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鳳凰落とし #20

 嶋野がデスクの引き出しから勝手に灰皿を出して煙草を揉み消した頃、店主が直方体の箱を持って戻って来た。デスクの上に箱を置き、蓋を開けて嶋野に示した。
「これだ」
 箱の中に入っていたのは、長くアメリカ陸軍で採用されていた自動拳銃コルトM1911A1、通称「ガバメント」だった。年季が入っている物らしく、銃身の至る所に細かい傷が入っている。銃把の両側にネジ止めされた木製グリップの滑り止めも所々欠けていた。銃口の先には、黒い筒状の物が取り付けられていた。嶋野が希望したサイレンサーである。
「基地務めの奴に問い合わせておいた。一昨日流れて来た」
 店主の説明を聞きながら、嶋野はガバメントを取り上げてトリガーガードの付け根近くにあるマガジンキャッチを押し、銃把の中に納まっていた弾倉を抜いた。弾丸で満たされた弾倉を数秒眺めると、嶋野は弾丸を一発ずつ丁寧に抜いて弾倉を空にし、弾丸をひとつひとつ観察した。その間、店主がその場を離れてまた在庫を漁り始めた。
 弾丸のチェックを終えた嶋野が再び弾倉に弾丸を込めていると、店主が片手に何かを持って戻って来た。
「こいつはサービスだ」
 嶋野の前に差し出されたのは、黒いゴム製のグリップだった。嶋野は無言で受け取って無造作にズボンのポケットに押し込むと、弾丸を込め終えた弾倉を銃把に戻した。スライドの後ろ側にある安全装置を掛けて銃を腰に挟み、上着のポケットから一万円札の束を取り出して店主に渡した。その時、頭の上から出入口の扉が聞こえた。店主は札束を受け取ると、ゆっくり階段を上って行った。嶋野は足音を忍ばせて通用口から外へ出た。

 自宅に戻った嶋野は、押し入れを開けて中を探り、マイナスドライバーを取り出して床に座り込み、腰からガバメントを抜いて銃把の木製グリップを固定するネジにドライバーを当てて回した。四本のネジを全て抜き取り、慎重にグリップを外すと店主から貰ったゴム製のグリップを出して銃把に取り付けた。
 仕事を終えたドライバーを押し入れに戻すと、嶋野はガバメントを右手に持ったまま立ち上がり、感触を確かめる様に掌に力を込めた。それから、ゆっくりと腕を上げて右手に左手を添え、窓に銃口を向けた。銃身の先に付いた照星と、後部の照門を右目の前で合わせる。暫くそのままの姿勢で照準を覗き、目を閉じて銃を下ろした。
 ガバメントを押し入れにしまった嶋野は、床に腰を下ろして煙草を吸いながら、今後の計画を思案した。
 邸宅に侵入したものの銃撃には失敗した、その所為で『鳳凰教』の関係者の大部分に面が割れてしまった。つまり、本部や邸宅周辺に近づく事が困難になった訳だ。しかし、遠距離からの狙撃を試みようにも本部の周囲には高層建物が少なく、邸宅は住宅街の中程に在るので尚更狙撃に向かない。最初からサイレンサー付きの拳銃に拘ったのもその為なのだが、漸く手に入れた拳銃も、使い所に困る事態になりかねない。
 沈思黙考していた嶋野が、ふと新たな疑問に行き当たった。
 嶋野が大鳥の替え玉を撃った後に出て来たもうひとりの大鳥も替え玉だとして、その替え玉は本部へ行った筈だ。では、本物の大鳥は何処に居るのか?
 あの状況で、いくら早月の密告があったとは言え、替え玉をふたりも用意する必要は無い。にも関わらず、あの場には本物の大鳥は居なかった。
 更に考えた嶋野の脳裏に、ある可能性が過った。

《続く》

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