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『新しい戦前 この国の”いま”を読み解く』を読む

内田樹さんと白井聡さんの対談本『新しい戦前』を読んだ。この間の”岸田大軍拡”について的を射た議論がされているので、引用したい。

「新しい戦前」どころか「新しい戦中」

白井 (中略)
 2022年12月に岸田政権が閣議決定した新しい安保関連3文書(国家安全保障戦略、国家防衛戦略〔現防衛計画の大綱〕、防衛力整備計画〔現中期防衛力整備計画〕)はアメリカとの綿密な打ち合わせ、調整、擦り合わせのもとに出てきたことは確実なのです。
 いま喧伝されている台湾有事はどのぐらい大きなものになり得るか。可能性としては、端的に言って、核戦争、日本が水爆を落とされるところまであると思います。それはなぜか。台湾有事はアメリカと中国の覇権闘争、ちょっとした利害の小競り合いではない、ヘゲモニーを争う大決戦として戦われる可能性がある。20世紀には二つの世界大戦を通じて、覇権国はイギリスからアメリカに移りました。世界史上、覇権国の交代は大きな戦争を通じて行なわれてきた場合が多いわけですぃそれは、部分的な利害対立ではないから、落としどころを見つけ
がたいためかもしれませんぃゆえに、アメリカから中国にヘゲモニーが移るとすれば、大きな
戦乱なしにそれが生じうるとは考えにくいのです。
 そのとき問題になるのは、いわゆる核抑止力が働くかどうか。核抑止とは、自分が核兵器を使ったら相手もこつちへ必ず使ってくるので、それは耐えがたい苦痛をもたらすからやめておこうというものです。日本は核兵器を持っていないわけですから、この核抑止を担うのがアメリカによる核の傘だとされているわけです。
 では、中国が日本に核攻撃をしたとして、アメリカがその報復として中国に核攻撃をするのか。アメリカは、それをやったら次は中国がアメリカ本土に核兵器を飛ばすだろうと考える。つまり、日本への核攻撃だけなら、アメリカは中国に対して核攻撃をできません。これは逆に言えば、日本に対しては中国がいわば安心して核兵器を使うことができるというわけで、核抑
止が働かない構図になるわけです。
 この話は別に空想的でも何でもない。日本政府自身がその可能性を認めて、今、米軍基地や自衛隊基地に対する大量破壊兵器、つまり核兵器だけではなく化学兵器や生物兵器による攻撃に対する防衛策をいろいろと進めつつあります。新しい安保関連3文書を出したからには、日本政府は核攻撃されるかもしれない可能性を視野に入れています。
 これが今日の政治状況です。だから戦前というよりも限りなく戦中に近づきつつあります。しかも、確たる国家意思によってこうした状況を招いたわけではなく、思考停止の対米従属でこうなっているわけです。それをこの社会はどう認識しているのか。ほとんど無批判に大軍拡が進んでいる。まさに生ける屍、既に死んでいるというのが2023年の日本の光景です。

反応なき安保政策大転換


内田  戦後日本の安全保障戦略の大転換があつて、軍事費も突出し、敵基地攻撃能力(反撃能力)まで´言い出した。明らかに「戦争ができる」方向にシフトした。にもかかわらずメディアは反応しないし、国民もなにごともないようにぼんやり暮らしている。どうしてこうも無関心でいられるのか。政策転換そのものよりも、政策転換にまるで反応しない日本人の方がむしろ深刻な問題だと思います。
 この無反応は「自分たちは日本の主権者ではない」という無力感の現れだと僕は思います。自分たちが代表として選んだ議員たちが国会で徹底的に議論して、その上で決定した政策転換であれば、有権者たちはその政策決定にある程度の責任を感じるはずです。このような政策が採択されたことに「主権者として責任がある」と感じたら、それなりの反応をする。けれども、
白井さんが言うとおり、これは全部アメリカが決めたシナリオです。岸田首相だって記者から「どうして戦後70年以上続いた安全保障政策をいきなり転換するのか」と訊かれても答えられない。「だって、アメリカが『そうしろ』って言ったから」だとはさすがに,言えない。だから、政策転換には必然性があったと、いくら彼がぼそぼそ答弁しても、それは全部「空語」であるし、空語であることを本人も国民もみんな知っている。これは日本が、自分たちの国益を最大化するために発議した政策転換じゃないということはみんな知っている。アメリカに言われたからしている。トマホークやF135を買うのもァメリカの指示に従ってのことだし、軍事費をGDP(国内総生産)の2%にするのもNATO(北大西洋条約機構)と同じ数字に合わせろとバイデン大統領に言われたので、それに従っている。
 アメリカに鼻面を引きずり回されて国家戦略の方向転換を強いられているのに、これほどメディアも国民も無反応なのは、何よりも「ホワイトハウスの意向に迎合する政権が安定政権だ」ということを刷り込まれているからです。アメリカの言うことを聞いてさえいれば、自民党の長期政権は保証される。自国の国益よりもアメリカの国益を優先的に配慮する政権なのですから、アメリカとしては未来永劫自民党政権が続いて欲しいと願っている。アメリカの外交問題評議会が発行している「Foreign Affairs」を読んでいると、その思考回路はよくわかります。アメリカの保守論壇では安倍、菅(義偉)、岸田政権は非常に高い評価を得ています。安倍首相は一時期、米紙「ニューョーク・タイムズ」からその過剰なナショナリズムがアジアの地政学的安定を乱すと手厳しく批判されましたが、総合点では、アメリカからは一貫して高い評価を得ていました。
 長期政権を保ちたければアメリカから高く評価されなければならない。これは中曽根(康弘)、小泉(純一郎)、安倍政権が日本人に教え込んだ教訓です。日本人はみんな知っている。だから、岸田政権がアメリカのシナリオの通りに動いているのを見ても、「ああ、これで岸田政権も当分安泰だな」としか思わない。政策そのものの適否ではなく、それがアメリカのシナリオ通りかどうかだけしか見ていないのです。政策そのものにどういう意味があるか、日本の国益に資するのか、国益を損なうリスクがあるのか、という本質的な問いに日本国民はもうずいぶん前から興味を失っている。
 日本には自前の国防戦略がありません。日本の政治家が、自分の頭で考えて、自分の言葉で、日本の安全をどう守るか真剣に語るということをもう国民は誰も期待していない。政治家たち自身が国防について考える習慣がないから仕方がないのです。いくら真剣に国防について考えても、どれほど適切な政策を提示しても、米軍が「ダメ」と言つたらそれで却下されるんですから。それだったらはじめから米軍が喜んで許可するような政策を起案した方が無駄がない。そういうことを70年以上やってきた。
 はっきり言いますけれど、今の日本の政治家には日本の安全保障について自前の戦略を考える能力も意思もありません。そのことを日本国民は知っている.与党政治家は自分たちの政権の延命、自分の利権のことしか考えていない。それに比べると、ホワイトハウスの「ベスト&ブライテスト」たちはもう少し巨視的に世界戦略を考えているはずであるぃだったら、あちらさんに丸投げした方がまだましなんじゃないか。
 確かにアメリカの安全保障戦略は洗練されています。こういう場合もあるし、こういう場合もあるしと、いろんなシナリオを考えている。とりゎけアメリカ人は「最悪の事態」を想定して、それに対してどう対処するかという思考実験が好きです。これは日本の政治家が決してやらないことです。
 そういう彼我の違いを見せつけられると、日本の政治家や官僚が自分の頭で安全保障戦略を作り上げるより、ホワイトハウスから降ってくる国防戦略を鵜呑みにしているほうが安全なんじゃないかと思えてくる。日本の国民はいつの間にか白国の政治家たちよりもホワイトハウスのエリートたちの知性の方を当てにするようになってしまった。
自井  日本人は日本の政治家にそもそも期待していない。それと同時に自分自身にも期待していないのではないですかっまさに日本人は生きる屍化している。これだけの安全保障戦略の大転換に対してほとんど反応しないのですから。

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