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ユークローミアの堕天使

 帝都、夜。霧。
 底冷えし、街娼や酔漢の姿すら疎らな中、灰色の外套を纏った一団が粛々と大路を行進する。
 拝灰教団。帝国内部に巣食うもう一つの帝国と囁かれる大宗教。
 野放図に広がった道路網を奥へ、奥へ。一団はやがて廃区画へと到達した。先帝時代、流行り病の折に放棄されて久しく、今は野良犬すら寄り付かない。
 そこに、天使がいた。
 先頭の男が、頭巾をずらして痛ましい物を見る顔をした。年端もいかぬ少女が接触・感染したのだろう。少女の見開かれ涙を零す眼は呪われし赫色を呈していた。
 原色級の厄災の出現。
 拝灰教徒たちは躊躇わず、そして素捷かった。腰に佩く黒曜石の剣を抜き放つと一斉に天使に突き立てる。
 鮮血が零れた。だがそれは尋常の濃灰色ではなく、天使の瞳と同じ色、鮮烈な、赫色を呈していた。
 呪いが溢れた。

 廃区画は軍により封鎖され、天使の行方は杳として知れない。地面には布を被せられた複数の死体。
 遠巻きに市民達は囁き合う。
「見なよ、あの瓦を、木の葉を、血を」「色相だ」「百年振りの禍いだ」「赫、というらしい」

 百年振りの色相災害は、帝国首脳部に一つの決断を下させた。
 一世紀前に固く封印された地下牢から、目隠しをされて連行されたのは、痩せ曝えた少年である。
 大臣の前で聖灰を頭に塗された少年は、目隠しを取り去られた。他の廷臣達から畏れと嫌悪の響きが上がる。
 少年の眼は、蒼色をしていた。
 かつて帝都の空を汚染した、忌まわしき色相。
「蒼の堕天使、キュアノスよ。汝の罪を一等減じ命ず。赫の堕天使を灰滅させよ」
「──灰命致しました」

 災害現場から遠く離れた帝都のスラム街。晩鐘が陰鬱に鳴り響く中、赤子を抱いた女は周囲を警戒しながら家に入ろうとし、暗がりに光る赫い瞳に悲鳴すら上げれず凍りついた。
 だがやがて己を取り戻すと、意を決して話しかける。
「あんた、同じなんだね。私の子と」
 灰色の布に包まれた赤子の瞳は、黄玉色に輝いていた。

【続く】


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