見出し画像

作品との対話は自分との対話

こどもと大人のためのミュージアム思考

Museum Start あいうえの の皆さんから書籍「こどもと大人のためのミュージアム思考」を送っていただきました。

稲庭彩和子さん、伊藤達也さんが中心になって進められたプロジェクトが、10年を経てこんな立派な書籍にまとめられたことは素晴らしい限り。その中に私がちらっと登場しているのも誇らしいです。

なぜ私がこの本に登場しているのか。実はこのプロジェクトがスタートしてすぐ、東京都美術館がリニューアルオープンしてすぐの「メトロポリタン美術館展」に当時の勤務校の児童を連れて行ったんですよね。(これについては稲庭さんが東京都美術館紀要 No.20に「東京都美術館のアート・コミュニケーション事業と 学校連携」としてきちっとまとめてくださったものが今も公開されています。)

また、附属小金井小に着任してすぐの2016年にも当時の小学校1年生を「ゴッホとゴーギャン展」に連れて行っています。

美術館って、やっぱりいいんですよね。美術館での対話ってすごく心に残ります。
「対話? 美術館って黙ってじっと絵を見ていないといけないところなんじゃないの?」
そんな固定観念を未だにお持ちの方は、早く脱ぎ捨てた方がいいですよ。美術館は対話の場です。

忘れ難いミュージアム体験

それは、もちろん一緒に鑑賞に行った人との対話でもありますが、作品との対話でもあります。私の場合も忘れがたいミュージアム体験がいくつかありますが、中でもこの作品との対話は今も心に残って私を支えています。

Christ before the High Priest  / Gerrit van Honthorst

ロンドンのナショナルギャラリーにあるヘラルト・ファン・ホントホルストの「大祭司の前のキリスト」。この作品、6年の時を置いて2回見たのですが、最初に見た時は自分の心がひどく荒んでいたとき、2回目に見た時はとても柔らかく温かい心持ちでいたときでした。

キリストの表情が全然、違って見えたんですよ。絵の方はもちろん変わるわけがない。自分の心情のありようで、こんなにも印象が変わるのかと驚いたのです。

いや、逆ですかね。むしろ6年の時を経てこの絵に向かい合うことで、今の自分の心がとても安定して前向きになっている充実した状態であることを認識した、といったところでしょうか。

いずれにしても、自分にとって大切な、個人的な関係を結べるような作品があると、それは自分を見つめ直すチャンネルとして機能するのです。何も6年も間を空けなくても、1回だけの出会いでもかけがえのないミュージアム体験をすることは十分、可能です。

ダミアン・ハースト 桜

そんなミュージアム体験になるかも、という展覧会を一つご紹介。国立新美術館で開催されている「ダミアン・ハースト 桜」は良かったですよ。

ストロボさえ焚かなければ自由に撮影できるとのことだったので、何枚か撮ってきました。

「叫んでいる新しい桜」

全然わかんないと思いますけど、これかなり巨大な絵です。縦3.66mありました。これくらいの巨大な桜の絵が24枚、国立新美術館のこれまた巨大な展示室に実にぜいたくに配置されています。そこに身を置くというのは、かなり贅沢な体験でした。

「生命の桜」

これも、305×244×3枚 ですからね。なかなかの迫力で圧倒されますが…うーん、写真じゃ何とも伝わらないと思いますが、この空間と作品が生み出す世界に身を浸すのは、なかなかの体験ですよ。オススメです。それとですね。

相当、ボコボコいっていますが、この絵の描き方が素人からするとなかなか衝撃的でした。こちらは展覧会のサイトにインタビュー動画がありますので、そちらをぜひ。

「ダミアン・ハースト 桜」、ゴールデン・ウィークの後半にいかがですか? もしかすると忘れ難い体験になるかもしれませんよ。(展覧会は5月23日まで。)




この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?