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第1章 アメリカ

この記事は、外務省HPの「ハーグ条約関連資料」-「3 子の連れ去りに関する法制度について」-「子の連れ去りに関する各国法令の調査報告書」の「第1章 アメリカ合衆国 中央大学教授 佐伯仁志」を転記したものです。

1 はじめに

 連邦国家であるアメリカ合衆国において、児童の連れ去りは、第1次的には州法の問題である が、州境さらには国境を越えた連れ去りが問題となることが多い点で、連邦法も重要性を有している。
 家族による州境を越えた児童の連れ去りは、居住していた州の裁判所が出した監護決定の効力を回避することを目的として行われることが多いため、これを防ぐための努力が民事法の領域において行われてきた。しかし、その効果は必ずしも十分でなく、刑事法による対応も行われている。そこで、まず、家族による児童の連れ去りに関する問題状況とこれに対する民事法の領域における対応、および、刑事法の領域における連邦法の対応を紹介し、次に、刑事法の領域における州法の対応を紹介することにしたい1。

2 問題状況

 アメリカ合衆国においては、1960年代後半から1970年代にかけて児童の拐取が社会問題化した。そのような児童の拐取の中には、夫婦関係が破綻した親の一方が子を連れ去る事案が多く含まれていた。このような親による子の連れ去り、特に州外への連れ去りが多発した背景には、子の監護権をめぐる争いにおいて、自分に不利な決定を受けた親が、子を他州に連れ出して、そこで自分に有利な監護決定を求めようとすること、いわゆるフォーラム・ショッピングが頻繁に行われたことがあった。
 全国で行方不明になる児童の数や親によって連れ去られる児童の数を明らかにするために、 1984年に制定された「失踪児童援助法(the Missing Children’s Assistance Act2)」は、司法省の少年司法非行防止局(the Office of Juvenile Justice and Delinquency Prevention(OJJDP))に、実態調査の実施を義務付けた。同局の委託を受けて行われた実態調査(NISMART-1)の報告書3は、家族による児童の連れ去り(family abduction)を、「広義の事件」と「政策的に焦点を当てるべき事件」の2つの類型に分け、前者を、監護の合意・命令に違反して児童を連れ去った場合、または、児童との面会交流後に少なくとも一晩以上児童を返さない場合と定義し、後者を、前者のうちで、行為者が児童の居場所を隠そうとした場合、児童が州外に連れ去られた場合、児童を恒久的に保持する意図があった場合のいずれかに当てはまる場合と定義した。そして、報告書は、1988年におけ る広義の事件の被害児童数を 35万4100人、政策的に焦点を当てるべき事件の被害児童数を16万3200人と推定した。また、同報告書は、親以外による児童の連れ去りについて、権限なく、威力を用いて、児童を、建物もしくは車内に、もしくは20フィート以上離れた場所に、1時間以上連れ去る行為、または、他の犯罪を犯すために連れ去る行為を、「法の定義による家族以外による連れ去り(Legal Definition No-Family Abductions)」と呼び、1988年の被害児童の数を 3200人から4600人と推定している。同報告書は、このような家族以外による児童の連れ去りの中で、児童を、①一晩以上連れ去る、②殺害する、③50マイル以上離れた場所に連れ去る、④身代金目的で連れ 去る、⑤恒久的に保持する意図がある、という事実のいずれかに当てはまる場合を「典型的児童拐取(Stereotypical kidnapping)」と呼んでおり、1988年の被拐取児童の数を200人から300人と 推定している(なお、FBIのデータによれば、1976年から1987年の間に、見知らぬ者により拐取 され殺害された児童の数は、毎年43人から147人だという)。さらに、同報告書は、家出児童の数を44万6700人、児童施設から逃げ出した児童の数を1万2800人と推定している。 少年司法非行防止局の委託で行われた第2次調査(NISMART-2)の報告書4によると、1999年に は、推定 26万2100人の児童が拐取され、そのうち推定20万3900人(78%)が児童の親または家族によるものであり、そのうち約1000人が国際的拐取であると推定されている。警察、検察を対象とする調査によれば、推定3万500件が警察によって公式に認知され、約4500件が逮捕に至 った。警察は約9500件を検察に送致し、推定1万5000件が検察によって公式に認知された(検察の認知数の方が多いのは、裁判所や被害者等を通じて事件を認知することがあるためである)。検察が認知した事件のうち推定3500件が訴追され、そのうちの31%が公訴棄却になり、49%が 有罪となっている。

3 民事法の領域における対応

 連邦憲法4条1項の「十分な信頼と信用(Full Faith and Credit)」条項は、他州の判決の尊重を各州に義務づけており、連邦法にも同様の規定(28 U.S.C. §1738)が置かれている。しかし、連邦最高裁は、州裁判所の監護決定が、「児童の最善の利益」の観点から事情変更によって常に変更され得るものであることを理由として、州裁判所の監護決定に「十分な信頼と信用」条項に基づく拘束力を認めることに消極的であった。児童を他州に連れ去り、そこで一定期間生活をすれば、 常に事情変更を主張することが可能になるため、このような連邦最高裁の態度は、児童の連れ去りを助長するものであったといえる。 そこで、フォーラム・ショッピングを目的とする児童の連れ去りを防止するため、1つの監護訴訟について1つの法域だけが管轄を有することを目指して、1968年に「子の監護事件の管轄に関する統一法典(the Uniform Child Custody Jurisdiction Act(UCCJA))」が起草され、統一州法委員会 全国会議(the National Conference of Commissioners on Uniform Laws)とアメリカ法律家協会(the American Bar Association)がこれを採択した。しかし、同法典に従った立法をしない州や同法典の内容を変更して立法する州があり(その後、全州で採用された)、また、同法典自体の問題点もあって、その目的を十分に達成することはできなかった。 そこで、1980年に連邦議会は、「親による拐取防止法(the Parental Kidnapping Prevention Act (PKPA))」を制定して、他州の監護決定に「十分な信頼と信用」を与えることを各州に義務づけた。同法は、UCCJAの管轄規定と異なり、「本拠州(the home state)」(=児童が直近の6ヶ月間以上継続して親と居住していた州、または、生後6ヶ月未満の幼児の場合は出生した州)に優先的管轄権を与え、また、最初に決定を出した州に、親の一方または児童が継続して居住している限り、継続的管轄権を与えた(28 U.S.C. §1738A)。さらに、養育費の取立てのために保健福祉省に設けられていた連邦親探知サービス(the Federal Parent Locator Service)を、被拐取児童を連れ戻すためにも活用できることとした(42 U.S.C. §663)。 1988年には、合衆国は、1980年の国際的な子の奪取の民事上の側面に関するハーグ条約を批准し、「国際的児童奪取救済法(the International Child Abduction and Remedies Act(ICARA))」を制定した(22 U.S.C. §9001 et seq)。1997年には、UCCJAとPKPAとの矛盾を解消し、UCCJAの問題点を改善するため、新たに「子の監護事件の管轄及び執行に関する統一法典(The Uniform Child Custody Jurisdiction and Enforcement Act(UCCJEA))」が統一法委員会(Uniform Law Commission (ULC))によって採択された。同法典は、PKPAにならって、「本拠州」に優先的管轄権を与えるとともに(§201)、最初の決定を出した州に専属的な継続的管轄権を認めている(§202)。また、同法典は、監護決定の執行手続が州によって異なることが児童の返還を妨げているという反省から、執行手続に関する章を設けて、児童が重大な身体的侵害を受ける、または、州外に連れ去られる、という差し迫った危険が存在する場合には、裁判所が、児童の身体的監護を確保する令状を発布して、警察官にこ れを執行させることができること(§311)、検察官その他の適切な公務員は、児童を探し、児童を返還し、監護決定の執行を行うため、民事手続を含む法的手段を執ることができること(§315)、 検察官等の要請に基づき、警察官は、児童や当事者の居場所を探し、検察官等の法執行を援助するために必要な法的手段を執ることができること(§316)を規定している。その後、マサチュー セッツ州を除くすべての州が UCCJEA を採用している。 さらに、児童の連れ去りを事前に防止することが重要であるという認識に基づき、2006年には、「子の奪取の防止に関する統一法典(the Uniform Child Abduction Prevention Act (UCAPA))」が採択された。裁判所は、同法7条に規定された多数の考慮要素に基づいて子の連れ去りの危険があると確信できると判断される場合には、旅行制限命令やパスポート提出命令を含む連れ去り防止措置を命ずることができる(§4, §8)。また、必要な場合には、児童の身柄を確保する令状を発布し、警察官に必要な措置を命じることができる(§8-9)。UCAPAは、現在、15の州で採用されている5。
 その後、2010年にアメリカ合衆国が「親責任及び子の保護措置に関する管轄権、準拠法、承認執行及び協力に関する1996年ハーグ条約(the Convention of 19 October 1996 on Jurisdiction, Applicable Law, Recognition, Enforcement and Cooperation in Respect of Parental Responsibility and Measures for the Protection of Children)」に署名したことを受けて、2013年にUCCJEAが改訂された。改訂UCCJEFは、1996年ハーグ条約の批准に向けて、同条約が適用される事案に関する特則を置いており、「常居所(habitual residence)」を判断する際に考慮すべき6つの要素を列挙している(§410)。また、1996年ハーグ条約事案についてのみ、最初に監護決定を下した裁判所の専属的な継続的管轄権を廃止しており、端的に子の常居所によって米の国際裁判管轄を決定し、子の本拠州に州の裁判管轄を付与する規定を置いている(§411)6。しかし、現在までのところ、連邦と州の立法権限の調整がついていないため、同条約の批准は実現していない7。

4 刑事法の領域における対応

 規定上は必ずしも明確でなかったが、伝統的に、親による自分の子の拐取は処罰の対象とはならないとされていた8。しかし、現在の法状況は大きく変化している。

⑴ 連邦法

 1929年の世界恐慌に始まる大不況期に、犯罪組織が身代金目的で裕福な家庭の児童を州境を越えて拐取する事件が多発し、州刑法を適用して犯人を逮捕し有罪にすることに困難が感じられたため9、連邦議会は、1932年に、不法に拐取等され身代金または報酬目的で留め置かれた人を州境または国境を越えて移動させる行為を処罰する法律10を制定した(Pub.L.72-189, 47 Stat. 326, その 後 18 U.S.C. §120111)。法案の審議の過程で、犯罪の主体に被害者の親を含めるかが議論されたが、親は犯罪的意図で子を拐取するわけではないという理由で、未成年の被拐取者の親は、処罰範囲から除外された12。 1970年代になって、親による子の連れ去りが社会問題化すると、これを処罰する連邦法を制定することが検討されるようになり、様々な法案が提案されたが、司法省と連邦捜査局(FBI)が、そのような処罰は不当に苛酷で希少な資源の無駄遣いであると強く反対したため、実現しなかっ た。結局、前述した1980年のPKPAにおいて、親が子を拐取して州境・国境を越えて逃亡した場合には、重罪犯人が訴追を免れるため州境・国境を越えて逃亡する罪(Fugitive Felon Act, 18 U.S.C. §1073)が適用される、との議会の意図を宣言するとともに、司法長官に対して、このような議会の意図を実現するために採られた取組みについて報告書を提出することを義務付ける(Pub.L.96- 611, 94 STAT. 3573, §10)にとどまった13。これによって、議会は、州外に連れ去られた被拐取児童 の捜索・連れ戻しにFBIが積極的に関与することを期待したのである14。1988年のハーグ条約批准の際にも刑罰規定は設けられなかったが、1993年になって、「親による国際的拐取罪法(the International Parental Kidnapping Crime Act (IPKCA))」が制定された(18 U.S.C. §1204)。同法の規定は、以下のようなものである。

1204条
a 親の権利(parental rights)の適法な行使を妨害する目的で、児童を合衆国から連れ去り、又 は、合衆国外にいる児童を留置した者は、本章の罰金若しくは3年以下の拘禁、又はその双方に処する。
b 本条にいう、
  ⑴「児童」とは、16歳未満の者を意味する。
  ⑵「親の権利」とは、法令、裁判所の命令、又は法的効果を有する当事者の合意により、児童に関して認められた、単独又は共同の、面会交流権(visiting rights)を含む、身体的監護 (physical custody)の権利を意味する。
c 以下の場合は、本条の積極的抗弁(an affirmative defense)となる。
  ⑴被告人が、裁判所の拘束力のある命令によって認められた、監護又は面会交流の法的権利の範囲内で行動しており、その命令が、子の監護事件の管轄に関する統一法典(UCCJA)又 は子の監護事件の管轄及び執行に関する統一法典(UCCJEA)によって発せられ、行為時に有効であった場合
  ⑵被告人が、家庭内暴力から逃げている場合
  ⑶被告人が、監護又は面会交流の法的権利を認めた裁判所の命令に従って、児童の身体的監護を有していて、不可抗力により児童を返還することができなかった場合で、かつ、被告人が、他の親又は児童の法的監護権者に対して、当該事情を、面会交流期間が経過した後24時間以内に通報し、又は、通報するための合理的努力を行い、可能な限りすみやかに児童を返還した場合
d 本条は、親による国際的な子の奪取の民事上の側面に関するハーグ条約(1980年10月25日 ハーグで締結)の適用を妨げない。

 本法の客体となる児童は16歳未満の者であり、ハーグ条約の適用対象年齢と同じである。犯罪の主体は児童の親に限定されていない。親の権利は、裁判所の命令や当事者間の合意が存在しない場合は、児童が居住していた州の法律によって判断される。
 本法の制定に当たっては、ハーグ条約による児童の返還が第1の選択肢であるべきだとの議会の意図が表明されている(Pub.L.103-173, 107 Stat.1997, §2b)。1204条d項は、これを受けた規定である。司法省の検察官が執筆した捜査・訴追の手引きでは、親が処罰される可能性があると、子を引き渡さない締約国もあるので、訴追の判断に当たって留意すべきだとされている15。
 本法の罪(18 U.S.C. §1204)の法定刑の上限は3年の拘禁刑であり、終身刑(被拐取者が死亡し た場合は死刑)が法定刑の上限である拐取罪(18 U.S.C. §1201)と比較すると、著しく軽い。連邦量刑ガイドラインには、18 U.S.C.§1204 に関する規定は存在しておらず、そのアペンディクスにおいて、司法妨害罪(2J1.2)が指示されている。司法妨害罪の基本犯罪レベルは 14であり、これ に対応する初犯者の量刑は15月から21月の拘禁刑である。
 IPKCAが適用された事件として、United States v. Amer, 110 F.3d 873(1997)がある。同事件の事案は、以下のようなものである。エジプト国民である Ahmed Amer と Mona Amer 夫妻は、3人の子とともにニューヨークに居住していた。その後、夫婦関係が破綻し、Ahmed は家を出て行った。 1995年1月、Ahmed は、夕食をとるため Mona の家を訪問し、夕食後に Mona が買い物で外出している間に、3人の子を連れ出し、エジプトに連れ去った。その後、3人の子は、エジプトで Ahmed の母親と暮らしている。同年2月、ニューヨーク州の裁判所は、Mona に3人の子の監護権を与えるとともに、Ahmed の逮捕令状を発布した。同年5月、エジプトの裁判所は、Ahmed に3人の子の監護権を与えた。同年6月、Ahmed はアメリカ合衆国に戻り、翌月逮捕された。Ahmed は、ア メリカ合衆国にいた3人の子を国外に連れ去り留置したとして連邦裁判所に起訴されて有罪とな り、24月の拘禁刑と子の返還を特別条件とする1年の監視付釈放を言い渡された。Ahmed は控訴 して、IPKCAは、①不明確で違憲である、②過度に広範で信教の自由を侵害し違憲である、③IPKCAにはハーグ条約の積極的抗弁が組み込まれているとしたうえで、④裁判所が、子の返還を監視付釈放の条件としたこと、および⑤司法運営の相当程度の侵害を理由として犯罪レベルを3レベル加重したことは違法である、と主張した。1997年3月 26日に出された第2巡回区控訴裁判所判決は、Ahmed の主張をすべて却けて、1審の有罪判決と量刑を是認した。判決は、①の点について、本件に関しては適用に不明確な点はなく、文面違憲は認められないとした。判決は、立法過程から、「親の権利」が州法によって判断されることは明らかであると判示している。次に、判決は、②の点について、控訴審で初めて主張されたので主張は認められないとした上で、信教の自由を侵害するとはいえないと判示した。③の点について、Ahmed は、IPKCAは同法に規定された積極的抗弁しか認めていないとする1審裁判所の判断は、ハーグ条約を損なってはならないとする1204条d項に反する、と主張した。 しかし、判決は、エジプトはハーグ条約の批准国でないので、Ahmed の訴追がハーグ条約を損なうことはない、と判示した。判決は、続けて、刑事手続とハーグ条約の返還手続が同時進行している場合に、ハーグ条約の積極的抗弁を刑事手続において認めるべきかは、微妙な問題である、と述べている。④の点について、判決は、子の返還以上に本件の犯罪と犯罪者にふさわしい条件は想像できず、 この条件は、処罰の一般予防効果を増大させると共に、Ahmed が釈放後に子どもたちをエジプトに留め置いて新たな罪を犯すことを抑止する点で特別予防効果も有している、と判示した。最後の点は、Ahmed が釈放後に子を返還しないことが新たな犯罪になることを前提とした判示である。 判決は、釈放後の留置を新たに処罰しても、二重処罰に当たることはない、と判示している。⑤の点についても、Ahmed の行為は、係属中の訴訟手続を妨害したわけではないが、裁判所の管轄外に児童を連れ去ることで、適切な訴訟手続の提起を妨害しているといえ、量刑ガイドライ ンに基づく刑の加重は適切である、と判示している。

⑵  州法

a 模範刑法典
 州法の拐取罪は、死刑や無期刑を含む厳しい刑罰が規定されているにもかかわらず、その適用範囲が広範で不明確であった。そこで、1962年の模範刑法典は、以下のように、拐取罪を、一定の目的を持った行為に限定するとともに16、関連するより軽微な犯罪類型を3つ規定した17。

212.1 条 拐取(Kidnapping)
 次に掲げるいずれかの目的をもって、不法に、他人をその住居又は業務の場所から連行し、その現在地から相当の距離にある場所に連行し、又は、他人を相当の期間、隔離された場所に監禁した者は、拐取の罪を犯したものとする。
 a 身代金若しくは報酬を得るため、又は防御手段若しくは人質とするために抑留すること
 b 重罪の遂行又は遂行後の逃走を容易にすること
 c 被害者又は他人に身体傷害を加え、又はこれを畏怖させる(terrorize)こと
 d 統治上又は政治上の機能の遂行を妨げること
 拐取の罪は、第 1級重罪とする。ただし、行為者が、公判審理に先立ち、被害者の生命を害することなく自発的にこれを安全な場所に釈放したときは、第2級重罪とする。本条の適用に関し、威力、脅迫又は欺罔を手段とする連行又は監禁、あるいは、14歳に満たない者又は無能力者の場合には、親、後見人その他その者の福祉について一般的な監督責任を負う者の同意なしに行われた連行又は監禁は、不法に行われたものとする。
212.2 条 重罪たる身体拘束(Felonious Restriction)
 故意に次に定める行為をした者は、第3級重罪を犯したものとする。
 a 重大な身体障害の危険にさらす状況で、不法に他人の身体を拘束すること、又は、
 b 他人を拘束して意に反する苦役に就かせること。
212.3 条 不法監禁(False Imprisonment)
 故意に、他人を不法に拘束して、その自由を著しく妨げた者は、軽罪を犯したものとする。
212.4 条 監護侵害(Interference with Custody)
 ⑴児童の監護:正当な権限がないのに、故意に又は無謀に、18歳未満の児童をその親、後見人その他正当な監護者の監護から連れ去り、又は誘い出した(takes or entices)者は、罪を犯したものとする。ただし、次に定める事情があるときは、これを積極的抗弁とする。
  a 行為者が、児童をその福祉に対する危険から保護するために必要であると信じてその行為をしたこと。又は、
  b 児童が行為の時に14歳以上で、誘惑されることなくみずから求めて連れ去られ、かつ、 行為者が児童とともに又は児童に対して罪を犯す目的を有しなかったこと。
 児童が法定年令(critical age)に満たないことが証明されたときは、行為者がその年令を知りながら、又は無謀にこれを無視して行為した(acted in reckless disregard)ものと推定する。本項の罪は、軽罪とする。ただし、行為者が児童の親又は親と同視すべき地位にある者でなく、 かつ、その行為が児童の安全に関し重大な危惧を与えることを知っており、又はかような危惧 を生じさせる可能性を軽率に無視していたときは、第3級重罪とする。

 多くの州で模範刑法典に倣って改正が行われたが、その規定の仕方は様々である。以下では、 家族による児童の連れ去りを中心に紹介する。
b 家族による子の連れ去りと拐取罪の関係
 ①親あるいは親族18を明文で拐取罪から除外する州がある。例えば、コロンビア特別区では、拐取罪の主体から未成年者の親が除外されており(D.C. CODE ANN. §22-2001)、別途、親による拐取罪(parental kidnapping)が規定され(§16-1021seq.)、16歳未満の児童を、その親または親族(あるいは、その指示を受けた者)が、他の者の監護権または面会交流権の行使を妨害する目的で、 連れ去り、隠匿し、留め置く行為が処罰されている。拐取罪の法定刑が30年以下の拘禁なのに対して、児童拐取罪の法定刑は、軽罪として、250ドル以下の罰金または240時間以内のコミュニティサービスもしくはその併科、児童を州外に連れ出す等した場合は、重罪として、その期間が30日未満の場合は、6月以下の拘禁または1000ドル以下の罰金、30日以上の場合は、1年以下の拘禁または2500ドル以下の罰金である。
 ②親または親族であることに加えて拐取の目的が児童の監護の獲得のみであることを除外の要件とする州があり19、さらに、③これに加えて州外への連れ去りでないことも除外の要件とする州がある20。また、④親または親族であっても致命的暴力(deadly force)の使用またはその脅迫を行った場合は拐取罪が適用されると規定する州もある21。
 明文の除外規定はないが、裁判所が解釈で親権者を拐取罪の処罰範囲から除外する州もある。 例えば、ミズリー州の State v. Porter, 241 S.W.3d 385(Mo. 2007)は、親権者が子を連れ去る行為は、その親権が制限されていない限り、拐取罪(MO.REV.STAT. § 565.110)にいう「不法に連れ去った」にはあたらず、同罪で処罰されないと解している。
 親による拐取罪や監護侵害罪は、州内限りの場合は軽罪(misdemeanor)の重い類型、州外の場合は重罪の軽い類型とするところが多い。州外への拐取を重罪としていることは、捜査共助や犯罪人引渡の対象となり、連邦逮捕状発布の対象となる点で重要である。
 拐取罪と関連する犯罪を監護侵害罪も含めて規定した結果、各州の規定は複雑なものとなっている。例えば、ニューヨーク州刑法典では、A級軽罪である第2級不法監禁(N.Y.PENAL LAWS §135.05)、E級重罪である第 1級不法監禁(§135.10)、B級重罪である第 2級拐取(§135.20)、A-I級重罪である第1級拐取(§135.25)、A級軽罪である第2級監護侵害(§135.45)、E級重罪である第1級監護侵害(§135.50)が規定されている。不法監禁罪については、16歳未満の児童に対し てその親族が監護を得る目的だけで行った場合が抗弁とされ(§135.15)、拐取罪についても、被害者の親族が被害者の監護を得る目的だけで行った場合が抗弁とされている(§135.30)ので、16歳 未満の児童の親族が監護を得る目的で児童を連れ去った場合は、監護侵害罪だけが成立し得るこ とになる。
c 保護法益
 アメリカ合衆国において犯罪の保護法益が議論されることは多くないが、カリフォルニア州の People v. Jones, 108 Cal. App. 4th 455(2003)は、拐取罪では被拐取者が、児童奪取罪(child abduction) では監護者が保護客体であると述べている。拐取罪を刑法の人身犯罪の章に規定し、監護侵害罪を他の章に規定する州も、保護法益の違いを意識しているものと思われる22。メリーランド州のように、監護侵害罪を家族法に規定するところもある(MD.CODE.ANN.FAM.LAW §9-304seq.)。
d 児童の年齢
 監護侵害罪等の罪の客体となる児童の年齢は、多くの州が18歳未満と規定しているが、連邦の親による国際拐取罪と同様、16歳未満とする州も一定数存在しており、14歳未満とする州も少数存在する23。
e 行為類型
 模範刑法典は、拐取罪の手段を限定していないが、州法では、暴行、脅迫、欺罔等の手段を用いた場合に限定する州が多い。
 一方、監護侵害罪の行為類型としては、連れ去りの他、隠匿留め置きも規定するのが一般的である24。留め置きについては、時間を定めるところも多い。例えば、コロンビア特別地区法は、返還を求められ48時間以内に返さなかった場合に、犯罪が成立すると規定している(D.C.CODE ANN.§16-1022(3))。相当期間(protracted period of time)と規定する州も多い。
 また、監護者による面会交流権の侵害を特別に規定する州もある25。
f 裁判所の監護命令が監護侵害罪の要件か
 州の中には、監護侵害罪の成立要件として、すでに裁判所の監護命令が出ていて、これに違反することを要求するところがある26。
 児童の連れ去りが同時に裁判所の命令に違反する場合、裁判所侮辱罪と監護侵害罪の両方で処 罰すると憲法が禁止する二重の危険に当たるかが問題となるが、当たるとする州と、要件・目的 を異にするので当たらないとする州に分かれている27。ヴァージニア州法(VA. CODE ANN. §18.2- 47(D))のように、明文で「裁判所侮辱の処罰に加えて」監護侵害を処罰すると規定するところも ある。
g 監護侵害罪の主観的要件
 模範刑法典は、監護侵害罪の主観的要件について、故意のほか無謀を含め、年齢の認識については推定規定まで置いているが、州法では、故意を要求するのが一般的であり、無謀まで含める州は少ない28。明文で権限がないことの認識を要求する州も多い。さらに、監護を相当の期間奪う目的を要求する州もある。年齢の認識について推定規定を置くのは、フロリダ州だけである(FLA. STAT. §787.03(5))。
h 継続犯
 監護侵害罪は、一般に、継続犯であるとされている29。したがって、公訴時効は、児童が監護権者のもとに戻された時点から進行する30。また、継続する犯罪の一部について処罰がなされたとしても、以後もなお犯罪が継続していれば、さらに処罰することができる31。緊急避難の適用についても、継続犯であるから、行為時に緊急の必要性があったとしても、必要性がなくなってなお返還しないとその時点から犯罪が成立するとされている。
i 解放減免規定
 模範刑法典と同様、行為者が被拐取児童を自発的に解放(ないし返還)した場合は犯罪のランクが下がると規定されていることが多い。犯罪の抗弁として規定する州もある。その場合の時的限界については、犯行後48時間以内(MINN.STAT. §609.265(a))、14日以内(N.M.STAT. §30-4- 4(G))、逮捕状発布前(TENN.CODE §39-13-306(c)(2))、逮捕前(KY. REV. STAT. § 509.070(2))など 様々である。州内の連れ去りはアレインメントまで、州外への連れ去りは逮捕前までと分けて規定する州もある(MONT.CODE ANN.§45-5-304(3))。
j 児童の同意
 一般に、監護者の同意の有無だけが犯罪の要件ないし抗弁として問題となり、児童の同意は犯罪の成否に影響を与えないとされているが、模範刑法典にならって、行為が14歳以上の児童の慫慂によって行われ、行為者に誘惑行為や犯罪目的がない場合を抗弁とする州もある32。
k 緊急避難の抗弁
 模範刑法典は、「行為者が、児童をその福祉に対する危険から保護するために必要であると信じてその行為をしたこと。」を監護侵害罪の抗弁として規定している。同様の抗弁を規定する州が多いが、危難の規定の仕方は、「児童の福祉」、「児童の健康と安全」、「児童に対する差し迫った身体 的・精神的危険」など様々である。
 行為者本人に対する危難を避けるための抗弁は、模範刑法典制定当時はその必要性が認識されていなかったが、現在では、抗弁を規定する州の多くがこれを規定している33。
 客観的に危難が存在する場合だけでなく、危難が存在すると行為者が合理的に信じた場合も抗弁に含まれているのは、他の正当化事由と同様、アメリカ刑法の特色の1つである。
 抗弁に関して注目されるのは、厳格な手続要件を課す州が見られることである。例えば、フロ リダ州法は、行為後10日以内に連れ去り後の居住地と連れ去り前の居住地の双方の官憲に児童の名前、現住所、電話番号、行為の理由を通報し、合理的期間内に監護訴訟を提起することを要求している(FLA.STAT.§787.03(6)(b))34。ユタ州法のように、当局への事前通告を要求する州もある (UTAH CODE ANN. §76-5-303(6)(2))。
 さらに、州外に逃げると抗弁を認めない州(N.H. REV. STAT. ANN. § 633:4(IV); VT. STAT. ANN. tit. 13, § 56-2451(c))、州内にいて監護訴訟を提起することを要件とする州(MINN. STAT.§ 609.265 )もある35。
 連邦刑法の親による国外拐取罪は、不可抗力の抗弁を規定しているが(18 U.S.C.§1204c(3))、同様の規定をもつ州もある36。
 約半数の州は、特別の抗弁規定をもっていない。その中には、児童の福祉を理由とする抗弁を認めることは、自力救済に道を開いてしまうおそれがあることを理由として、意識的に模範刑法典に従わなかった州もある37。その場合にも、一般の緊急避難(necessity)の抗弁が適用されるかという問題は残っており38、緊急避難の抗弁を認めない場合であっても、他の要件の判断において同様の考慮が認められることもある39。
 緊急避難の抗弁をめぐるアメリカ合衆国における議論は、児童の福祉を図ることと自力救済の防止との間の緊張関係をよく現わしている。

5 民事と刑事の連携

 連邦のIPKCでは、ハーグ条約による児童の返還が第1の選択肢であるべきだとの議会の意図が表明されていた。州法においても、民事に対する補充性を令状発布の要件として規定している 州法(N.V. REV. STAT. § 200.359)がある。
 カリフォルニア州法では、連れ去られた児童の返還に必要な場合には、検察官が民事的救済を家庭裁判所に請求することができ、また、家庭裁判所の監護命令の執行を援助することができるとされている(CAL. FAM. CODE §§3130-3133)。UCCJEAの同様の規定(§315)は、カリフォルニア州法を参考にしたものとされている。同法典の注釈は、刑事手続だけでは、児童の返還を実現するのに十分でないかもしれず、刑事訴追に代えて、またはこれに加えて、民事手続を使用することで、検察官の選択肢が拡大し、児童の連れ去りおよび留置の問題を解決するためのより安価で破壊的でない手段を提供し得る、と述べている40。
 このような民事手続と刑事手続の連携の必要性から、民事と刑事の統合手続(民事手続の裁判官が刑事も扱うこと)も提案されているが、訴訟法や目的の違いから生ずる困難も指摘されている41。
 アメリカ合衆国では、刑罰として損害賠償を命じる制度が一般に認められているが、児童拐取罪や監護侵害罪について州政府および被害者に対する損害賠償命令を特に規定する州がみられる 42。

6 ハーグ条約に関する近時の連邦最高裁判例

 連邦最高裁は、近時、Monasky v. Taglieri, 140 S. Ct. 719 (2020)において、ハーグ条約が定める 「常居所(habitual residence)」の判断基準と審査基準について判示した。 事案は以下のようなものである。
 米国籍の Monasky は、イタリア国籍の Taglieri と2011 年にアメリカで婚姻し、2年後に、2人はイタリアに移って生活を始めた。(Monasky の主張によれば、Taglieri による家庭内暴力もあっ て)、2人の結婚生活は破綻に瀕するようになり、2015年2月に子が生まれた2ヶ月後に、Monasky は、子を連れてアメリカのオハイオ州に移った。Taglieri は、イタリアの裁判所に監護裁判を提起し、裁判所は、Monasky による家庭内暴力の主張を否定し、彼女の親権を剥奪した。同時に、Taglieri は、ハーグ条約に基づき子のイタリアへの返還を求めて、オハイオの連邦地区裁判所に申し立て、 地区裁判所は、夫婦がアメリカに戻ることを決めていなかったことなどを理由に、イタリアを子の常居所と認定して、子のイタリアへの返還を命じた。同判決の効力停止を地区裁判所および控訴裁判所が認めなかったため、子は2016年12月にイタリアに返還され、父親の監護下に置かれた。
 第6巡回区控訴裁判所も地区裁判所の判決を是認したため、Monasky は連邦最高裁に上告受理の申立てを行い、連邦最高裁は、常居所の判断基準に関する控訴裁判所の判断が分れていることを指摘して、これを統一するために、上告を受理した。
 ギンズバーグ判事による法廷意見は、子の常居所は、諸事情の総合的考慮によって決定されるべきであり、居住地に関する両親の合意は不要である、と判示して、控訴裁判所判決を是認した。
 第1に、法廷意見は、ハーグ条約が常居所の概念を定義していないことを指摘した上で、条約の注釈や他の加盟国等における解釈を参照して、常居所は諸事情の総合的考慮によって決定されるべきであると判示した。Monasky は、子を家庭内暴力から守るためには、常居所の決定に両親の同意を要求すべきであると主張したが、法廷意見は、家庭内暴力の問題は、子が返還された後の監護権の本案に関する裁判において十分に争われるべきものであること、および、ハーグ条約13条 b が「返還することによって子が心身に害悪を受け、又は他の耐え難い状態に置かれることとなる重大な危険があること」を抗弁として認めていること(地区裁判所は、Taglieri による家庭内暴力の証拠は認められないと認定している)を指摘して、これを斥けた。
 第2に、法廷意見は、常居所の審査基準について、常居所の決定は、事実と法的判断の混合的問題(a mixed question of law and fact)であることから、常居所は、地区裁判所によって判断されるべきであり、その決定を、控訴裁判所は、明白な誤りの基準(a clear-error review standard)によって審査すべきである、と判示している。

7 おわりに

 アメリカ合衆国においては、親による子の連れ去りについて、連邦と各州でこれに対処するための法規定が整備されている。問題は、法律の規定よりも、法執行に当たる関係者の、親による子の連れ去りに対する寛容さ、刑事的対応への消極性にあるようである。この問題は以前から指摘されてきたものである。このような状況を改善するため、実態調査によって明らかになっている被害児童と被害家族の心理的・経済的被害の重大性を強調して、厳格な法執行の必要性が度々指摘されてきたが、関係者の消極的態度はなかなか変わらないようである43。
 司法省少年司法非行防止局の嘱託を受けた3回目の実態調査(NISMART−3)が行われ、2013年の推計が発表されているが、失踪児童の推定数が1999年の64万3300人(児童1000人当たり9.2人)から49万1000人(同6.3人)に減少しているにもかかわらず、親によって連れ去られた児童の数は、1999年の19万2900人(同 2.7人)から23万600人(同3.0人)に増加している44。調査方法が異なるので、単純な比較は困難であるが、様々な努力にもかかわらず、家族による児童の連れ去りに対する対策は、あまり効果を上げていないのかもしれない。
 家族による児童の連れ去りに対するアメリカ合衆国における法的対策は、必ずしも成功してい るとはいえないかもしれないが、拐取罪よりも軽微な犯罪類型として監護侵害罪が設けられてい ること、緊急避難の抗弁において、自力救済の横行を阻止するために厳格な手続的要件を課していること、民事と刑事の連携が図られていることなどは、わが国においても参考になると思われる。

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