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東京23区の物語り。〜新宿区の女性、靴の物語〜

天気なんて覚えちゃいないけど、その日は早稲田駅から飯田橋駅へ向かうため東西線に乗っていた。いつもと逆方向だ。

大学二年生で、授業が終わり夕飯を誰かと食べる予定だった。

神楽坂でその女性は乗ってきて、ぼくの目の前に座った。
新しいスーツを着て透明感のある女性で、面接官がすぐに合格を出すような性格の良さも外面に現れていた。
少しの違和感を除いて。

数分経った後、その違和感を理解する。

彼女の膝から血が流れている。
暗喩でも直喩でもなく、本当に血が流れている。

息も切らしているから、多分急いでいて転んだんだと思う。
彼女の足に対してはサイズの合わない靴だったのかもしれない。

彼女はハンカチもティッシュもなく手で拭いている、僕はハンカチもティッシュも持っている。

ふと、目が合う(たぶん目があった、たぶん)。
本来ならティッシュを出すべきだが、そんな勇気も配慮も当時にはなく(今もないが)。

ハンカチは綺麗か、洗ってないぞ。ティッシュだってパサパサで丸まっている。しかもいきなり声かけるのも変だしな。

頭の中で一人劇をしているうちに飯田橋駅に着き、何もできないまま電車を降りた。

降りて暫くしてからホームの壁のポスターに気づいた。
靴のポスターで、そこにはこう書かれていた。
「素敵な靴は素敵な場所へ連れていく」

「サイズの合わない靴は、男を非日常へ連れていく」と、僕は一人思った。







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