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その日、全世界で(第8章)

第8章 決心
 
 動画に集中していると、私の携帯が鳴った。由香の携帯からだった。
 「もしもし」
 「すみません。由香の母です。みゆさん、何かわかりましたか?テレビでは世界中で多くの人がいなくなっていると言っていますし、やっぱりこれは何者かに・・・」
 「いえ、違うと思います。今日そちらに伺ってもいいですか?私、お話したいことがあります」
 「もちろんです。何時に来られますか?」
 「今から支度をしてすぐに伺います」
 バスと電車を乗り継いで、由香の家に着いたのは午前11時半頃だった。私は自分の知っていることを由香のご両親に話した。私が話している間も二人とも顔を合わせてうなずくだけで、驚いた様子はなかった。
 「じつは、その話なら何度も由香から聞いていたのですよ」
 由香のお父さんが話し始めた。
 「もう数か月前くらいから、何度も何度も聞いていました。6回目くらいだったと思いますが、『ばかばかしい宗教を信じるから訳の分からないことばかり言うのだ。もう、一切、宗教の話はするな。お父さんとお母さんは仏教徒だ。お前は好きにすればいいが、お父さんたちにはもう何も言うな』と、強く言ってからは話さなくなりました」
 すると、続けてお母さんが
 「キリスト教を信じるようになってから、毎週日曜日の朝早くに教会に行きますし、水曜日の夜には祈祷会、週末は聖書研究会というのにも行っていましたから、今は熱心にやっているけれど、昔から飽きっぽいところもあったので、すぐにそのうち飽きるだろうくらいに思っていて・・・だって、みゆさん、人が急に生きたままで天国に上げられるなんておとぎ話、信じる方がおかしいでしょ?それよりも、ワイドショーなんかが言っているみたいにUFOに連れ去られたっていう話の方がありえる気がして・・・」
 「私もそうでした。私もお母さんたちと同じ意見でした。だから、私もお母さんたちの様に、私にその話はしないでと言いました。でも、私は今、由香の言っていたことを信じます。由香が天国に上げられたと信じます。由香だけではないのです。私の周りにいる、キリスト教を信じていた人たち、いわゆる『クリスチャン』の5人が全員いなくなりました。もう、これは信じないわけにはいきません」
 私は、亮介が教えてくれた携挙に関するYouTube動画をいくつか由香のご両親に伝えて、一度見てくださいと言った。一番わかりやすいと感じたのは、「3分でわかる聖書」という番組で、タイトルは「携挙とは何ですか」である。私はこの番組を見て、そのあと何本もこの牧師の動画を見て、福音の意味や救いの意味を知った。クリスチャンになるとはどういうことなのかも理解できた。私は、もう信じている。信じているから、由香の代わりにご両親に伝えているのだ。
 あれだけ頑なに拒否していた私が、ココと由香がいなくなった瞬間に信じることが出来た。時を戻すことができるなら、ココと由香と一緒に「携挙」を経験したかった。ご両親に伝えながら、私の両目からは再び大粒の涙が流れ落ちた。そのあと涙が止まるまで、由香のお母さんが入れてくれたアールグレイティーを飲み、気持ちが落ち着くまで居させてもらった。
 家に帰り、昼食を食べ、早速YouTubeで携挙に関する動画をいくつか見た。日本も欧米の牧師もみな同じ話をしていた。どれもがとてつもない再生回数だった。携挙が起こってから、かなりの回数をたたき出したのだろう。
 夕方に帰ってきた勇太が、クリスチャンの同級生と演劇部の先輩以外にも学校で数人がいなくなった話をしていた。学校で一番人気の若い保健室の先生もクリスチャンだったようで、いなくなってしまい勇太はとても残念がっていた。わざわざ、クリスチャンだと公言していなかっただけで、今まで出会った私の周りの人たちも今回の「携挙」で数名がいなくなったのかもしれない。
 様々なキリスト教に関するYouTube動画を見て、私はまずクリスチャンになることを決めた。私には、罪があるということがわかったからだ。私は今まで、この天と地すべてを造られた「唯一の神」を全否定して生きてきた。神は一人ではなく、色々な神々がいると信じていた。このこと自体が罪であると分かった。山、川、海、空、宇宙などすべてが自然にできたものだと思っていた。富士山、グランドキャニオン、ロッキー山脈などを見ても、「美しい」「壮大だ」「素晴らしい」と思うことはあっても、神を感じることなどなかった。いや、もしかして神の存在に気付いていても、気付かないふりをしていたのかもしれない。
 それに、罪と言えば法を犯すことで、窃盗や殺人を犯すことだと思っていた。しかし、天地万物を造られた全知全能の神に背を向けて、的が外れた生き方をしている人がすべて罪を犯しているのだというメッセージを聞いて、「それは私だ!」と分かった。
 まだまだ聖書が何を教えているか分からないことだらけだが、ココや由香が話していたことが少しずつ理解できるようになってきた。どうして、もっと早く素直にココたちの話に耳を傾けなかったのか?ココはあの日も今私が動画で聞いたようなことを話してくれていた。なぜ理解できなかったのか。自分で自分が腹立たしい。
 夜10時半頃、亮介がバイトから帰ってきた。夕飯の魚介のペペロンチーノとかぼちゃのスープを温め始めた。するとまたもやお腹が空いてきてしまったではないか。さっき、3人で夕飯を先に食べて、デザートのティラミスまで食べたところなのに、もうお腹が空いている。由香たちがいなくなったのに、私の食欲は変わらない。情けない限りだ。
 亮介の用意をしながら、自分にもスープをいれて、ロールパンをひとつだけオーブントースターに入れて焼いた。
 「お母さんの食欲がいつも通りで安心したよ」
 亮介がペペロンチーノを食べながら話してきた。頷きながらロールパンを食べていると、亮介がリュックの中から分厚い英語の本を出してきた。
 「お母さんが元気そうだから、もう話すけどさ、色々な動画やニュースを読んで分かったことなのだけど・・・。これから、かなりやばい時代になるみたいだよ。今までの大地震やコロナやそんなレベルじゃないとてつもない恐ろしい時代が始まるらしいよ」
 「それ、ほんとなの?私、由香やココから何も聞いてないよ」
 「お母さんが拒絶したからじゃないかな?もし、柔軟な態度だったら、『携挙』の次に起こることも話してくれていたと思うよ」
 「そうかー。そうかもね。で、どんな風に恐ろしい時代なの?」
 「それが、酷いんだよね。7年間もあるらしい。なんかね、キリスト教用語では『大患難時代』と呼ぶらしいよ」
 「恐竜時代みたいな感じだね」
 「そんな冗談言えなくなるよ、この大患難時代の内容を知ったら」
 「・・・」
 「一言では言えないし、これは聖書に書いてあるから読めばいいらしいけど、普通の人には難しくて読めないレベルだと思う。僕もちらっと読んだけど意味が分からないし。だから、今日その解説書的なものを借りてきた。お母さんは今聞いている『3分でわかる聖書』を見て勉強したらいいと思う。そのあとに、長い動画でも大患難時代のメッセージがあるから、それを聞けばいいと思うよ」
 「短くてもいいから先に教えてくれない?お母さんにわかるレベルで」
 「まあ、今もだんだんそれっぽい時代の流れがきている感じがするけど、個人の自由がなくなる時代がくるみたいなんだ。お隣の国みたいに完全に全国民が監視される状態で、自由に政府にものが言えなくて、何か逆らうようなことを言えば殺されたり、投獄されたりっていう感じの・・・。すべての国が共産圏や社会主義国のようになってしまって、しかも、そうだ、これだ。世界が一つになるらしいよ。『世界統一政府』ってやつ。たまに、欧米や日本でも右寄りの人たちのツイッターや番組では出てくる用語だから、僕は知っているけどね」
 「うん。お母さんもなんかで聞いたことあるわ」
 「それだよ。実際に世界の国々を一人の男が牛耳る時代が来るらしいよ。誰もが逆らえない、とんでもない奴が出てくるらしい。ヒットラー、スターリン、毛沢東なんてもんじゃない、とんでもない独裁者が」
 「それも聖書に書いてあるの?」
 「うん。『ヨハネの黙示録』っていう新約聖書の最後の書に書かれているらしいよ。昨日、聖書を携帯にダウンロードしたから、あとで確認してみるよ。とりあえず、今日は興味があることがあったから、大学の聖書研究会の部屋に置いてあった解説書を借りてきたんだ。また、分かったら少しずつ話していくよ」
 次の日の朝、亮介はなかなか起きてこなかった。今日は昼からの授業だったのかなと思いながら、仕事を始めると、台所でオーブントースターを使っている音が聞こえた。台所に行くと、やはり亮介だった。
 「今日昼からだったの?知らなかったから、いつもどおり、お弁当用意しちゃったわ」
 「いいや、あるよ。昨日さ、あれから朝四時くらいまでずっとヨハネの黙示録の解説書を読んでいたから、寝過ごしただけ。弁当はゼミの前に急いで食べるから、置いといて。昼からゼミだし、その前に大学の事務室に行かないといけないから、もうすぐに行く」
 「遅くまで読んでいたのね。収穫はあった?」
 「うん。まだ自分の中で消化しきれていないところもあるから、明日の晩御飯の後にでも、みんなに話すわ。これから実際に起こると言われている話だしね、お母さんだけでなく、みんなが知っておいた方がいい話だから」
 亮介は簡単な朝食をとり、急いで大学に行った。ゼミの後には大学のサークル活動の飲み会が入っていたので、明日まで亮介が知り得た情報は聞けないということだった。私は今すぐにも聞きたい気持ちをおさえて、仕事に戻った。
 昼ごはんの時間になった。今週はリモートワークとなった主人を探したが見当たらなかった。実家かコンビニでも行ったのかもしれない。とりあえず、昼ごはんの親子丼の用意を始めた。下準備を終えたころ、携帯が鳴った。由香からの着信だから、由香のお母さんだ。
 「もしもし」
 「みゆさん、こんにちは。お昼時にごめんなさいね。あの、奈々子さんご存じよね?高校のお友達の。奈々子さんから電話があって、みゆさんの電話番号を教えてほしいと言われたのだけど、教えても問題ないかしら?奈々子さんが言うには、結婚式以来会ってなくて、お互い携帯番号も知らないのだけれど、どうしてもみゆさんに話したいことがあるとのことだったから」
 「そうだったのですね。お手数おかけして、すみません。奈々子に私の携帯番号を教えてもらえますか?私も色々話したいです。お願いします」
 そう言って携帯を置いた。その後で、急にある疑問が涌いてきた。よくよく考えてみると、由香のお母さんは、どうして由香の携帯から何度も私に電話をかけてくることが出来るのか?考えてみれば、誰でもパスコードを知らないと他人の携帯を使えないはずだ。みゆはバリバリ働いていたキャリアウーマンだし、ロックしてないわけがない。
 なぜ、ご両親はパスコードを知っていたのだろう。確かに仲が良い親子だけれど、パスコードをわざわざ知らせておくだろうか?失礼だとは思ったのだが、疑問が涌くとすぐに聞きたくなる性分の私は、すぐに由香の携帯番号に電話をかけた。
 「あら、みゆさん。どうなさったの?奈々子さんは午後6時以降しか電話できないと話していたからまだ知らせていませんけど・・・」
 「いえ、そうではなくて。奈々子には教えていただいてまったく問題ありません。あの、ちょっとお聞きしたいのですが・・・」
 「はい、どうぞ」
 「お母さんはどうして由香の携帯を使って、私に電話をかけたりできるのですか?あの、なんていうか、そのパスコードがあるじゃないですか・・・勝手に開けないようにするための防止で、ロックするために・・・。しっかり者の由香がロックをしていないとは考えられないので・・・、その・・・」
 「はいはい、パスコードのことね。あら、最初に話しませんでしたか?失礼しました。それは不思議だったでしょうね。実は、由香が私たちにいつか生きたまま天に上がると初めて話した日に、携帯電話のパスコード、3つくらいある銀行カードとそれぞれの銀行印、暗証番号とそれぞれの通帳を鍵のかからない引き出しに入れておくと話していました。いつ、それが起こるかわからないから、私たち夫婦が自由に使えるようにって。そこには、自動車のスペアキー、会社のものと思われるロッカーのキー、あとは銀行の金庫の預かり証、生命保険の保険証券なども入っていました」
 「そこまで準備していたのですね・・・」
 「本当に、すぐにでも起こることだからと何度も何度も言っていました。私にとっては、新興宗教のように思えて、まったく聞く耳をもたなかったのですが。今でも狐につままれた感覚で、会社の方にも急にいなくなったとしか言えてなくて・・・」
 「由香は、私にもそうでしたが、ご両親にも必死に訴えていたのですね」
 「主人の前では、話すことはしませんでしたが、私と二人で買い物に出かけるたびに、『お母さん、私がいなくなってからでも遅くないから、イエス様の事を信じてね。そしたら、天国で会えるからね』と言っていました」
 「由香の言うとおりだと思います。私はもう信じました。私は、由香やココに再会できることを励みに生きていくつもりです」
 「私はまだそういう風には、とても・・・」
 「時間をかけてもいいと思います。私も今色々勉強中ですから、偉そうなことは言えませんが。でも、確かにイエス・キリストは救い主で、そのことを信じている人々を天国に引き上げられたということはわかりました。それ以上のことがわかれば、また連絡します。由香のこと、色々教えてくれてありがとうございました」
 「いえいえ、こちらこそ。私たちは頭が固いようで、実際に由香がいなくなっても、まだ信じるということが難しいのです。また、良かったら時々話を聞かせてください」
 由香のお母さんとの電話を切った後、すぐに主人が帰ってきた。由香のお母さんから聞いた話をしながら、親子丼を完成させ、食べ始めた。

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