チラシのぼやき(掌編)
チラシのぼやき
「ねえママ、まだおわらないのー?」
「ちょっと待っててね」
ボクはオモテ。チラシのオモテ。スーパーのチラシのオモテだ。
オモテ面いっぱいに真っ赤な濃淡で描かれているのは、食品や生活用品のお買い得情報だ。なになに、今日は卵と牛乳と食パンが安いって! こりゃあ一大事だ。
鼻歌を歌ってママさんがお得な商品に丸を付けていく。ボールペン、くっすぐったい。
「卵も安い……やっぱりこっちのスーパーかな」
うんうん。ボクも隅々まで見てもらえてチラシのオモテ冥利に尽きるよ。役に立ったって実感も大きいしね。あ、通り過ぎたけどそのお菓子は新発売だよ!
……こうして誰かにお得を伝えて、必要とされるオモテが嫌いなわけじゃないけれど。でも、ボクは生まれ変わるなら絶対チラシのウラがいい。だって、チラシのウラは真っ白なんだ。それのどこがいいかって? 決まってるだろ、ボクはあの子と遊びたいんだ。
ママさんはじっくりボクを見るけど、まだ小さなあの子は興味がない。いまはお絵かきにはまっているらしいから、余計にボクのウラが恋しいんだろう。
でも、ボクはやっぱりあの子と遊びたい。今日は何かの奇跡でボクといっしょに遊ぶことにならないかな。
ボクの気持ちが届いたのか、あの子がこちらに駆け寄ってきた。え、もしかして!
「ママ―、おえかきしたいからはやくちょうだい!」
「うん、うん……」
「ママ!」
「はい、終わったからいいよー」
ママさんに手渡されて、あの子のきらきらした瞳がボクを見ている。まっすぐ見つめられたらボク、照れちゃうなあ。元から真っ赤だけど、さらに赤くなりそう。
「ママ―、ペンは?」
ああ、待って、君はお絵かきしたいんだよね。でも今日はボクを眺める時間にしようよ。ね、いつもと違う遊びも楽しいよ?
「はい、どうぞ」
「ありがと!」
ああああ、ペンまで持って準備万端だ! まだ! まだ裏返さないで! ちょっと待っ
「なにかこうかなー」
「昨日はイヌさんだったね。ネコさんはどう?」
「んー、きょうはいいや」
チッ、ガキになっちまった。ふんふんリズムをとって、楽しそうで羨ましい。それに比べてオレは、ついてねーぜまったく。
オレはウラ。チラシのウラ。つるっとしたツラが自慢だが、それが原因で厄介なことになることもある。
ママさんは……あー洗濯物たたんでんな。ガキがオレに夢中な間に家事をすます気らしい。それは名誉なことだが、少しくらいオレを顧みてくれねぇかね。
オモテのやつはいいよなー、ママさんをじっと見つめてもばれねぇし、直接ボールペンでマーキングされんだから。ウラだと感触しかわからねぇ。ちょうど、こってたところに当たって気持ちがよかったなあ。直接かいてもらえたらどれだけいいだろう。
感触を思いだしながら聞いていると、ガキがようやく何を描くか決めたらしい。
「よーしおはなにしよ! いっぱいかくよー」
やる気いっぱいの声だ。ついで、遠慮なんてなしにピンク色をした芯先が押し付けられる。
おっ、おいこら、こらこら! そんなにぐりぐりかくんじゃねぇ! オレのつるつるすべすべな美白が台無しじゃないか! いたいっ! ママさんの超絶マッサージテクとは全然ちげー! 地獄かよここは!
あーあ、今度生まれ変わるなら絶対、ぜーったいチラシのオモテがいいぜ!
小説でもどうぞ「表と裏」に応募した作品でした。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?