今村翔吾『じんかん』を読む

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 今年の直木賞候補にもなった今村翔吾の『じんかん』を読んだ。今年のNHKの大河ドラマ『麒麟が来る』にも登場する「松永久秀」の生涯を描いた小説である。以前、『信長の原理』という小説を読んだ際、「神や仏を信じない」という点で信長が唯一自分と同じ種類の人物だと評価していたのが「松永久秀」だということを知り、興味を持っていた。
 わたしにとっては、「松永弾正」として記憶されていた。「主君殺し」「将軍殺し」「東大寺を炎上させた」という三悪を働いた人物として一般的には人口に膾炙している。信長も比叡山を取り囲み大炎上させたと言われている。「神も仏も恐れぬ不埒もの」としての共通点が大きい。特に室町時代末期という宗教的なものが人々の心の中に大きな力を占めていた時代にそのような思想を持つという特異性が彼らを際立たせている。なぜ、彼らがそのような思想を持つに至ったのかということが、この小説のテーマとなっている。
 
 この小説では「九兵衛(くへい)」と幼名で自分のことを呼ぶ久秀だが、歴史資料においては、三好長慶の家臣となるまでは、その生い立ちは不明である。そこに小説家が想像力を発揮する余地がある。「麒麟が来る」の明智光秀についても同じことがあるが、こちらは信長という天下人である主君を殺していることから、江戸時代にその資料が焼却されたと考えられている。本題に戻る。久秀の出自は光秀とは違い、下賤の出であったと想像される。この小説の作者は、その辺りを応仁の乱以後の乱世において、人の命が塵よりも軽く扱われていたようすをリアルに描いている。10歳前後の孤児たちが、戦国時代をどのように生き延びたのか。「土地を奪われた農民たちが生き延びるために大名の傭兵(足軽)となったり、そういう「就職先」がなければ盗賊集団となって村々を襲って、食料を奪い、子供を連れ去って人買いに売るというようにして生きていた時代に、孤児となった者たちが逆に足軽や盗賊を襲って糊口を凌ぐ生活。久秀の出自をそのように描いている。その久秀が辛くも身を寄せた寺院の僧侶から「三好元長」の名前を聞いたところから話は動き始める。父を足軽らに殺され、その結果、食うに困った母が幼い久秀に自分が首をつった後、その肉を食うように諭して自死したことを強烈な記憶として持つ久秀が、世話になった僧侶に「何故、武士などという人を殺すことしか能のない者たちがこの世にいるのか?」と問うた時「武士を滅ぼそうと言う武士がいる。その名を三好元長と言う。」と聞いた時、ぜひ元長に会いたいと久秀と弟の甚介が堺に旅立つ。
 元長に会うために堺で頼ったのが、世話になった僧侶が紹介した新五郎だった。ここで、元長を待つ間に久秀が新五郎から教えられたのが「茶の湯」である。わたしも「茶道」は門外漢であるためこの小説で教えられることが多かった。少し長くなるが引用する。

 茶の湯とは「人の間を上手く取り持つ場を作るため」であり、新五郎の師匠である珠光によれば「この道、第一わろき事は、心の我慢、我執なり。功者をばそねみ、初心の者をば見下すこと、一段勿体なき事どもなり。功者には近づきて一言をも欺き、また、初心の者をば、いかにも育つべき事なり。この道の一大事は、和漢この境を紛らわすこと、肝要肝要、用心あるべきことなり」
 茶の湯においてまず忌諱すべきものは、己を驕り誇り、物事に執着する心。功者を嫉み、道に入ったばかりの者を見下す心である。これはもっての外で、本来ならば先達には近づいて一言の教えでも乞い、また初心の者は目をかけて育ててやるべきである。
 反対にこの道でもっとも大事なことは、唐物と和物の境を取り払うこと。これを肝に銘じて、用心しなければならない。唐物は外からの考え、和物は己の考えの比喩ともとれる。詰まりは他者の考えを吸収し、そこに己の考えを混ぜ合わせて新たなものを生み出すー新五郎はそう解釈しているという。
「詰まるところ、茶の湯は己に向き合う法ともいえる」

 少々長くなってしまったが、なかなか含蓄の多い話であると思った。もう少し引用する。

 確かに新五郎が言うように、茶の湯が己に向き合うという性質を孕んでいるならば、人の一生を考える糧になりそうである。人の本質を知りたいならば、これから多くの人に会わねばならない。これからの時代、茶の湯はその間を取り持つにも役に立つと新五郎は断言する。
 この時代、なぜ茶の湯が盛んになり、千利休によって茶道にまで高められたのかがわかるような気がする。
 新五郎の元に身を寄せてから一年と半年が過ぎた頃、ようやく「武士を残らず駆逐する」という思想を持つ武士、三好元長(長慶の父)と出会うことになる。なぜ元長がそのような考えにたどり着いたのか、そして久秀との関係は・・・・。それを知りたい方は、ぜひご一読を。


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