見出し画像

〈連載〉リレー小説#1はじまり

 昨年11月から、ペン先クラブでは「リレー小説」を始めました。現在進行形で創作中ですが、随時載せていきたいと思います(※作者名はペンネーム)。ていうかペン先クラブって何?という方は、前回のnoteを見てくださいね!

〈そもそもリレー小説とは〉

 その名の通り、「小説」をバトンに次の書き手へと渡していき、一つの物語を作ります。最初と最後で全く雰囲気が違ったり、予想もできない展開になったりするところが面白い!サークルで創作する醍醐味です。
やり方は色々ありますが、今回は各順番と締め切りのみ最初に決めておき、設定や展開は自由にしました(もちろん主人公の名前など基本的なところは前の人から引き継ぎますが)。

〈今回の作品は〉
 なんと、最初から三つの物語が同時進行するという予想外の展開で始まりました。編集(私)もびっくりです。それでは、不穏な雰囲気漂う第一話をどうぞ!第一走者(作者)は街宮供詩さんです。

〈リレー小説〉1話目 作:街宮供詩

 「羅生門」の主人公の名前は何であったか。
 佐脇晃の腹部をサバイバルナイフで突き刺したときに、そんな疑問が湧きあがった。
 緋色であるはずの血液は暗闇に紛れてひたすらに黒く、佐脇の苦悶の表情さえ判然としない。いや、盟友であったはずの私に刺されたという驚愕だろうか。だが、どのような表情であろうが、行く末は決まっている。止め処なく溢れる血液に手を伸ばして、及ばず、膝から崩れ、そのままうつ伏せに倒れる。アスファルトの上に黒が広がっていく。このまま放っておくだけで死ぬ。余りにも呆気ないものであった。
 周りを見渡した。街灯はなく、灯りは叢雲の間から覗く半月のみ。両側の林、大谷石の垣根に挟まれた道は世界から忘れられているのではと錯覚するほどに暗く、淋しい。この時間帯に人通りが皆無に等しいこと、ドライブレコーダーを含めた監視装置が周りに無いことは確認済みである。
 こんな形でお別れとはな。
 血溜まりに臥せる佐脇を見遣り、不思議な感慨が一瞬だけ浮かび上がる。だが、それは水泡の如くすぐに消えた。
 踵を返して歩みを早める。人を殺したことに関する特別な感情はまだ湧きあがってこない。あるのは、一仕事を終えたときのような充足感と疲労感、あと建築士としての仕事が片付いていないことに対する不安である。だから、家に帰ってすぐに仕事に戻りたいと思った。いずれ、警察が私と佐脇との関連に気付いて尋問に来るだろう。それに対する不安は不思議なくらい無かった。コミュニケーションに長けた私なら大丈夫だと確信していた。
 マンションに着く少し前に雨が降り始めた。パーカーのフードを被り、急いだ。雨が降ることは知っていた。雨は全てを洗い流す。私の痕跡をも。そう、自然に任せておけばいい。自然に振る舞えばいい。きっと自然が味方してくれるはず。
 雨雲の狭間に相変わらず見える半月をマンションの玄関口で見上げて、羅生門を去って盗人となった男の名前は明かされることは無かったことに気付いた時刻は午後九時二十八分。

 想いを寄せている彼と作業するのはあまり気分の良いものでは無かった。
「水無川、そこのマスキングテープを取って」
 反応が遅れた。
「あ…うん」
 わたしは少し手を伸ばしてテープを取り、彼、野木渉に手渡した。
「ありがと」
 つまり、どきどきしていた。
 わたし、水無川玲奈が所属する一年E組では「名曲喫茶」なる店を文化祭で開くことにした。楽器を弾けるクラスメイトが音楽を奏で、お客さんにコーヒーやお茶と共に鑑賞してもらう。シンプルで確実な企画だ。だが、選曲やメニュー決定に手こずり、ようやくまとまったのは、文化祭の前日。装飾のことはクラス全員の頭から抜けていた。急ピッチで作業が進められたが、終わらず、夜になってもクラスの半数が残っているという奇妙な事象が発生した。
 わたしは絵が得意だったので馬車馬のように働かされた。そして、いつの間にか野木くんと一緒に作業していた。普段のわたしなら絶対に避ける状況なのに。わたしはただ、黙々と筆を走らせて、優雅に紅茶を嗜む少女を描く。少女の眼はいつも以上に虚ろに見えた。
「水無川、こっちは大体終わった。進捗はどう」
「うん。わたしももうすぐ」
 ほのかな沈黙が漂う。
「絵、上手いな」
 心臓の鼓動が聞こえた気がした。
「野木くんだって、こんな丁寧に…」
「そんな大したことはないよ。ただ、やっていて楽しいから」
 野木くんはやさしい。こんなに暗くて、消極的なわたしに対しても。そのたびに泣いてしまいそうになる。
「じゃあ、あとひと頑張りだね」
「うん」
 なにかを誤魔化すために、わたしは筆を走らせる。
 しばらくの後、作業はほぼ完了し、明日の本番への準備は万端となった。夜であることも鑑みて、なるべく集団で下校するようにと先生からのお達しがあり、皆で昇降口へ向かった。
「あ、雨」
 知らない内に降り始めた雨に気が付き、淡い期待をしている自分に恥ずかしくなって、そのまま雨空を仰いだ時刻は午後九時二十八分。

 「へえ、まだ開いているんだ」
 僕は思わず、そんな意味の無い言葉を放った。
「金土日と祝日は二十三時まで開いているそうですよ」
「なるほど。デート客狙いですね。うまい戦略です」
「まあ、むくつけきサラリーマン二人が来る場所ではないかもしれませんがね」
 夜の遊園地。響きは良い。だが、四十近くの男二人が来る場所なのかと尋ねられると沈黙せざるを得ない。
「では観覧車に乗りましょう」
「…そうですね」
 今回の来訪の目的から考えると確かにふさわしい提案だ。しかし、場違いである感覚は相変わらず否めない。
 決して安くはない入場料を払って、門をくぐる。幼少の頃の記憶が想起されることは意想外な程に無かった。酷く人工的な光で着飾られた諸々の乗り物、メリーゴーランド、コーヒーカップ、ジェットコースター、回転ブランコ、そして観覧車、は厭に存在を主張し、まるで何か大切なものを忘れてしまったかのような様子。
「これが、いわゆる『幻想的な景色』なんですかね。幻想はもっと、例えば存在それ自身を呑む渦のような、力のあるものという印象を抱いていたもので」
 隣を歩く男、余嶋は文字通り幻滅したかのような口調で呟く。
「あなたも知っているでしょう。もともと幻想は、矛盾を孕んだ不気味なものであると」
 僕、入葉陽一はちらほらと見えるカップルの姿を見遣りながら、言葉を放った。使い道の無いであろう入場チケットの半券を弄りつつ。
 目の前の観覧車はなぜか「モダンタイムス」の歯車を思い出させた。無機質というか無慈悲というか無情というか。痛みを覚えるほどでは無いが、視線を感じる。前に並ぶ数組のカップルのものだ。黒のスーツを着た男二人が無言で順番を待っているのだから仕方があるまい。
 緊張していた。確かに。
 この観覧車が一周する時間は約十八分。この十八分間で僕の人生が一転する可能性も僅かながらある。全く何も変化が起きない可能性も。ただ、多分この十八分間が緊張感に溢れるものになるのは確かである。余嶋にとってもそれは同じであろう。情報量は対等ではないが。
「どうぞ」
 スタッフが乗り場へと導く。僕と余嶋は素早く箱に乗り込み、冷えた座席に向かい合って座った。扉は閉ざされた。
「あれ、雨が降ってきましたね」
 余嶋が無表情で呟いた。
 僕は静かにうなずいた。
 窓越しの雨が不安を確かに増幅させ、今、目の前に座っている男に対して恐怖に近い感情が芽生えた時刻は午後九時二十八分。

〈今回の作者紹介〉

街宮供詩
 本格ミステリが好き。好きな探偵役は亜愛一郎、ドルリー・レーンなど。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?