離婚後の子の養育への父母の関与の在り方に関するドイツの法制度等― 共同親権を中心に ―
法制審議会の参考人資料の転載が好評なので、また1件を追加しました。これまで、イギリス連邦(イギリス、オーストラリア、カナダ)とアメリカの資料を紹介してきましたので、今回は趣向を変えてドイツを紹介します。
なお、記載内容は法務省ホームページの議事録と同じですが、説明資料を説明内容に沿って挿入しています。
家族法制部会第5回会議(2021年7月27日)
離婚後の子の養育への父母の関与の在り方に関するドイツの法制度等-共同親権を中心に-
京都大学大学院法学研究科・教授 西谷祐子
私からは,ドイツにおける離婚後の共同親権及び子の養育について御報告させていただきます。
ドイツ法上のエルターリッヘ・ゾルゲ(Elterliche Sorge)という言葉は,親の配慮や配慮権とも訳されますけれども,ここでは親権と称させていただきます。本日の報告は, 昨年10月に公表された7か国報告書のほか,本年7月にドイツなど各国の研究者及び裁判官の方々などに聞き取り調査を行った結果に基づいています。
まず,ドイツにおける法改正の経緯と社会的背景についてお話しいたします。ドイツでは,歴史的に早くから家族制度が世俗化しており,離婚も認められておりました。戦後, 民法が1957及び1976年に改正された際には,離婚時に必ず家庭裁判所が親権者を指定する旨の文言が入りました。しかし,それ以上詳しく定められませんでしたので,離婚後の共同親権を認め得るのかどうかという点について見解の対立があり,これを認めた裁判例もございます。その後,1979年の改正では,離婚時に明確に子の帰属先を決めるべきだとされ,離婚後は必ず単独親権とすると明記されました。しかし,1982年に 連邦憲法裁判所はこれを違憲とします。つまり,両親が離婚後の共同親権に合意しており, それが子の福祉にかなう場合にまで共同親権を否定するのは,基本法6条の親の権利の侵害に当たるとしたわけでございます。
最終的に,1997年の改正では,離婚後も原則として共同親権が継続すると規定するに至っています。立法時には様々な議論があり,高葛藤事案では親は合意できず,共同親権はかえって子の福祉に反するのではないか,むしろ原則は単独親権とすべきではないか, という主張もございました。しかし,現在では,原則として共同親権とする制度が定着していると言ってよいと思います。
その背景には,ドイツの社会の変化があります。ドイツでは離婚率が1990年代以降, 急増しており,2000年代には40%から50%になり,現在も36%ほどございます。 また,婚外子の出生率も1990年代以降急増し,2000年代に20%から30%となり,現在33%でございます。つまり,もはや婚姻家族の単位を前提とできず,離婚,再婚や事実婚のカップル,パッチワーク家族が増えているといえます。
また,人権規範も重要な役割を果たしています。離婚後の別居親又は未婚親,これは多くの場合に父親ですけれども,この者が親権を持ち,子の養育に関与するということが基本法上の親の権利であり,また,欧州人権条約が定める家庭生活の尊重を受ける権利に当たるとされています。また,児童の権利条約も子が離別した両親と密接な関係を保つ権利を定めております。これを受けて,ドイツでも1997年改正を経て,離婚後も原則として共同親権が継続しますし,未婚親にも共同親権を認める可能性が開かれております。また,別居親の面会交流や継親による共同監護も認められております。
現行法上の制度と実務における運用につきましては,ドイツでは裁判離婚主義が採られており,年間15万件の離婚事件があります。その98%で単独親権とする申立ては全くなされておらず,自動的に共同親権となっております。他方,両親の別居時や離婚後に, 独立の事件として単独親権への変更を求める例はございます。こちらがほぼ1万5,00 0件で,1671条事件と呼ばれております。その73%の事件で母親が単独親権を得ています。ただし,共同親権を単独親権に変更する際には,他方の親も同意しているか,又 は単独親権への変更が最も子の福祉にかなうことを要件としており,かなりハードルが高いものとなっています。また,近時の判例は相当性の原則の遵守も要求していますので, 単独親権への切替えは非常に難しいという状況です。切り替えるとしても,両親の単なる意見の相違では足りず,意思疎通が全く不可能で現実に問題があるという例外的な場合にのみ,単独親権となりえます。その場合にも,親権全体を単独親権とするのはまれで,親権の一部である居所指定権などだけを単独親権とする例が多いとされています。虐待等によって子の福祉が危険にさらされる場合には,親権喪失の制度もあります。親権の全部喪失は年間7,800件ほど,一部喪失は8,700件ほどです。ただし,両親の別居後又は離婚後は,基本的には使われていないようです。
次に,離婚後の共同親権の下での子の監護養育についてです。立法者は引取り型を前提としております。実際には,93%の子が母と同居しているとされており,別居親である父とは面会交流をするという構造になっています。その際の共同親権の行使を円滑にするために,民法は重要事項と日常生活事項を区別しています。重要事項に当たるのは,住居の変更,学校の選択,重要な医療行為などで,両親の共同決定を必要とします。それ以外の日常生活事項については,同居親が単独で決定できます。両者の区別の基準は,判例上明確になっており,実務上も問題は生じていないとされております。特定の重要事項について両親の意見が相違する場合には,家庭裁判所に申立てをし,子の福祉に照らして決定権を自己に付与するように親が求めることができます。これを1628条事件と呼んでおります。ただし,この事件類型は基本的に少数であるようです。これは,ワンポイントの決定権付与にすぎないということと,通常は子の福祉を最もよく判断できるのは同居親の方であり,同居親の判断が優先されるために,争っても仕方がないということから,余り使われていないようです。むしろ実務でよく争われる事件の多くは,単独親権への変更の申立てか,あるいは面会交流の制限であるとされております。
次に面会交流についてです。ドイツ法上,面会交流は子の権利であり,また親の権利及び義務であると位置付けられています。共同親権の下での引取り型に従い,93%の子が母と同居し,父と面会交流しています。一般に面会交流では,隔週で金曜日から月曜日まで子が父と過ごし,長期休暇の半分を父と過ごすことが多いとされています。虐待事案であっても付添い付き面会交流を命ずることが多く,交流をそもそも禁止するという命令が出る例は稀であるようです。
面会交流の利点としては,子が両親との交流を保つことで,子の精神の安定や忠誠葛藤の除去に役立つこと,それから子の人格形成にも資するとされています。また,別居親の多くも責任感を持ち,養育費の履行率も上がるとされていますし,自主的に子どものための出捐をする例も多いようです。さらに,両親のリソースを活用してそれぞれの得意分野の強みをいかせれば,子にとっても利点が多いとされています。
以上のようなドイツの現行法の評価は,基本的に肯定的であるといえます。両親が離婚後も共同で子の監護養育に責任を持つという発想は,社会に浸透しました。裁判所でも,負担の懸念というものは示されておりません。共同親権の行使も,重要事項と日常生活事項を区別することで円滑に行われています。実務上は,少年局や民間団体等が提供するカウンセリング,親教育,それから親ガイダンスが重要であるとされています。裁判所でも 期日の初回に,まずカウンセリングを受けるように当事者に勧める例もあります。カウンセリングは基本的に無料で,ソーシャルワーカーや心理学の専門家がサービスを提供します。両親に対して,パートナー関係がうまくいかなかったということと,両親が子にとっての親であるという親子関係とを切り離す重要性を伝えることで,離別後の父母の協力関係を構築することができるとされています。
DVや児童虐待の事案では,どうしても問題があれば単独親権への変更が可能です。多 くの場合には,付添い付き面会交流や面会交流の制限をすることで対応できているとされています。裁判官の方に伺ったところでは,例えば,過去にDVがあったケースでも現在は父母が信頼関係を取り戻していて,協力して子どもの養育に当たっているケースもあるようです。また,現在,DVが起こるのではないかとおそれを抱くようなケースで,子どもが父親と会うのを怖がることもありますけれども,実はその原因は夫婦間葛藤にあることも多いとされています。そこで,裁判官としては,このような難しい事案が出てきたときには,心理学者の鑑定意見を求めて,まず何が原因かを探った上で適切に対処しているそうです。そのため,ドイツではDVや虐待への懸念から,原則としての共同親権を否定するという議論は全くないという状況でございます。
次に,現行法の課題と今後の動向についてです。現行法上,共同親権の下では引取り型が前提とされており,共同養育型の根拠規定はありません。しかし,否定もされていませ ん。共同養育型とは一般に,子が両親と過ごす時間がほぼ同等であるか,あるいは少なくとも3対7以上である場合が標準です。現在,大体4%から7%の親が自発的に共同養育を実践しているとされています。両親の合意がない場合にも,2017年の判例では,面会交流の規定を根拠として共同養育を命ずる可能性が認められました。ただし,その際の 要件は厳格に設定されており,共同養育が子の福祉にかなうか,子と両親の良好な関係があるかどうか,子どもの意思はどうか,両親の対話・協力関係があるか,などの要素が慎重に審査されます。これまで共同養育を認めた裁判例はごく例外的なもので,例えば,過去にその両親が共同養育を実践していた場合や,年長の子が共同養育を希望している場合, それから,母が明らかに養育能力を欠いており父の助力が不可欠であるといった場合など, 例外的な事例に限られております。
このように,ドイツでは共同養育に対して慎重な態度を採っておりますけれども,これは英国及び豪州において,離婚後に共同親責任を認めるだけではなく,両親が子と過ごす時間を同等とすることで虐待等の問題が出てきたという失敗を踏まえたものであるとされています。
なお,2021年に法学者と社会学者が行った実態調査がございます。これは,シュタインバッハとアウグスティンのデータに基づいて,法学者も一緒に執筆し,「FamR - 50 - Z」という雑誌に掲載されているものです。それによりますと,共同養育型を実際に実践している親には高収入・高学歴の者が多いというデータが示されております。また,共同養育を受けている子は,父との関係で満足度が高く,精神的にも健康上も安定しているという結果が出ております。ただし,共同養育が行われている場合に,7歳から14歳の子どもでは,特に両親が対立している場合に忠誠葛藤に陥りやすいというデータも出ており, 子どもの逃げ場がないということで,難しい状況が出てくるケースもあるとのことです。 結局,共同養育が可能かどうかというのは,その親子関係の質や忠誠葛藤の有無,両親の対立いかんによるということで,個別の事案ごとに慎重に判断しなければならないというのが現在のドイツの議論状況でございます。
今後の法改正に関する議論につきましては,あまり時間もございませんので,簡単にのみ御紹介させていただきます。まず,ドイツの学説上は,少しずつ共同養育の形態が出て きていることから,これに対応する必要があるという問題関心で改正提案をするものがございます。特に,従来は,共同親権を場合によっては単独親権に切り替えるという親権の帰属と,親権の行使,そして面会交流という3本立てになっていたのを統合して,親権行使の調整の在り方に一本化するという形での改正提案が出てきているところでございます。
また,ドイツでは,非婚父は自動的に親権を取得することができず,母の同意に基づいて親権宣言を行うか,あるいは家庭裁判所に申立てをして決定を得ることで,初めて親権を取得することができます。これはヨーロッパの中では例外となっており,他のヨーロッ パの国々では自動的に非婚父も母との共同親権とする傾向にありますので,ドイツもこれを踏まえて,今後は改正していくべきだというような議論もなされています。
このように見てまいりますと,ドイツにおいては社会の変化に応じて家族制度も発展してきており,離婚後の共同親権を原則とするという制度が定着しているということができます。しかし,親権の行使については,まだ引取り型が前提となっていて,共同養育を認めるに当たっては,非常に慎重な態度を採っているということができます。ドイツはヨー ロッパに位置し,欧州人権条約やEU法などの上位規範の下でヨーロッパでの家族法の平準化が進む中で,その影響も受けてきています。今後もドイツでは,ヨーロッパ諸国の動向なども見ながら,次第に家族法の改正の議論が進むのではないかと思われます。 以上でございます。御清聴どうもありがとうございました。
(了)
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