5.10 実子誘拐(カナダ検察)
この記事はカナダ検察(PPSC)のホームページに掲載されていた検事総長の指示書「Directive of the Attorney General Issued under Section 10(2) of the Director of Public Prosecutions Act」の翻訳です。
5.10 実子誘拐
カナダ検察庁デスクブック
検察庁長官法第10条2項に基づき発行された検事総長の指示書
2014年3月1日
1.はじめに
実子誘拐は、一方の親が、法的な権限やもう一方の親の許可を得ずに、監護権を合法的に有している親から子どもを連れ去る場合に発生する。子の誘拐には、国際的な側面と国内的な側面の両方を持つ可能性がある。子どもは身体的な危険に晒されていないかもしれないが、晒されていなくとも、彼らの生活は大きく乱される。子どもたちは、誘拐した親によって、生活の安全、安定、継続性を奪われる。刑法第282条および第283条第1項の目的は、このような結果を防ぐことであり、親が子どもの監護権やアクセス問題を法廷で解決し、下された裁判所命令を遵守することを奨励することである。[脚注1]
刑法第282条は、カナダの裁判所が発行した監護権命令が存在する状況における実子誘拐を禁止している。第283条は、親が法律の運用によって子どもの共同監護を継続する場合、書面による合意がある場合、外国の監護権命令が存在する場合、または誘拐する親が有効な監護権命令があることを信じていなかったか知らなかった状況に適用される。R対マクドゥーガル(1990) 62 CCC (3d) 174 at 189のオンタリオ州控訴裁判所は、次のように警告した。
1998年10月、連邦/州/準州の司法担当大臣は、刑法の規定の統一的に適用を支援するため、特にいつ、どのように訴追するかを決定する際に、警察と検察官が使用するためのモデル訴追ガイドラインを採択した。訴追の決定は捜査機関、最終的には検察官に委ねられているため、ガイドラインはあくまで助言にとどまる。この指令は、モデルガイドラインに記載された原則を反映している。
2.方針表明
刑法の規定は、一方の親による一方的な行動が、子供に関するもう一方の親の合法的な養育と制御権に影響を与えることは許されないという明確なメッセージを送っている。このような行為は、関係する子どもたちのウェルビーイングに有害な影響を与える。親が、親権争いに対処するために「自助努力」による救済策を用いることを思い留まらせる必要がある。親が、既存の命令や協定を遵守し、民事上の手続きを通して一方の親との紛争を解決することを奨励する。
実子誘拐の全てのケースで刑事訴追が正当化されるとは限らない。訴追の決定と同様に、有罪になる合理的な見込みを評価することに加えて、検事は訴追が公益に適うかどうかを検討しなければならない。[脚注2]民事執行は、刑事訴追が適切でない場合に刑事対応の代替として使用できる別の手段である。
連邦「家族の命令と取決めの執行支援法」は、監護権命令の執行を促進するために、連邦政府の情報バンクからカナダに居住する両親と子どもの住所を確認する手続きを定めている。
国際的な子の奪取の民事面に関するハーグ条約(ハーグ条約)は、カナダの全ての司法管轄区で採択されており、子どもを他国に誘拐された親を支援できる主な国際条約である。
ハーグ条約の第3条には、次のように記されている。
ハーグ条約の第5条に記されている条文の一部は次の通りである。
加えて、各法域は、刑法第282条および第283条を扱う警察、検事およびその他の者に、その法域におけるハーグ条約中央当局の役割および連絡方法に関する情報を確実に提供するようにすべきである。[脚注3]ハーグ条約に基づき、子どもの返還のための民事手続きが進行中または利用可能な場合がある。民事訴訟と刑事訴訟の関係を理解することにより、国際協力が促進される可能性があるため、検事は、管轄の州/準州の中央当局と相談する必要がある。
3.訴追が正当化される場合
自分の子どもを誘拐した親を訴追することの重要性を考慮し、検事は、手続きを進める前に連邦最高検察官に相談しなければならない。さらに、検事総長の同意は、第283条1項に基づく訴追を開始するための法定前提条件である。
この同意権は、検事総長の合法的な代理人である検察庁長官(DPP)および検察庁副長官[脚注4]が行使することができる。
第282条および第283条に基づく犯罪は、14歳未満の子どもが関与している場合にのみ適用される。
3.1 監護権命令に反する誘拐(刑法第282条)
刑法第282条第1項に基づく訴追は、以下の場合に正当化される可能性がある。
1.14歳未満の子ども童が関与している。
2.カナダで付与された「監護親権」を定める裁判所命令があり、それが遵守されていない。
第282条に基づく犯罪を立証するには、証拠で以下のことを証明せねばならない。
a.誘拐犯とされる者が、
ⅰ.親、後見人(第280条2項に定義)、または子どもの世話をする、あるいは、子どもに関して起訴する合法的な権利を有するその他の者である。
ⅱ.子どもを連れ去り、誘い出し、隠匿し、留置し、所有物化し、または匿っている。
ⅲ.カナダの監護権命令の監護権規定に反している。
ⅳ.裁判所の命令に反して、親、後見人、または子どもについて法的な養育や起訴をする者から子供の占有を奪うことを意図していた。
b.誘拐犯とされる者は、一方の親、後見人、その他の者から子どもの占有を奪うことを意図していたが、彼らは誘拐犯とされる者による子どもの連れ出しに同意しなかった(第284条参照)。
c.誘拐犯とされる者が、監護権命令の存在や条件を知らなかったと考える理由が存在しない。
訴追が正当化されるかどうかを検討する際、検事は以下の点に留意する必要がある。
1.監護権命令の下で異なるタイプの「監護権」を持つことができる。例えば、命令によって、単独監護、共同監護、養育と管理の期間(州法により監護権は、両親共同のまま)または後見を与えることができる。これらは全て「監護権」の一種である。
2.有罪になる合理的な見通しがない場合もある。⒜違反したとされる監護権の条件に関して命令が表面的に明確ではなく、入手可能な証拠が違反の性質を明確にしない場合。 または、⒝子どもの監護権を扱う別個の裁判所が発行した暫定命令または最終命令が競合し、その表面上はどちらも有効である場合。
3.ある州で下された監護権に関する命令を、別の州で刑事訴追する前に登録する必要はない。捜査機関は、依拠した監護権命令が最新の命令であり、まだ有効であるかどうかを確認するよう助言を受けねばならない。捜査機関は、命令の謄本を入手しなければならない。この謄本入手は、申立て人に尋ねるか、命令を発行した登録機関/裁判所の職員に電話するか、その他の方法で行うことができる。
3.2 カナダの監護権命令がない場合の誘拐(刑法第283条)
検事総長または検事総長がその目的のために指示した検事の同意が得られない限り、刑法第283条1項に基づく手続を開始することはできない。検察庁長官法では、検察庁長官および検察庁副長官は合法的な代理人であり、検事総長に代わって同意することができる。[脚注5]同意が得られたという事実は、第283条1項に基づく情報に以下のように追加することができる。「この訴追には、カナダ検察庁長官および司法副長官(または検察庁副長官)の同意が得られています」。第283条1項に基づく訴追は、以下のような場合に正当化される可能性がある。
1.14歳未満の子どもが関与している。
2.以下のシナリオのいずれかが存在する。
a.カナダの監護権命令が存在するが、誘拐犯とされる者は有効な命令があることを知らなかったか、または信じていなかった(第282条2項を参照)。
b.カナダの監護権命令は存在しないが、法令またはコモンローに基づく監護権が存在する(例えば、州家族法の法令では、裁判所が別段の命令を下さない限り、両親が子どもの共同監護権を持っていることを示す場合もある)。
c.カナダの監護権命令は存在しないが、別居同意書または外国命令に基づく監護権が侵害されている。アクセス権を有する親の権利がそれほど広範囲でない場合は、民事上の救済手段に頼る必要がある。
d.法域からの子どもの連れ去りを許可する規定の有無に拘らず、アクセス権を有する親に子どもに対する相当な程度の養育と管理を提供する合意に基づく権利またはアクセスに対して、永続的または無期限の拒否があった。アクセス権を有する親の権利がそれほど広範囲でない場合は、民事上の救済手段に頼る必要がある。
e.アクセス権を有する親には、子どもに対する相当な程度の養育と管理を行うことができる者もいるが、裁判所の命令により、アクセス権が恒久的または無期限に拒否されていた。アクセス権を有する親の権利がそれほど広範囲でない場合、法域に存在する民事上の救済手段に頼る必要がある。
第283条に基づく犯罪を立証するには、証拠で以下のことを証明せねばならない。
1.誘拐犯とされる者は、
a.親、後見人(第280条2項に定義)、または子どもの養育や子どもに関する起訴を行う合法的な権利を有するその他の者である。
b.子供を連れ去り、誘い出し、隠匿し、留置し、所有物化し、または匿っている。
c.親、後見人、または子どもの合法的な養育または管理を行う者から、子どもの占有を奪うことを意図していた。
d.誘拐犯とされる者が、親、後見人、その他の者から子どもの占有を奪おうとしたが、彼らは誘拐犯とされる者による子の連れ出しに同意しなかった(下記第284条参照)。
4.公共の利益
第282条1項または第283条1項に基づく犯罪者とされる者の訴追査定において、訴追が最も公共の利益に資するかどうかを決定する際に考慮すべき要素は、カナダ検察庁デスクブック・ガイドライン「2.3 訴追の決定」に記載されているが、この種の訴追に特有の以下の要素も含まれる。
4.1 訴追に有利な要因または状況
1.ある程度永続性のある状況から、決められた(書面またはその他の)取決めや継続的な取決めに反して、子どもが連れ去られた。
2.監護権手続きが開始された、または予想されており、誘拐犯とされる者が、子どもを連れ去ることで、その手続きを頓挫させようとしている。これには、裁判所が、決定が出るまでは子どもを法域から連れ出してはならないと述べている状況が含まれるが、これに限定されるものではない。
3.一方の親が外国で監護権命令を受け、誘拐犯とされる者がその命令に違反していると信じるに足る合理的な根拠が存在する。
4.既存の監護権に反して、誘拐犯とされる者が子どもを連れ去り、子どもの保護を確保するために刑事訴追が必要である。
5.誘拐犯とされる者が、密かに子どもを連れ去り、子どもとともに姿を消している。
6.法域から子どもを連れ去る能力を制限する命令または取決めの規定がありながら、誘拐犯とされる親が子どもを連れ去っている。
7.誘拐犯とされる者が子どもを連れ去り、そうすることによって、もう一方の親の権利を永久的または無期限に侵害している。その侵害された権利には、その性質上、子どもに対する相当な程度の養育と管理が含まれる。
8.権利を侵害した当事者が過去に第282条1項または第283条1項に違反したことがある。
9.権利を侵害した当事者が子どもの世話をする能力がないと信じる合理的な理由が存在する(例えば、薬物乱用や心神耗弱によるもの)。
4.2 訴追に不利となる要因または状況
1.より負担の少ない民事上の救済措置が利用可能であり、その状況では当該措置の方がより適切であると思われる。
2.権利を侵害した親が、単にアクセス訪問から子どもを返すのが遅れているだけである。
3.技術的には可能だが、当事者の一方が他方との別居中に子どもと一緒に家を出た場合でも、当事者が裁判所を通じて、あるいは合意によって監護権問題を解決しようとしているようであれば、起訴されることはないだろう。
5.抗弁
1.誘拐犯とされる者が、子どもの連れ去りが、親、後見人、または子どもの合法的な所有、養育または管理を行う他の者の同意を得て行われたことを立証する場合、それは抗弁となる(第284条)。しかし、誘拐犯とされる者の同意だけでは、この抗弁には不十分である。
2.以下の場合は抗弁となる。
a.子どもを差し迫った危害の危険から守るために連れ去った。
b.誘拐犯とされた者が、差し迫った危険から逃れ、子どもも連れて出た。例えば、子どもを虐待から保護することは、親が配偶者の暴行の状況から逃れ、同時に子どもを連れ去るのと同様に防御になる(第285条).
3.青少年が被告人の連れ去り行為に同意し、または示唆しても、第282条および第283条に基づくいかなる罪の抗弁にもならない(第286条)。
脚注
刑法第282条および第283条に基づく実子誘拐の訴追は、カナダ検察庁の北部事務所のみが取り扱っている。
カナダ検察庁デスクブック・ガイドライン「2.3 訴追の決定」参照。
連邦政府の中央当局、および州・準州の中央当局の現在の連絡先は、ハーグ国際私法会議のホームページで確認することができます。
カナダ検察庁デスクブック・ガイドライン「3.5 委任された意思決定」の附属書Bを参照・同意に関するこれらの決定は検察庁長官または検察庁副長官が行うことができると明記している。
同上
(了)