅原に回収させた資料を封筒から出し、デスクに広げてひとつひとつチェックした。
『鳳凰教』に関しての資料の内容は、以前に嶋野がインターネットを駆使して調べた情報と大差無かった。だが、大鳥炎珠の調査書には興味深い資料が混ざっていた。その中でも嶋野の目を引いたのは、古い新聞記事だった。
『奇術師 脱出失敗で大事故』と言う小見出しの付いた小さな記事で、奇術師の鳥山翔太郎がマジックショーの地方興行で敢行した火炎脱出マジックが失敗し、全身に大火傷を負った鳥山が病院に搬送された、と言う内容だった。この記事を補足する様にワープロ打ちの文書が添付されていて、それによれば入院した鳥山は何とか一命を取り留めたものの、身体の外側だけでなく喉や気管等にも火傷を負ったらしく、その影響で声を失ったらしい。そして、鳥山の事故から四年後、突如として『鳳凰教』が興ったとされている。
 つまり、大鳥の正体は奇術師の鳥山だと、この資料では断じているのだ。嶋野が新聞の発行日時を確認すると、昭和四十二年七月八日と記載されていた。当時の鳥山の年齢を若く見積もって三十歳前後としても、現在は八十歳を超えている計算だ。
 資料から目を上げた嶋野は、大鳥襲撃時の記憶を反芻した。
 嶋野が早月と共に車に乗ろうとした大鳥の替え玉を撃った後に、家政婦に連れられて邸宅から出て来た大鳥は、確かに家政婦に向かって何か耳打ちをした。もし大鳥が鳥山なら、身体の中にまで火傷を負った人間が耳打ち程度でも満足に声を出せる筈が無い。
 やはり、後から現れた大鳥も偽物か。
 嶋野は虚空を睨みつけると、資料をまとめて封筒に押し込み、上着を掴んで部屋を出た。

 インターネットカフェを後にした嶋野は、宇田川町を抜けて『MUZZLE FLASH』に向かった。だが、店内には五人程の来客があり、店主を交えての銃火器談義が盛り上がっていて嶋野の付け入る隙が無かった。仕方無く一旦店を出ようとした嶋野が、店主の視線に気付いて足を止めた。店主は来客との歓談の最中に、右手を動かして嶋野に合図した。それを見た嶋野は軽く頷くと、わざと数分店内を眺めて回ってから店を出て、裏口に回って地下へ続く階段を降りた。
 地下に着いた嶋野は、地下室への扉をゆっくり開いて中へ身体を滑り込ませた。一階と通じる階段の上から、店主と客との歓談が漏れ聞こえて来る中を気配を殺しながら進むと、事務机に取り付いてひと息吐いた。煙草を吸いたくなったが、煙が一階に上がる事を考慮して堪えた。
 十分程経過した頃、漸く一階のざわめきが収まり、静寂が周囲を支配した。どうやら客は店を出た様だ。念の為にもう一分待ってから、嶋野は煙草を取り出して火を点けた。深々と吸い込み、大量の主流煙を吐き出した直後に、階段を降りて来る足音が響いた。身構えつつ顔を上げた嶋野に、店主が表情ひとつ変えずに缶コーヒーを一本放りながら訊いた。
「今日は何だ?」
 缶コーヒーをキャッチした嶋野が、煙草をもうひと吸いしてから答えた。
「ハジキのサイズは何でも構わん。だが今度こそサイレンサーだ」
 店主はズボンのポケットに入れていたもう一本の缶コーヒーを取り出してプルタブを起こすと、ひと口飲んで事務机に置いてから告げた。
「待ってろ、今出す」
 嶋野は商品の山に取り付く店主の背中を見つめながら、缶コーヒーを傾けて煙草を吸った。

《続く》

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