見出し画像

第3章 フランス

この記事は、外務省HPの「ハーグ条約関連資料」-「3 子の連れ去りに関する法制度について」-「子の連れ去りに関する各国法令の調査報告書」の「第3章 フランス 上智大学准教授 佐藤結美」を転記したものです。

1.はじめに

 日本の未成年者略取誘拐罪(刑法224条)に類似する犯罪として、フランス刑法には尊属による未成年者奪取の罪(227-7条)と、尊属以外による未成年者奪取の罪(227-8条)がある。1992年の刑法改正前までは、欺罔行為又は暴力を用いるか否かという行為態様によっ て未成年者の奪取に関する犯罪規定(旧刑法354条以下)が区別されていた。それに対して、 犯罪の主体が尊属か否かによって区別されるようになった現行刑法 227-7・8条の罪は、「親権行使に対する侵害(atteintes à l'exercice de l'autorité parentale)」として位置づけられ、未成年者の奪取の罪の成否が民法上の親権を行使する権限の有無によって左右される、すなわち民法に従属的であるという特徴が見られる。
 また、奪取の罪と同じく「親権行使に対する侵害」として位置づけられる犯罪として、未成年者の引き渡しを要求する権利を有する者に対して、不法に引き渡しを拒否する罪(227-5条)も存在する。奪取の罪が作為犯であるのに対して、不引き渡しの罪は不作為犯であるが、いずれも親権に対する侵害という性質を有する。
 227-5条の罪に該当する行為としては、一方の親が子を正当に預かった後にもう一方の親に子を返さない場合や、子に対する訪問権・宿泊権を有する一方の親に子を会わせない場合が想定され、227-7条では、親や祖父母がもう一方の親から子を離脱させる場合が想定されている。このことから、家族間において未成年の子を奪い合う行為は、この2つの犯罪規定によってカヴァーされているといえる。
 そこで、本稿では、フランス刑法における未成年者奪取の罪と未成年者引き渡し拒否の罪の成立要件と事例について紹介し、検討する。

2.フランス刑法における未成年者の奪取の罪(227-7・8条)

⑴ 条文¹

 未成年者の奪取に関する現行刑法の規定は、次の通りである。

227-7条 全ての尊属が、親権者又は子を受託した者若しくは同居する者から、その未成年の子を奪取する(soustraire)行為は、1 年の拘禁刑及び 15000ユーロの罰金で罰する。
227-8条  227-7条に列挙する者以外の者が、欺罔又は暴力を用いることなく、親権者又は子を受託した者若しくは同居する者から、その、未成年の子を奪取する行為は、5年の拘禁刑及び75000ユーロの罰金で罰する。
227-9条 227-9条及び227-7条に定める行為は、次に掲げる場合、3年の懲役及び45000ユーロの罰金で罰する。
  未成年者の引き渡しを主張できる者が所在を知らない状態で、5日を超えて、未成年の子を拘束するとき。
  正当な理由がないのに、共和国の領土外において未成年の子を拘束するとき。
227-10条 227-5条及び227-7条に定める行為について有罪とされた者が親権を剥奪された者であるときは、3年の懲役及び45000 ユーロの罰金で罰する。

⑵ 奪取罪の法的性質

 現行刑法では、227-5条から227-11条までが「親権行使に対する侵害」として位置づけられているが、現行刑法の原型となった法案(Projet de loi n° 214(1988-1989))では、未成年者の奪取や不引き渡し等の罪の章名は「未成年者の監護に対する侵害(atteintes à la garde des mineurs)」であった。しかし、上院(Sénat)の 1991年5月22日の議論²において、離婚後の親権を両親で共同して行使すべきとする原則が導入された1987年7月22日の法律(Loi n° 87-570 du 22 juillet 1987 sur l'exercice de l'autorité parentale)と平仄を合わせるために、当該章名を「親権行使に対する侵害」に変更すべきことが提案され、現行刑法に至っている。
 フランス民法388条1項において、未成年者は「18歳に達していないいずれかの性別の個人である」と定義され、刑法上もこの定義に従うと解されている³が、これも親権行使に対する罪という227-7・8条の性質と連動するものと思われる。さらに、本罪が親権行使に対する罪であるという性質から、未成年者が奪取に同意しているか否かは犯罪の成否を左右しない⁴との帰結も導かれる。本罪の被害者は未成年者ではなく親権を行使する権限をもつ者であり、未成年者は間接的な被害者にすぎないのである⁵。

⑶ 主体

 227-7条の罪が成立するには、行為者が尊属であることが前提となるが、行為者と未成年者との間の親子関係が裁判によって先に判断されることは、本罪の成立要件ではない。親子関係の有無を独占的に判断できるのは地方裁判所(tribunal judiciaire)である⁶ものの、実際には刑事裁判所は独立した判断を行っており、破毀院は、親子関係は先決問題(question préjudicielle)ではないと述べている⁷。このことは、行為者が尊属であることと、行為者と未成年者との間に真正な親子関係のあることは別問題であるという趣旨であると考えられる。尊属による奪取の罪は親権行使に対する罪であり、祖父母が本罪の主体として処罰された事例がある⁸。しかし、非親権者である祖父母のみならず、親権者であっても子の奪取罪で処罰されるケースとして、以下のものがある。
<Cass. crim., 26 mai 2004, n° 03-84.778>
【事案】被告人は、2000年6月24日に、夫と子と同居していた自宅から子を連れ出し、新しい住所を夫に知らせず、約6週間子を自己のもとに留め置いていたことから、刑法227-9条の加重された奪取の罪に問われた。被告人と夫は、親権を共同で行使しており、2000年8月9日の命令によってのみ夫と別居することが認められていた。原審のルーアン控訴院は、被告人が親権行使権限を有していたという事実は、夫も同時に親権の行使者である以上、夫から子を奪取することを正当化しないと判断した。
【判旨】上告棄却。「刑法227-9条1項で想定される加重の状況を考慮に入れるために、裁判所は、子は約6週間にわたって父親に居所を知らされずに奪取されたと宣告する」。 破毀院は、被告人自身が親権行使権限をもつことと奪取罪の成否の関係について言及していないが、加重された奪取罪の成立を肯定している以上、共同親権者である夫の親権侵害を理由に子の奪取罪の成立を基礎づけているものと思われる⁹。

⑷ 奪取行為

 227-7条・8条に共通する奪取行為は、物理的に未成年者を親権者から遠ざける行為であり、場所的移動が必要である¹⁰。
➀暴力を用いる奪取:拐取罪との関係
 227-7条の法文上、欺罔行為又は暴力は要求されておらず¹¹、未成年者を連れ出す際に説得する場合も、強制を用いる場合も奪取罪が成立し得る¹²。そこで、尊属が暴力を用いて未成年者を奪取した場合の罪名決定(qualification)が問題となっている。奪取の罪のみを成立させる事例¹³があるが、身体の完全性や子の自由が侵害されている場合には、奪取よりも法定刑の重い224-1条の略取または監禁の罪¹⁴が成立するとする分析¹⁵も存在する。これに対して、親権と未成年者の移動の自由の両方が侵害されたとして、224-1条の罪と、227-7条の罪の観念的競合(cumul idéal)となるとする見解も主張されている¹⁶。
 親権保護規定とは別個に自由・安全を保護する罪を問題にする議論は、英米法圏・ドイツ語圏にも見られるものである¹⁷。これに対して、奪取罪のみで処理する判例はフランス独自のものといえよう。
②未成年者自ら移動する場合
 未成年者自身が移動する場合にも、奪取の罪が成立し得るか否かが問題となるところ、旧356条については判例上、奪取該当性が認められていた。 1) 旧法下の判例
 ⒜ 奪取該当性が肯定された例
<Cass.Crim.,12 mai 1959: Bull.crim,n◦257>
【事案】被告人は、17歳の女性が家族と一緒に過ごしている別荘で知り合って恋仲となった。女性は家から逃走して被告人と合流し、2人は付近のホテルに赴いた。
 原審のグアドループ控訴院は、女性が「両親の監督下から奪取された(soustraite à l’ autorité de ses parents)¹⁸」ことから、旧刑法356条の罪(欺罔又は暴力によらない未成年者の略取の罪)が成立すると判断された。被告人は、未成年者自身が被告人と共に逃走することを決断したことから、原判決の破毀を申し立てた。
【判旨】上告棄却。「事実審理の段階で、未成年者が『両親の監督下から奪取された(soustraite à l’autorité de ses parents)』ということを表明した控訴院は、正当に、刑法356条によって処罰される未成年者の略取(enlèvement de mineure)により有罪であると宣告した」。
「たとえ未成年者が同意していたとしても、未成年者が被告人と合流するために自己の意思で、彼女が元来住んでいた場所を離れたという事情を考慮する余地はなく、356条の略取の罪が成立するには、第三者によって一定の期間、未成年者が承知の上で自発的に(sciemment et volontairement)誘惑され(entraînée)、移動させられ(déplacée)れば足りる」。
 破毀院1959年判決では、未成年者が第三者によって移動させられたということから、欺罔行為又は暴力によらない旧刑法356条の略取の罪が成立すると判断された。
 ⒝ 奪取該当性の説明不足を理由に破毀した例
<Cass.Crim.,23 déc.1968: Bull.crim.,n°353>
【事案】被告人は、両親と共に治療に来ていた17歳の女性を呼び出して性的関係を持った後、女性が両親の家に戻ったところ、原審のポワティエ控訴院は、旧刑法356条の罪が成立すると判断した。被告人は、女性が自ら、両親と共に被告人のもとに赴き、その後両親の家に帰 っている以上、未成年者は家族の監督下から奪取された(soustraite à l’autorité de sa famille)とはいえないと主張して、破毀院に上告した。
【判旨】破毀差戻し。「『被告人が、若い女性と性的関係を持つために状況を利用するという確固たる意図を有していた』という事情も、『女性の両親と女性の信頼を悪用し、個人的な目的のために医学的治療が必要な状況を利用しつつ、女性を両親の家から離して2時間留め置いた』という事実も、旧刑法356条の犯罪を特徴づけることはできない」。
2) 分析
 1959年判決と1968年判決は、いずれも未成年者の略取の有無が問題となった事例であるが、合意の上で駆け落ちが行われた前者のケースが処罰される一方で、未成年者との間でわいせつ行為が行われた後者のケースが処罰されないという結論は、均衡を失しているようにも思われる。しかし、結論を分けたのは、判決文に記載されている「家族(両親)の監督下からの奪取」が肯定されるか否かである。後者のケースでは、未成年者が家族とともに被告人のもとに赴いたことから、未成年者の場所的移動は親権者の意思に反するものではないと解されたのであろう。
3) 現行法の解釈
 現行法下においては、未成年者自身が移動した事案について、奪取罪の成立を否定する判例¹⁹が存在するものの、行為者が移動を主導したものではない。現行法の注釈書においては、未成年者の移動につき、行為者が主導していたか否かで判断が分かれるとの分析が示されている²⁰。未成年者を行為者自身のもとに移動させたと評価できる限りで奪取罪を広く認める旧法の判例は、現行法下でも妥当しているように思われる。

3.フランス刑法における未成年者の不引き渡しの罪²¹(227-5条)

⑴ 条文

未成年者の不引き渡し罪に関する現行法の規定は、次の通りである²²。

227-5条 未成年の子の引き渡しを請求する権利を有する者に対し、正当な理由がない のに、引き渡しを拒む行為は、1年の拘禁刑及び15000ユーロの罰金で罰する。

 旧刑法における未成年の子の不引き渡しを処罰する規定は、次の通りである²³。
「345条4項 子供を委託されている者が、その引き渡しを要求する権利ある者に引き渡さないときは、5年以上10年以下の有期懲役(réclusion criminelle)に処する。
 357条  中間判決若しくは終局判決又は裁判所が認可した約定(convention judiciairement homologuée)により、親権が父若しくは母によって単独で若しくは両親によって行使されること、又は未成年者が第三者の監護にゆだねられることが決定した場合において、父、母若しくはその他の者が、未成年者の引き渡しを要求する権利を有する者にこれを引き渡さなか ったとき、又は欺罔若しくは暴力行為を用いることなく、親権を有する者、監護をゆだねられた者、未成年者が日常的に居所を有する者の住居、若しくは未成年者が置かれている場所から未成年者を略取し若しくは誘拐し、又は略取させ若しくは誘拐させたときは、1月以上1年以下の拘禁及び500フラン以上30000フラン以下の罰金に処する。」
 現行刑法の原型となった法案(Projet de loi n° 214(1988-1989))では、未成年者の不引き渡しの罪は「未成年の子の引き渡しを要求する権利のある者に対して不当に引き渡しを拒否する行為は、1年の拘禁刑及び100000フランの罰金に処する」(227-3条)と規定されており、 現行法227-5条と同様の法文となっている。
 1991年4月18日の法律委員会(Commission des lois)における上院議員 Charles Jolibois の報告(Rapport n° 295 (1990-1991))²⁴によると、旧刑法345条4項の罪は、乳母や林間学校の責任者といった両親以外の者が子の引き渡しを拒否する場合に成立するものであり、法案227-3条は旧刑法345条4項を引き継いでいるとされる。しかし、旧357条も未成年者の不引き渡し行為を処罰していることから、旧 345条4項とともに旧357条も現行刑法227-5条に引き継がれているといえるだろう。
 主体が尊属か否かで分けて規定する227-7・8条とは異なり、227-5条は、条文上、尊属以外の他人を主体から排除していない。しかし、実際には、227-5条は家族間で未成年の子の引き渡しを巡って争いが発生した場合に主に用いられており、子を監護する者が親に会わせない場合にも本罪が成立し得る²⁵。

⑵ 子の引き渡し義務と犯罪の成否

 旧刑法357条では、不引き渡しの罪が成立するには、不引き渡し行為に先立って、裁判所が親権の帰属について判断を行っていることが条件とされていた。
 現行刑法では、司法判断は犯罪成立要件とはされていないものの、227-5条の罪は子の引き渡し義務のある者が義務に違反して引き渡しを拒否するという性質を有している。実際には、司法判断は、夫婦の離婚(divorce)、離別(séparation)、婚姻の取消し(annulation du mariage) の際に、訪問権(droit de visite)や宿泊させる権利(droit d'hébergement)について行われ²⁶、 司法判断の違反があった場合に、不引き渡しが問題になるのが一般的であることに変わりはない²⁷。法改正により、犯罪成立の前提となる子の引き渡し義務は、➀司法判断から導かれる場合と、②司法判断以外から導かれる場合の2通りに分けられている。
➀司法判断から導かれる引き渡し義務
 子の引き渡しを命令する司法判断が引き渡し義務の根拠たり得るには、当該決定が執行力のあるもの(exécutoire)でなければならない²⁸。具体的には、家事裁判官(juge aux affaires familiales.以下、JAFとする)の命令には執行力が肯定される一方、外国裁判所による子の引き渡し命令は、EU 構成国(デンマークを除く)が下したものはフランスでも自動的に、それ以外の外国が下したものはフランスで執行宣言(exéquatur)を得て初めて、執行力が付与される²⁹。
②司法判断以外から導かれる引き渡し義務
 子の引き渡し義務に関する特段の司法判断が存在しなくとも、法律の規定や裁判所によって認可された約定(convention homologuée)³⁰から引き渡し義務が導かれることがある³¹。民法によって正当に親権を行使する権限をもつ両親は、子が第三者の手に委ねられている場合、 子の引き渡しを要求することができる。同様に、刑法227-5条は、親権を行使しない一方の親による引き渡しの拒否の場合、または、子を一方の親に引き渡すべきとする法律の規定により親権行使ができなくなった者による引き渡しの拒否の場合に適用される³²。

⑶ 不引き渡し行為の意義

 227-5条の罪は、作為犯である奪取の罪と異なり、子を引き渡さないという行為によって構成される不作為犯(infraction d'omission)である。具体的には、子に対する訪問権、または宿泊させる権利を有する者に対して子を引き渡さない行為や、子が居住する親の家に子を戻さない行為がこれに該当する³³。例えば、父親に訪問権を行使させないために、母親が父親に電話をかけて娘が病気であるとの偽りを信じ込ませる行為は不引き渡しに該当する³⁴。ただし、行為者が、面会の単なる回避を超えて積極的に連れ去った場合は、たとえ暴力的な手段ではなかったとしても、227-7条の罪が問題となる³⁵。
 訪問権を有するとしても訪問条件が満たされていない場合、引渡しを拒絶しても本罪は成立しないとの判断を示すのが次の判例である。
<Cass. crim., 3 oct. 2012, n° 12-80.569 : JurisData n° 2012-023336 ; Bull. crim. 2012, n° 212 ; Dr. pén. 2012, comm. 158>
【事案】被告人Xは、2010年8月7日から9月13日までの間と、2010年9月19日から2011年1月24日までの間に、2人の子の訪問権を有する父親Yに対して子を引き渡さなかったとして、原審のポワティエ控訴院は、有罪を言い渡した。
 2010年3月30日の勧解不調命令(ordonnance de non-conciliation)により、JAFが2人の子の住居を母親の家に定め、父親が選んだ信頼に値する第三者の恒常的な立ち合いの下で、前も って、選ばれた第三者の名前を母親に知らせる義務を有することを条件に、父親に子の訪問権を与えた。2010年12月16日のJAFの判決も、同様の条件により、父親に子の訪問権を与えた。
 Xは、Yによって、上記の期間に父親に対して子を引き渡さなかったとして、軽罪裁判所に召喚された。被告人を有罪とする判決に対する控訴があり、Xは控訴院において、Yが前もって、訪問権行使の際に立ち会う第三者の名前を知らせなかったということを特に強調する主張を行った。
【判旨】破毀差戻し。「(控訴院は)Xが、引き渡しを要求する父親に対して2人の子を引き渡さなかったとして有罪を言い渡したが・・・そのように判断するにあたって、YがXに前もって・・・第三者の名前を知らせたのか否かを検討していないので、控訴院の判断は妥当ではない」。
 この事例では、父親Yの訪問権は、Xに対して前述の第三者の氏名という情報を提供するという条件下でのみ保護される以上、Xが当該情報を知らされていないのであれば Yの訪問権を侵害したとはいえないと解釈された。

⑷ 正当化事由

 227-5条の罪は、引き渡しの拒絶が不当に行われることで成立するので、行為者が裁判の場で「正当な理由」の存在を主張することが多い³⁶。「正当な理由」の根拠として主張され得るのは、➀緊急避難(État de nécessité)、②子の抵抗、③子の健康状態の3つに大別されるが、判例は正当化を認めるにあたり、総じて厳格な態度を採っている。
➀緊急避難³⁷
 フランス刑法122-7条は、緊急避難が肯定されて不処罰となる場合について「自己、他人又は財産を脅かす現在又は急迫の危難(un danger actuel ou imminent)に直面して、その人又は財産の保護に必要な行動を行う者は、刑事責任を負わない。ただし、用いられた手段と脅威の重大性との間に不均衡のある場合はこの限りではない」³⁸と規定していることから、子の不引き渡しの罪についても子を危難から保護するために引き渡しを拒否したとして緊急避難が肯定されるか否かが問題となる。
 122-7条の基礎から導かれる解釈方法に従うと、危険が現在し、または切迫しており、かつ一定程度の重大性がある場合に限り、緊急避難が肯定される³⁹。不引き渡しの罪の文脈では、子に降りかかる危険が現実的な場合で、かつ、その証明が行われている場合にのみ、子の不引き渡しが正当化される⁴⁰。単なる危惧⁴¹、または子に対して父親が悪い影響を与える可能性 は、子の不引き渡しを正当化するのに不十分である⁴²とされる。
 一方、次の判例で述べられるように、子を危険にさらす親に対する引き渡し拒否の正当化を認める余地はある。
<Cass. crim., 2 sept. 2004 : Dr. pén. 2004, comm. 172>
【事案】被告人は子の母親であり、父親が子に性的虐待をしている疑いがあり、これを回避したいと考えたことから、父親に対する子の引き渡しを拒否したとして、ドゥエ控訴院は被告人に有罪を宣告した。
 次の判旨でも述べられているように、控訴院は、被告人の夫が子に性的虐待をしていたことが証明できないことと、虐待の疑いを考慮した上で夫に訪問権を認めたJAFの決定の不遵守があったことから、子を父親に引き渡さないことにつき、緊急避難による正当化を認めることはできないと判断した。
【判旨】「被告人は、そうする権利があったところ、JAFの決定に関する暫定的な執行の停止を要求せず、刑事訴追の前に、調停の責任を有する機関の召集に従うことを拒否した。未成年者に対する現在の又は切迫した危険が存在せず、JAFによって決定された条件のもとでの訪問権の全ての行使に対する被告人の徹底した反対が不相当であること、夫にかけられた単なる疑いの状況など、裁判官の決定を通して考慮に入れると、被告人は刑法122-7条の規定を援用することはできない。」
 判決文からは明らかではないが、破毀院は、父親の訪問条件が祖父母の居所であることから、子には緊急避難の前提となる「現在又は急迫の危難」が存在しないという論理を採っているものと思われる。
 このように、判例は緊急避難による正当化の是非を判断するにあたり、JAFの判断を尊重しており、前述の2004年破毀院判決は、子を脅かし得る危険からの保護と、家族関係の維持に対する権利と無罪推定という対立利益のバランスを取っているものとされている⁴³。
②子の抵抗
 子が一方の親に引き渡されることに抵抗している場合に、不引き渡しが正当化されるケー スはまれである⁴⁴。判例は、例外的な事情がない限り、子の抵抗を、正当化事由とも法律上の免責事由とも、ましてや刑の免除または減軽の法的事由とも構成しない⁴⁵。不引き渡し罪は 「親権行使に対する罪」として位置づけられており、子の両親は他方の親に対して、子の監護権または宿泊権、訪問させる権利を行使するのを認め、かつ、容易にする義務があることから、子の抵抗は原則的に問題にならない⁴⁶からである。しかし、子が引き渡しに対して暴れて抵抗している場合にも引き渡し義務が要求されるのか、それとも抵抗する子を説得する限度で引き渡し義務の履行があったものとされるのかは、解決困難な問題である。
③子の健康状態
 不引き渡しの罪は、子の病気や重大な精神的混乱を考慮して構成されていないものの、それまで同居していた母親と引き離されることが3歳半の子にとって有害であり、JAFによって居所として定められた父親の家に行くことがとても不安であるという事実を認める精神医学の専門家による詳細な診断書に基づき、母親による不引き渡しにつき緊急避難を認めた事例がある⁴⁷。
 一方、夫と離婚後に子と同居することとなった母親が、民事判決によって子に対する訪問権を与えられた父親に会わせなかった行為につき、母親の家を離れることによって子の健康が脅かされるとの医師の診断書を提出したものの、不引き渡しの正当化が肯定されなかった事例もある。診断書の内容は、事件の前から子が消化不良を患っており、母親の家に留まることが必要であるというものであったが、診断書には当初1名の医師の署名しかなされておらず、被告人によって別の医師の署名が行われたことが事実審によって認定されている。破毀院は、診断書の存在は引き渡しを拒否するための偽りの口実であり、被告人もそのことを知っていたとして、正当化事由を否定した原判決を正当であると判断した⁴⁸。

4.おわりに

 本稿では、フランス刑法における未成年者の奪い合いに関する処罰規定の意義について検討した。フランス刑法では、不引き渡し罪と異なり、奪取罪においては正当化事由に関する議論がなされておらず、未成年者奪取罪については条文上、「奪取」には欺罔行為又は暴力によら ない場合も含まれている。2⑶で紹介した破毀院 2004年5月26日判決において、母親が暴力的な手段を用いることなく同居家庭から子供を連れ出して留置した事案でも、奪取罪の成立が肯定されている点が注目される。一方、不引き渡し罪についてみると、親子間の面会交流権を刑罰によって担保するという発想は日本の刑法にはないようである。フランス民法には「訪問及び宿泊の権利の行使は、重大な理由による場合を除いて、他方の親に対して拒否され得ない。」(373-2-1条2項)との明文の規定が存在することに鑑みると、不引き渡し行為を処罰するか否かは、親子間の面会交流権に関する問題意識が反映されるといえるだろう。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?