ますく堂「おっさんずラブ」放談②   「おっさんずラブ ─in the sky─ 」の巻(『「おっさんずラブ」という未来予想図~革命の、その先へ~』より冒頭部を抜粋)

「天空不動産編」終幕から「インザスカイ」開幕に至る大惨事

※本稿は、テレビドラマ「おっさんずラブ ─in the sky─ 」(テレビ朝日)の結末に触れています。閲覧時にはご注意いただければ幸いです。

益岡 さて、ますく堂なまけもの叢書が「おっさんずラブ」をテーマに行う座談会も今回で三回目です。前回の「劇場版」座談会も、この埼玉県川口市で行われたわけですが、古書ますく堂がこの度、大阪阿倍野に移転することと相成りまして、今は引っ越しに向けた準備の真っただ中ということでございますので、今回も引き続き、この川口で「おっさんずラブ」を語る会を開催することになりました。
劇場版座談会でのお約束の通りに、連続テレビドラマ第二作、「おっさんずラブ─in the sky─」(以後、「インザスカイ」)について語る会を始めて行きたいと思うわけでございますが、今、振り返ると、前回の座談会、我々は本当に無邪気だった……
一同 (笑)
益岡 そのとき、我々はまだよく把握していなかったと思うんですね。この事態を。
ヘイデン 新しい連続ドラマがやるってことは、既に発表されてた?
益岡 発表されてます。「次回作はどんな風になるんだろうね?」という話もしています。していますが、基本的には、「天空不動産編」が続くという認識でいました。「シンガポールでどうやって同性愛ドラマ撮るんだろうね? 出来るわけない」とか、「志尊くんや沢村さんは出てこないんだろうけれど、新しい人は出て来るよね。誰が出るのかな」とか、そんな、夢あふれる話をしていました。「牧くんとはるたんがどういう風にこれから生きていくのか、そのドラマが観たいね」などと、明るい協議をしていたわけです。
当時、ちょうど劇場版のシナリオブックが品切れ状態で手に入らなかったんですね。もし、あの場にシナリオブックがあれば、そのあとがきには、「天空不動産編」はこれで終了なんだ、ということが如実に感じられるような記載がありましたので、ああいう会話にはなっていなかったと思います。でも、その資料はありませんでしたので、とにかく夢を語っていたわけです(笑)
その数日後、第二シーズンの詳細が発表されるわけですが……その前夜、公式のSNSで「天空不動産編」の終わりを示唆するような投稿が行われます。それに対するファンの皆様の反応は一様にあたたかいものでした。感謝の言葉や、「覚悟できた!」というような前向きなコメントで埋め尽くされていたのです。
翌朝の情報番組で「第二作のインザスカイはまったく違う設定で、今度は航空会社が舞台。はるたんはキャビンアテンダント、武蔵はパイロット。新キャストとして副操縦士・成瀬竜役の千葉雄大と整備士・四宮要役の戸次重幸が出演決定。おっさん四人の恋愛バトルロワイヤルが見どころ!」そして何より「牧くん出ませーん!」という報道がなされる。その瞬間、「何がインザスカイだ!」というような激しい反応がネットに溢れたわけです。僕はそれを観た瞬間、「ええ! みんな『覚悟できた!』って言ってたじゃん!」と。
一同 (笑)
益岡 僕は、皆さんご存知の通り、二〇一六年版の落合モトキ演じるハセの大ファンですから、「まあ、そりゃあそうでしょうね」というような受け止めだった。「だって、最初からそういう趣向だったじゃない」と。田中圭と吉田鋼太郎のシリーズに、毎回、旬の若手イケメンが絡む、そういうシリーズでしょ。
美夜日 そうかもしれないけど……みんな牧くんへの思い入れが凄かったんですよ。あと、武川さんへの……
益岡 そりゃあそうですよ。そうだと思います。気持ちはわかりますよ。我々ハセ派だって、同じ気持ちでしたよ(笑)
でもね、みんな、あんなに「覚悟できた!」って言ってたじゃん。しかも、「林遣都くんは朝ドラで忙しいから、牧は出ないのかなあ」というような考察まで、みんな出来ていたわけじゃん。
美夜日 一方で、キャストを変えてまで無理にやらないだろうという観測もあったと思うんですよ。この三人は動かさないだろう、というような。あとは牧くん、忙しいけどちらっとは出てくれるよね、とか。
益岡 そういう夢を見てたのかな。メインじゃないかもしれないけど、牧くんは、ちらっと重要なところだけ出てくれるだろう、みたいな。
美夜日 私はスピンオフが始まるんじゃないかと思っていました。
ヘイデン はるたんと牧は終わりで、同じシリーズで別バージョンというか……
美夜日 脇カップルが育つのかと思っていたんですよ。
益岡 あ、そうなの? そういう世界観だったの?
美夜日 BLのシリーズというのは、スピンオフで続いていくのがスタンダードなんですよ。脇カップルが多数発生していくことによってシリーズが続いていくのがBLなんです。
益岡 じゃあ、武川さんの物語として続いていくという認識だったの? 皆さんは。
美夜日 武川さんには限りませんけど、新しいカップルが同じ世界観の中で愛を育むというような流れは期待していました。
益岡 なるほど。ただ、実際には、そういう流れにはならなかったわけです。悲しみと怒りに溢れかえった状況を受けて、僕、劇場版の応援上映に行ってきました。大変、素敵な雰囲気でした。みんな誰ひとり、罵るようなことを仰ることもなく、とてもあたたかい雰囲気で「牧ありがとう!」と泣きながら声をかけて……最後は満場で主題歌合唱、拍手喝采ですよ(笑)
美夜日 そりゃあそうですよ。お別れを言いに行ってるんだから(笑)
益岡 劇場版がそうした素敵なフィナーレを迎える一方で、「インザスカイ」は始まっていった、ということになります。

「インザスカイ」ありやなしやは「武蔵エンド」の評価で決まる!

益岡 それでは、例のごとく、これからお一人ずつ、「インザスカイ」の感想を伺っていきたいと思います。
まず、これが東京での最後の「なまけもの叢書」となるますくさんから……
ますく堂 とにかくね、ラストですよ。このラストを肯定するか否定するかでこの作品の評価は決まると思います。
ヘイデン それは、配信オリジナルの「ゆく年くる年SP」じゃなくて、本編の、ということですよね?
ますく堂 そうです。はるたんが黒澤キャプテンに「好きになってもいいですか?」と叫んで、キャプテンがうろたえながら「まるー!」と答える。こっちは、「ばーつ!」みたいな。
一同 (笑)
ますく堂 いや、めっちゃ面白く観てたんですよ。
益岡 そうそう、面白かったですよ。
ヘイデン 私も。でも、最後、「まるじゃねえよ!」ってひとりで突っ込んでた(笑)
ますく堂 可能な限りリアルタイムで観ていたんです。続編ってつまらなくなることが多いけど、「これはいける!」と思ってたのに……最終回はリアルタイムで観られなかったんですよね。で、ネットの評判をちらっと目にしたら、なんとなくまずい感じがして、「期待しすぎないようにしよう」と思いながら録画を観て……「まあ、期待しなくてよかったな」と。このラストはいくらなんでもご都合主義すぎる。でも、ラスト以外は完璧といってもいい。
一同 おお!
ますく堂 私はとにかく「ラストが残念」という感想。だから皆さんにこのラスト、「否定派」なのか、「肯定派」なのか、それとも、「どうでもいい派」なのかをお聞きしたい。
益岡 「どうでもいい」っていうのがあるのがいいね。「どうでもいい」っていうのが(笑)
ますく堂 そこだけは今日、どうしても聞きたいと思って、来ました。
森の風 私は……「どうでもいい派」かな……
ますく堂 それは○に近い? ×に近い?
森の風 ×に近い。このシリーズは、全体的にそんなに夢中になって観られなかったんです。前作がすごく良かったから、「好き」という立場で入って行ったんですけれど、今作はどうしても「つまらない」と思う自分を隠すことが出来なくなっていった。多分、女の子があんまり魅力的じゃなかったからだと思う。前作の蝶子さんのような……武蔵の奥さんって出てきましたっけ?
美夜日 いないです。病死してます。
益岡 確かにね……大塚寧々に比肩するキャラクターはいなかったね。
ヘイデン MEGUMIが演じる根古ねえさんもね……そこまでじゃなかったね。すごい良かったけどね。
益岡 うん。みんな感じよかったけどね、「インザスカイ」の女性陣も……でも、蝶子さんに並べるかというと……
美夜日 マイマイとかね……ああいうキャラが欲しかったよね。
森の風 そう。私は、マイマイ推しだったから……
益岡 まあ、今回、マイマイの立ち位置は、ディスパッチだったんでしょうけど……
森の風 そこか。男性になってるんだ。
美夜日 名前がディスパッチになってる……
ヘイデン 烏丸さん、烏丸さん(笑)
益岡 そう、烏丸さんね。この烏丸さんを演じた正名僕蔵さんは名優ですからね。もちろん、素晴らしいキャラクターに仕上がっていましたけれど。
森の風 ディスパッチは好きだったんですけど(笑)、私はやっぱり武川さんが好きだったので、そのポストを四宮さんが埋めて、彼については楽しみに観ていたんです……でも、もうちょっと、もうちょっと、と……話の展開も、言葉で説明しているようなところが多いんじゃないかとか……いろいろ気になってしまって楽しめなかった。夢中になれなかったな、というのが正直な感想です。
トット …………
益岡 トットさんの番ですよ!(笑)
一同 (笑)
益岡 トットさん、大丈夫ですから、今の正直な気持ちを言って。今日、トットさんが中心に話す係ですからね!(笑)
トット いや、いや、僕も推せないから……
益岡 あ、そうなの?
トット うん。だから、推す人たちの話に混ざっていようと思って来たから……でもここまででちょっと推せない人の方が多数になっちゃって……
美夜日 いやいや、まだわかりませんよ(笑)
トット ドラマのつくり方自体が弱かったような……既定路線というか、安全策というか……スリルやカタルシスは得られなかったと感じています。この作品を観た後、お正月のスペシャルドラマ──木村拓哉主演の「教場」(TBS)を観たときに「ああ、やっぱり林遣都、すごかったな」とあらためて思ったんです。だから僕は、「前作派」として来ています。
ヘイデン 私は、これは春田と武蔵の物語ではなく、完全にシノさんと成瀬の物語として楽しみました。
美夜日 ああ、なるほど。
ヘイデン そこをいかに自分が楽しめるかという方向に途中からなってしまった。でも、テレビの中で春田と武蔵がくっついたということについては、すごく意味があると思う。一視聴者としては、この二人の展開はどうでも良かったんだけど、社会的には、「おじさんも若い男の子と恋愛してもいいんだよ」っていうメッセージが発信された。そのことには大きな意義がある。前作は、「汚いおっさんはやっぱりふられる役割」で終わってしまって、「美青年たちが結ばれる」というBLのお約束に落ち着いてしまったんだけど、今回はBLの展開を逸脱して、おっさんも若い人も、年齢も美醜も関係なく結ばれてもいいというストーリーが示されたことは、今回、良かったと思う。
ますく堂 私も二人が結ばれるという結果自体は良かったと思うんだけど、その工程をもっとじっくり描いて欲しかった。
美夜日 武蔵が辞めると言い出しての急展開には無理があった、と。
ヘイデン 淋しくなっちゃって、急に好きとか言い出したという感じは確かにあるけれど、あのカップルが成立したことに、私は社会的意義を見出した。まあでも、私はナルシノでしか観てないから……
美夜日 ちょっと待って、ナルくん攻なの?
ヘイデン ナルシノ。
美夜日 へー……
一同 (笑)
益岡 あ、戦争? これ、戦争?(笑)
森の風 あの二人についてはどっちがどっちって私は考えてなかったかも……
ヘイデン ナルシノだよ!
美夜日 年下攻めか……
益岡 でも、ヘイデンさんは、「ナルシノナル」でしょ。
ヘイデン まあね。
美夜日 基本はリバだから。
ヘイデン そう、基本はリバ。でも、ナルさまが攻だよ。
美夜日 そっか……
一同 (笑)
ヘイデン いや、あんなさあ……
美夜日 あんな煮え切らないシノさんはダメ?
ヘイデン ダメ。あれはナルさまがぐいぐい行くカップルですよ。
美夜日 確かに、ナルくん襲ってたよね。
ますく堂 成瀬くんの魅力は最大限、出ていたドラマだとは思う。
ヘイデン そう。私、本当に千葉雄大を初めてちゃんとテレビドラマで観て……こんなかわいい子がいるのかと驚いたの。
益岡 千葉雄大は素晴らしいですよね。
ヘイデン 林遣都とは全然違って……おかしな動き、コメディドラマでしか出来ない演技というのは、前作にはなくて……それを可能にしているナルさまがかわいすぎて……
ますく堂 ナルシノ二人を主役にして、はるたんとか脇で良かったんじゃない?
ヘイデン 本当にそう! これはナルシノの物語として描くべきだったんだよ! はるたんが絡んでくるからぐちゃぐちゃしちゃったんだよ。ナルシノをメインでやれば良かった!
はるたんは、本当は「インザスカイ」はやりたくなかったんだよ。牧とのいい思い出のままで居たかったのに……
益岡 個人の見解です(笑)
ヘイデン 武蔵がどうしてもはるたんとくっつきたくて、続けてしまったんだよ。はるたんからしてみたらどこかでくっついておかないと、未来永劫、春田と武蔵の物語を続けて行かなきゃいけないから、はるたんが折れたんだよ。
美夜日 はるたんが武蔵の情熱に折れたんだ(笑)
ヘイデン ともかく、これはナルシノの物語なの! 私は、とにかく千葉雄大のかわいいセリフを何度も何度も観ながら、「なんでシノさん、もっとぐいぐい行かないんだよ!」と思いながら、「はるたんなんかどうでもいい」という感じになって観てたので、個人的にはあの、春田と武蔵のラストについては「どうでもいい派」。ただ、先ほども言った通り、意義はあるよ。社会的な意義はある。
美夜日 思い入れは、あまりない?
ヘイデン 思い入れはない。あと、社会的意義という点を突き詰めるなら、武蔵は烏丸さんと結ばれるべきだったと思う。
美夜日 おっさん同士で?
ヘイデン おっさん同士。おじいさんくらいの年齢でもいいくらいのおっさん同士で結ばれるという展開があっても良かったと思う。
益岡 そういう展開はまったくなかったけどね(笑)
森の風 「烏丸さんには恋人がいる」という描写がありませんでした?
ヘイデン あった。でも、それが異性とは限らないからね。烏丸さんと武蔵が結ばれる物語の方がインパクトはあった。今回、はるたんがとにかくどうでもいい。服のセンスとかも良くなっちゃって、部屋とかきれいになっちゃって……あれはもう、はるたんじゃない!
益岡 めんどくさい……極めてめんどくさいファンになっている(笑)
美夜日 あの部屋は、社員寮だからね。ちょっと豪華すぎる気がするけど(笑)
ヘイデン 社員寮といえば、あの三人しかいないというのが不自然。
美夜日 そう。ここ、ゲイ専用社員寮なんじゃないですかね。ノンケは別の寮に隔離されているんですよ。修羅場が起こり過ぎて。
益岡 三人しかいないのにね(笑)
ヘイデン とにかく私は「ナルシノ一派」です。
益岡 一派……いったいどんな一派とどんな一派があるんですか? このドラマには(笑)
ヘイデン わかんないけど、この派閥が一番でかいと思う。
森の風 私もシノさん派だから……やっぱりシノさんが一番深かった。子どもがいたり、離婚していたり……物語を感じた。
ヘイデン カップルとしてさ、はるたんと成瀬はないじゃん。物語の展開として、途中からはバディ感が出ちゃった。成瀬のお父さんを巡る物語では兄弟みたいな関係も成立してしまった。その時点でカップルとしての未来はない。つまり、ナルシノ一択じゃん!
益岡 いったい、誰に向かって見得を切っているんですか?(笑) 誰も反対してませんよ(笑)
ヘイデン ということで、「ナルシノナル一択」のヘイデンです。よろしくお願いします。
益岡 僕は、なんだかんだ言って、このラストに向かって作られてはいたんだと考えています。
中盤で、武蔵が「春田への恋を諦める」と、直接伝えるシーンがあるじゃないですか。「好きになるのはもうやめる。時間はかかるかもしれないけど、ただのキャプテンに戻る」と泣きながら伝えるシーン。このときの吉田鋼太郎さんの演技を観たときに、「これは大変なことになった」と思ったんですよ。この芝居は、相当コストの高い芝居です。
黒澤武蔵はもちろん、前作でも恋に破れる人間でした。でも、それでも最高のコメディリリーフであったし、最高にかっこいい上司だった。かっこいい敗者だったわけです。それが、そんな黒澤武蔵が、ここまで弱い立場、情けない姿を晒したことに驚いたんです。
こういうところも含めて、吉田鋼太郎と田中圭がこの作品のラストに向かって築き上げていったものというのは、僕は感じられたので……説明不足はもちろんあると思うんですが、割とこのラストは自然に、「肯定的に受け入れられた派」なんです。
ただ、少し、ラブコメとしては脚本が難解すぎたのではないか……このラストを導くにあたって、ちょっと俳優陣に頼り過ぎたのではないかという印象は持っています。
この難しい展開を実現するにあたって、田中圭は相当複雑な演技プランを立てていると思うんですね。相当考え抜かれた「春田創一」がここには生じている。つまり、この物語は、「春田創一」という存在こそがブラックボックスになっていて、その「春田創一」をどう解釈するかによって、このラストを許容できるかできないかが決まるという構成になっている。その複雑な構成を選んでしまったというところは、当然、賛否が分かれるし、難しい作品になってしまったと感じています。
あとは、最後に武蔵が「はるたん」と言いますよね。今回、「はるたん」という単語は最後の最後、この一箇所にしか出てこない。
この部分を使って、このラストをコンビニエンスに解釈するならば……さっきのヘイデンさんの「はるたんはやめたかったけど、武蔵が続けたかった説」のように、ある種のメタ設定というか、SF設定を持ち込んで「黒澤武蔵だけはわかっているんだ、この恋愛を繰り返しているということを」というストーリーラインにしてみる。
森の風 ああ、そういう解釈もありなんだ。
益岡 武蔵だけは、はるたんを好きで居続けた無数の記憶を持っている。そういう設定で読み込んでいくと、シノさんに弟子入り志願をされたときの「春田には感謝しかない」というセリフも、「これはこの数か月だけのことに対してのセリフじゃないよね」と思えてくる。
ヘイデン 二〇一六年からの、記憶が全部、このセリフに集約されている、と。
益岡 うん。あるいは、この「おっさんずラブ」を愛した人たちが作り上げた無数の二次創作の世界さえも、この黒澤武蔵は渡ってきたのかもしれない。無数の恋に敗れて来た武蔵が、この世界ではとうとう自分から恋を諦めた。その上で春田への「感謝」を抱くに至るという展開。しかし、そういう境地に至った途端に春田から告白される。「うそだ、うそだ」と狼狽える。でも、最後に「まるー」と言って感極まる。その姿を観て、僕は「ははぁ!」と。
美夜日 なるほど。読みが深い。
益岡 「おっさんずラブ」はライブ感というか、テレビの向こう側とのメタ的なやりとりも内包した「楽しませ方」を意識しているドラマだったと思うんですね。武蔵のインスタがリアルタイムで更新されていく一方で、ドラマの中の時間経過も表現していくような趣向があったわけじゃないですか。僕は、今回、このドラマのそういった側面が、違った形で作用して、あのラストを導いたんじゃないか、これまでの「おっさんずラブ」の展開を意識すれば、この読み方も決して無理筋ではないのではないかとも思いながら観ていました。
ただ……前作よりは、「男同士の恋愛」以外の要素が弱かったかな、とは思います。先ほど、女性キャラの弱さが指摘されていましたけれど、蝶子さんとマロ君が表象する年の差カップルの問題であったり、だーりおが代表した「誰かのヒロインではない、自立した女性像」であったり、そういう「多様性」というテーマには乏しかったのかもしれないという印象がある。
ただ、それらは俳優陣のパワー不足が原因なのではない。前作の金子大地にあたる存在は、今作ではシノさんの部下である、道端寛太を演じた鈴鹿央士くんだと思うんですが、あれだけ「ヘンな動き」がちゃんと出来る千葉雄大を前にして、それとはまったく別種の「ヘンな動き」を追及させられた鈴鹿くんのことを思った時に、彼もまた、相当いい仕事をしたのではないか、と。メインの四人以外の方たちも、かなりこのドラマに賭けてこられたものがあったのだと感じています。
そこまで整理したときに、では、果たして、これだけコストをかけた俳優陣に比して、製作陣がどこまで応えられたのだろうかというと、やや疑問が残る。そんなシーズンであったと感じています。
美夜日 美夜日です。何をどこから話していいのか(笑)
私も一応、前作派、「天空不動産派」ではあるので、武川さん役の眞島さんが他のドラマに出ていると、「私たちの武川さんを返して!」と言いたくなるくらいには引きずっているんですが……「録画はしてあるけれど、怖くて観られない」と言っている、さらに重症の腐女子友達もいる。「SNSのフォローも外しちゃった」というような、前の恋を引きずって前向きになれないような心境のファンがたくさんいます。
私はパラレルワールドとして、ある程度楽しく観たんですけど。
ますく堂 やっぱり林遣都くんはどうしても出せなかったのかね。
トット スケジュールの都合ですかね……
ヘイデン スケジュールと金じゃない?
益岡 まあ、林くんは、前作のときには既に主演俳優でしたからね……千葉くんも最近は主演俳優と言っていい存在だと思いますけど。
ますく堂 ということなら、最初からナルシノで行けば良かったんだよね。
ヘイデン そうだよ! ナルシノだよ!
益岡 いや、結果的に、今、ナルシノが熱くなったかもしれないけど……あくまで入りは、はるたんなわけだから……
ヘイデン いや、だから、途中から、完全にナルシノの物語に移行しちゃえば良かったんだよ。それをさ、獅子丸怜二なんか出してる場合じゃないよ!
一同 (笑)
益岡 いやいやいや、この施策はすごいですよ。度肝を抜かれました。ここまでで、四人だけでもしっちゃかめっちゃかになっているところに、よりにもよって山崎育三郎をぶち込むのか!と。
ヘイデン いや、怜二とはるたんをくっつけるんだと思ったらさ、なんだよ、違うのかよ、って。いったい、なんのために出てきたんだよ、獅子丸怜二は。
益岡 やっぱり、春田と武蔵を見守る存在が必要だったんじゃない?
ヘイデン ディスパッチじゃダメなの?
一同 (笑)
益岡 いや、ディスパッチだけではダメだわね(笑)
美夜日 怜二はスパダリイケメンじゃないですか。男子のバリエーションとして、BLキャラとしても、スパダリは大事ですよ!
ヘイデン 山崎育三郎については、私は、「昭和元禄落語心中」(二〇一八年、NHK)のときから大好きなので、出て来たときにはテンションあがったんだけど、役割がわからなくて、「結局、なに?」と。
美夜日 当て馬でもないしね。
ヘイデン そうそうそう。
森の風 当て馬になってればいいんだけどね。
ヘイデン 単純に山崎育三郎が「出たい、出して」って言ったのかな。
一同 (笑)
益岡 いや、山崎さんもお忙しいと思うので、そんな趣味みたいなことは言わないと思うんですが(笑)……山崎さんがこのドラマに参加すること自体には、僕は、違和感はなかったですね。「昭和元禄落語心中」は未見なのですが、TBSの「あなたのことはそれほど」(二〇一七年)というドラマで、主演の波留さんの夫役の東出昌大さんの同僚で、ずっと東出さんの事が好きだった男性を好演されておられましたので、「ああ、そうか。この街にはこの人がいた」という思いだった(笑)
僕は、ドラマの中での役割としては、やっぱり、春田と武蔵の恋をアシストする存在が必要だったんだと思うんですよ。ナルシノは自分たちのことで忙しいから……まあ、シノさんは大人だから、ひょっとしたら二人を応援する役割を果たせたかもしれないけど……でも、シノさんというひとは……このひとは危険な人物ですよ。
一同 (笑)
益岡 シノさんはね、いついかなる場合においても、事態を収めたりなんてしていないんですよ。そりゃあ、武蔵はね、エキセントリックな人物として描かれていますよ。急に卓球したり、火鍋食べて喧嘩したり、相撲大会開いたりね、おかしなことをいっぱいする。でも、結果、皆をまとめ上げているんですよ。話も整理してくれる。
でも、このシノさんってひとは引っ掻き回してばかりなんですよ。武蔵に弟子入りするところも、せっかく武蔵は色々なことを自分の中で整理して、「感謝」の境地に至っているのに、急に土下座し始めて、「やめて、やめて」と言っている間にもぐいぐい攻めて、結果、「ついてこい」みたいな展開になっている。このひとのやっていることは、いつも、事態を混沌へと向かわせることばかりなんです。
ヘイデン だって、そもそも女に絆されて結婚して子どもまでつくっちゃってるんだよ。
美夜日 あー……
ヘイデン 別にそれが不幸せだとは全然思わないし、そういうゲイのひとがたくさんいるのはわかるけど、でも、なんかさ、優柔不断過ぎじゃん、とは思うよね。みんなにいい顔して、優しいことが仇になり、まわりをぐだぐだ愛して、ここまで来ちゃった、みたいな。
美夜日 まさに第二のはるたんじゃないですか。
ヘイデン そう。まさにそう。
益岡 そう。このひと、はるたんなんだよね。
森の風 うん、うん。
美夜日 優しくて流されて、結果的にいちばん迷惑、みたいな。
ヘイデン なんだ、じゃあ、かわいいじゃん。
益岡 いや、かわいいよね。かわいいけど……なんだろう……かっこいいところはかっこいいし……切ないしね……
美夜日 でもやばいですよ。スケッチというのは……盗撮は犯罪ですけど、写生は……まあ、犯罪じゃないとは思いますよ。思いますけど、そこにこもっている思いというか、情念はより重たいわけじゃないですか。
ヘイデン そもそもあのスケッチがさあ、会社の資料を入れておくような棚からあふれ出してくるっていう……あんなことしないでしょ。
益岡 でもさ、話を進めていくとさ、こいつはうかつな人物だしさ……いや、整備はすばらしいと思うんだよ。
美夜日 いやいや、あんなに絵ばっかり描いてたら、整備はしてないでしょ(笑)
益岡 まあ、そうかもしれないけど……ただ、このシノさんという人物を立ち上がらせるために、演じ手の戸次さんがとった選択がものすごいじゃない。最初に、どっかの屋上でデッサンが風に飛ばされちゃう描写があるよね。あそこはコミカルなシーンにも出来たはずなんだよ。でも、あの舞い上がるデッサンを拾うところを、戸次さんは笑いどころ一切ゼロの必死な演技で打ち返す。
美夜日 悲痛な感じですよね。
益岡 そう。これを観たとき……面白いシーンとして観られる人もいるだろうけど、「辛くて観ていられない」と思う人も確実にいるだろうと思えるほど、シノさんの必死さが真に迫っているんだよね。
ヘイデン あれは武蔵の心の声、「ただいま恋の乱気流が発生中」がなければ、やばいシーンだよね。
益岡 うん。悲痛になりすぎちゃうくらいの演技だったと思う。
美夜日 そもそも、第一話から乱気流が凄すぎますよね。コーヒー二回もかけられているんですよ、はるたん(笑)
益岡 激しい展開自体は、僕はいいと思っているんですよ。それは、前回のドラマシリーズでもあったことだと思う。ただ、劇場版の頃から思っていたのは、「面白くしなくてはいけない」という強迫観念が強くなりすぎているんじゃないかということ。
トット うん、うん。
益岡 前回のテレビドラマ版にはもっと余韻があったと思うんですよね。それが劇場版へ、「インザスカイ」へと進むにしたがって、そういう余韻を楽しむ間がなくなっていっているようには感じた。なんだか「とにかく面白くしなくちゃ」という焦りがあるような……
美夜日 それはやっぱり、ヒットしちゃったからなんですかね?
ヘイデン 無理な展開とか、やりすぎな演出とかも目立つようになった気がする。武蔵の肩にもたれて急に寝ちゃうシーンとか。
美夜日 酔ってるわけでもないのにね。缶コーヒー微糖なのに(笑)
ヘイデン 小さい武蔵がたくさん出てくるところなんかも……ああいうのは、やりすぎだと思う。
益岡 あれは、サッカーの本田圭祐がACミランに移籍したときの名言「どのクラブでプレーするか、心の中のリトルホンダに聞いてみた」が元ネタなんだと、公式ブックには書いてあります。
ますく堂 そういう無理のある展開の最たるものが、あのラストシーンなんじゃないかな。はるたんがふらふらしすぎて、最終的に誰に行くんだよ、と思ったら、あんなわけわからないところへ行っちゃった。
美夜日 ずっと行先不明ですよね。はるたん自身のセリフにもある。最終回の相撲のシーンでは武蔵から突っ込まれているじゃないですか。「自分で考えろ」と(笑)
ますく堂 それであのラストかよ、と。どうも納得がいかない。
益岡 あのラストに向かっては、武蔵はまっすぐに歩んで行ったような気がするんですよね。
美夜日 やっぱり、はるたんがうろうろしている。成瀬に行ったり。
ますく堂 そう。それなら、春田ももう少しまっすぐ武蔵へ向かって行っても良かったよね。
ヘイデン ちなみに、最初、緋夏ちゃんだからね(笑)
益岡 緋夏ちゃんは良かったね。シノさんが「緋夏ちゃんを裏切ったんじゃないか」ってウジウジ悩むじゃないですか。そこで、緋夏ちゃんが……
ヘイデン 私たち、ライバルですね、ってね。
美夜日 まだ告白してないんだから、私はシノさんに裏切られたわけじゃないって言うんですよね。
益岡 そう。僕、あそこ、号泣しましたよ。
森の風 私は、そのポジションだと、やっぱり前作のだーりおの方が……
益岡 ああ、だーりお……良かったよね。
森の風 どっちがいいとか、比べるべきではないんでしょうけど。
ヘイデン 私はまったく違うタイプで、どっちも良かったと思うけど。
益岡 ただ、緋夏ちゃんの設定は……お父さんが恋敵というのがね……うーん、やっぱりこの辺り、面白設定を重ねすぎたきらいはあるんだよなあ。
ヘイデン もうちょっと整理した方が良かったよね。設定をシンプルにして、人間関係模様をしっかりと描く方向に整理した方が良かったと思う。
益岡 それは同感。脚本の徳尾さんはすごくうまい人だと思うけれど、今回、この設定はあまりうまく昇華されなかった気がします。ただね、難しいよね。この親子関係を丁寧に描けば描くほど、リズムというか、展開に無理が出てしまう。尺も足りない。ただ、その尺の足りなさが面白味を生んでいる部分も実はある。
美夜日 シノさんが緋夏ちゃんに連れられて黒澤家に泊まったとき、「三人ともはるちゃんにフラれた組か」っていうところとか、緋夏ちゃんからキャプテンも春田が好きだったんだと明かされた根古さんが「そういうこともあるか、令和だし」って言うところとか(笑)
益岡 この脚本は見事ですよ。僕も思ったもん。「令和だしね」って(笑)
他にも緋夏ちゃんの素敵なシーンがあって……デートの途中で、春田が自分ではない誰かのことばかり考えているのに緋夏ちゃんは気づくんだよね。で、春田は、「おれ、頑張るから」っていうんだよ。その返しがさ、「春ちゃんのそういう優しいところ、好きだよ……でも、その優しさに、傷つきました」……ね、僕、ここでも号泣しましたよ。なんて素敵な子なんだろう、と。
ヘイデン あのシーンは、私は、緋夏ちゃんの衣裳が不思議すぎて、セリフが入って来なかった。タートルネックのセーターなのに脇に切り込みがあるの。寒いでしょ?
一同 (笑)
ヘイデン それが気になって内容入って来なかった(笑)
美夜日 デートでどこに行くか決まってなかったから、洋服、間違えちゃったんじゃないの?
益岡 春田がゆるいもんね。どこでもいいや、デートしてもしなくてもいいや、みたいな。でもまあ、この回もね、武蔵エンドに向けた布石ではあるんだよね。おでん屋さんで割り込んできた武蔵に「キャプテンも行きます?」って聞いてみたり(笑)
このシーンでもうひとつ、うまいな、と思うのは「春田が本当は誰が好きなのか、明確には示されない」ということなんだよね。ここで緋夏ちゃんが指摘するのは、「自分と一緒にいるのに、自分ではない誰かの話ばかりしている」ということなんだよ。もちろん視聴者は、春田が成瀬に特別な感情を抱きつつあることを知っている。でも、このデートに至るパートで春田が誰のことを話しているか、といえば、必ずしも成瀬のことばかりじゃない。シノさんのことであり、キャプテンのことでもある。でも、緋夏ちゃんにははっきりわかっている。「少なくとも自分ではない」ということが。この切なさ!
確かに、前作よりも、女性キャラの厚みという点では弱まったと思うんですよ。だーりおにしても大塚寧々にしても、「女性」というセクシュアリティの持つ多様な問題系を背負いながら、ちずちゃんと蝶子さんを築き上げていったよね。その厚みは今回の緋夏ちゃんにはないかもしれない。
でも、今回は、とにかく男四人のバトルロワイヤルがもの凄いじゃないですか。ぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃやっている。それがメイン。
そして、その結論が、武蔵エンドなんだよね。吉田鋼太郎も田中圭も、このラストに向かって演技を積み重ねて行った。でも、この道筋を本当の意味で支えたのは、緋夏ちゃんを切なく演じあげた佐津川愛美さんだったんじゃないかと僕は思います。
森の風 そういう観点から言えば、お父さんである武蔵の恋愛が成就したことに対する緋夏ちゃんの受け止めが描かれて欲しかった。お父さんの第二の人生を応援するという描写はあったけど、その恋愛が成就した結果、はるたんが家族になっていくという問題もある。そういうところがもう少し描かれていけば、より深みのあるものになったと思う。
蝶子さんはもっとアグレッシブに武蔵の味方になってくれたじゃない。その上で、自分は自分で生きていくという強さも表現されていた。それに比べると、緋夏ちゃんというキャラクターは、どうしても、物語の要請に従っていただけという感じがしてしまう。
私は今回のシーズンは、そういう「気持ち」の描写が、ごちゃごちゃな展開の中でうやむやにされてしまっていたような気がする。
その中でも例外といえるのが成瀬かな、と思うんです。彼は、最初は爛れた生活をしているじゃないですか。行きずりの男と寝ちゃっておかしなことになったりだとか、そういう荒んだ感じで登場する。でも回を重ねるごとに周囲とコミュニケーションがとれるようになっていって、最終的にはシノさんを大事に思うようになる。シノさんじゃなきゃ嫌だ、という気持ちになっていく。
益岡 「あんたとしかキスしたくない」っていうやつだよね。あ、ヘイデン氏がイイ笑顔で頷いてますよ。
ヘイデン (深く頷く)
益岡 だろ? ナルシノだろ?みたいな(笑)
森の風 このごちゃごちゃになっていったドラマの中でも、成瀬の変化は比較的丁寧に描かれている気がして……私は、もっとこういう気持ちの変化を魅せて欲しかったな、という思いがある。そうすればもっと面白かったのに……
ますく堂 やっぱナルシノ主役だろ、これは(笑)


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