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中古(ジャンク)コーナーの常連大正琴たち その2


SUZUKI(鈴木楽器製作所)|桐

令和となっていまや「一般人がもっとも大正琴に触れやすい場所」となっているリサイクルショップ(ハードオフなど)の中古(ジャンク)楽器コーナー常連の機種紹介の第2回目です。

今回はSUZUKI(鈴木楽器製作所)の「桐」を紹介します。

▶ 諸元

SUZUKI | 桐(生産完了品)

種別:ソプラノ大正琴(5弦)
音域:下5~上6#(G3~A5#) 27鍵
素材:木部/総桐 絃/スチール
寸法(cm):75(長)×15.0(幅)×高さ(8.8)
重量(kg):1.7kg(ケース 3kg)
価格(当時): 49,500円(1980年代 消費税導入前)

上記の寸法・重量は私が手元の琴を測ったもので、公式のデータではありません。

これもすでに生産完了品です。1990年代に入るタイミングでカタログ落ちしていたようなので80年代の機種ということになります。ただ、琴本体とセットの場合が多いハードケースの見た目からするともう少し遡るかも知れません。令和のいま見ると昭和レトロ調の「味のあるデザイン」といえなくもないケースですが、3kgぐらいあるのでちょっと重いですね。

桐 ハードケース、左上にネームプレートが見える

▶ 「桐」所感

・全体像
データだけ見るとそこまで大きくはないのですが、前回紹介した砂丘ソプラノと比べればやはり一回り大きく、大正琴としては大きめに感じます。重量は同じなのでかえって軽く感じていいはずなのですけれども、砂丘よりは重く思えて、全体のバランスというのもあるのでしょう。

端を見ると琴中央に向かってなだらかに盛り上がっていることが分かりますが、このあたりは作りの良さを感じさせます。イメージソースとしては一般的に琴とされている箏なのでしょうか。

テイルピース側 | なだらかにカーブしていることが分かる

この琴の材は総桐ということなのですが、かなり贅沢に材を使っているという印象を受けます。全体の統一感も琴を大きく見せている理由かも知れません。

・材の厚み
前述のようにも総桐とされるこの琴ですが、表も裏も使われている材にはかなりの厚みがあります。天板を下部から固定する独特の構造ですが、そこからもかなりの厚みが分かります。

サウンドホールからうかがえる表板の厚み
天板固定部分のネジ穴周辺からうかがえる裏板の厚み

・天板周辺
この琴は天板の背面・左右を木材で囲っています。大正琴の天板と本体をつなぐ場合は背面に金具を配置するのが定番なのですが、前掲のようにこの琴は底面から固定されていて背面には一切金具を見せません。そういう点でも一見主張しないようでかなりこだわった作りであるように思われます。

天板背面部 | 極力金具類を見せない作りになっている

・鍵盤(キー)
鍵盤は楕円型のもの。そこに黒鍵はゴールドで文字入れし、白鍵はゴールドの背景となっていて、これも高級感の演出でしょう。

桐 | 鍵盤部分

ただ、これが高級に見えるかどうかは令和の今となっては微妙なところです。作りはしっかりしていて弾いていて問題を感じることはありません。

・鍵盤ガイド
鍵盤側から天板裏を覗くと鍵盤ガイド部分が見えますが、緩衝材として貼られているフェルトがはがれ始めているのが確認できます。

桐 | 指板上、天板裏の鍵盤ガイド部分

これは仕方の無いところで、少なくとも生産後34年は経っている琴ですからそもそもメンテナンスが必要です。フェルト自体はまだ問題なさそうですから、これ以上酷くなってくるようならタイミングをみて接着剤で固定することにします。

・ペグ周辺
桐のペグは琴の中央に最低限の開口部を設けています。せっかくの美しい表板を考えればこれが正解だと思いますが、弦の張り替え時に干渉させないように注意が必要になりそうです。

桐 | ペグ周辺(表側)

また、将来的なペグのメンテナンス等を考えると悩ましいところですが、幸い桐は裏側からアクセスできるようになっているようです(まだ開けていない)。文字が焼き入れになっているのもこだわりを感じさせます。

桐 | ペグ背面

残念ながら右下に割れが見えますが、前オーナーが開閉をくりかえしたのか、木材の劣化なのか。どちらにしても実用上は問題ないでしょう。

・テイルピース(弦掛け)
桐のテイルピースは側面ではなく表板に固定されています。独自のカバーが掛かっているのでコインなどでネジを緩めると取り外すことができます。

桐 | テイルピースカバー裏面とテイルピース(弦掛け)

フリマの出品などでこのカバーがなくなっているものがあるようです。オプションでピックガード等を取り付ける際には邪魔になることも考えられるので、取り外すインセンティブはあったのでしょう。実用上はなくても問題がないものですが、入手を検討する際は一応念頭に置いておいた方が良いかも知れません。

それにしてもカバー内側のメッキが光り輝いています。本来はこういう輝きだったのでしょうか?(これをもとにマットな印象に加工していたようには思いますが)

すっかりくすんで錆が浮いているカバーといい、ペグ周辺といい、これらが往年の輝きを取り戻すと鍵盤のゴールドのシールとも呼応して琴の見え方が全然違ってくると思われて残念でなりません。総桐の琴本体の落ちついた色合いのうえで、ペグやテイルピースカバーのゴールドが要所要所で輝いて、実に「映えた」ことでしょう。

(バリエーション)電気「桐」
この「桐」には電気大正琴(エレアコ)版があって、そちらもそれなりに数が残っているようでよく見かけます。この桐が登場した頃にはアンサンブル(合奏)前提での需要がすでに大きかったのでしょうね。

ピックアップやコントローラーを外付けするのではなく琴本体にコントローラーが埋め込まれている専用の構造なのがポイントです。ただし、出品やジャンクコーナーの在庫を眺めるとどうもピックアップ周りは不調になっているものが多いようです。

もちろん30年以上前のエレキギターだと思えば当然のことで、メンテナンスもそうは難しくないだろうと思いますが、こればっかりは開けてみないとなんともいえないところです。

▶ 総評

大正時代の小説に「豚の耳に大正琴」という”馬の耳に念仏”と"豚に真珠"を掛け合わせたような慣用表現?が使われているのを見つけたのですが、特に説明もなかったので当時の読者にはこれで通じたのでしょうか。また、そうであれば大正琴が念仏や真珠と同格に据えられるものではあったということになりますね。

この桐は、なるべく釘を見せないようにするこだわり、材の使い方といい、かなりリッチに作られた楽器なのはたしかに思われます。当時のカタログを入手したところ、この「桐」とエレアコ版の「電気 桐」が当時のスズキのラインナップで最高級機であったことが確認できました。(強調部 2024/01/19 追記)

使われている桐は伝統的に楽器用にも使われてき木材で、大きさや材の厚みもあるからでしょうか、一般的な琴(箏)のイメージに近い音を感じます。全体にカーブさせたデザインといい、実際にいわゆる琴(箏)に近いところを目指した機種なのかもしれません。

なお、同世代に「藤」という機種もあり、この「桐」と同時期の90年代に入った辺りでカタログ落ちしています。これは砂丘~松・桜に続くのとは別のラインに思われて、高級機あるいは個性をハッキリさせたカスタム路線でのちの「弁慶」や、現行機でいえば「あすなろ」あたりにつながるのかもしれません。いずれカタログなどが手に入れられれば製作意図を確認してみたいものです。

さすがにざっと30年以上は経っているうえに、それがジャンクコーナーでノーメンテナンスで放置されていた個体となればまず回避推奨なのですが、桐は着物保管用の桐だんすで有名なように防腐・防虫性が高く、調湿性に優れた木材であることからか、メッキ部分を除けばハードケースの中でも思った以上によい状態を保っているように思います。美品であれば選んでよい場合もあるかと思われます。

次回予告

ちゃっちゃと書き上げようとしたのですが意外に手こずって時間がかかった上に、やはり3000字程度にはなってしまいました。この長文癖の克服が来年の課題です。

さていつまで続くのかこの誰得大正琴記事ですが、次は大正琴と数字譜についてよしなしごとを。多分

(2023/12/30 第1版 公開)
(2024/01/19 価格と当時のラインナップについての記述追加)

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