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怪談

私の実家は海と山の距離がとても近く、港町でありながらも住民の半分は山あいで暮らしているという少し変わった港町にある。

とても小さな町で、町というより集落といった方が妥当な感すらある古く小さく静かな港町の山側にある旧家が私の実家である。

旧家とはいっても四代ほど前の当主が事業に失敗し、祖母が小さな頃に自宅すらも一時赤札が貼られたと伝わる没落の限りをつくした名ばかりの旧家だ。

いわゆる『女系』の一家で滅多に男児が生まれない家系であり、没落の原因を作った当主はめずらしく産まれた男児だったという。

そのような面白い話は伝わっているが、結局のところ金もなければ名声もなくただただ古く汚い家系図が残るだけの古い家だ。

ただし歴史がきちんとある家ゆえにもはや誰もいわれのわからなくなった謎の古い墓石らしきものが庭の隅にたくさんあったり、道祖神らしきものがひっそりと庭に佇んでいたりはするのだ。

それなので隣家のお婆さんからの申し出も「まぁそんなこともあるのかな」と母が軽い気持ちで受け入れてしまった事がすべての始まりであった。

私が結婚し、家をでていった年の冬の話である。

*********

ある薄暗く寒い冬の日曜日、母が外で庭の落ち葉をかき集めていると隣家のお婆さんが庭の境目の柵から

「城石さーん!城石さーん!」

と叫びながら手を招いてるのが見えた。

お婆さんとはいっても母より10ほど年上なだけであり、まだ若い頃の面影を残している程度の歳でまだまだ元気な歳だ。


母はなんだろうと思い柵に近付いていった。

すると隣のお婆さんは少し困ったような顔で話し始めた。

「あのねぇ、城石さん。

もうお宅のお爺さんが亡くなってるから少し言いづらい話なんだけどね、昔ね、あなたのお父さんから預かったものがあるのよ。

置くとこがないからちょっと預かってくれと言われてずっとそのままうちが預かってるの。

古いお墓。

お爺さんから聞いてないかしら?

私達もそろそろどうなるかわからない年になってきたし、そろそろ引き取ってもらえないかしら?」

母はまるで覚えがなく突然の事で面食らったが、先述した通り城石家には謂れのわからない謎の墓群がある家であるし、祖父は民俗学的なものを個人で調べるのが趣味であった人なのでまぁそんなこともあるのかなと思った。

それに何十年も『良きお隣さん』であった彼女がわざわざ我が家と今更トラブルをおこすような事を言うわけがないという気持ちも多分にあった。

「そうなのね。うちのお爺さんからはなにも聞いてないけどそれなら引き取るね。

ちょっと徹さん呼んでくる」

母は隣家のお婆さんにそう告げて、徹さんこと私の父と二人で隣家のお婆さんに導かれ隣家の庭においてある古いお墓らしきものの前に立った。

お墓らしい風体ではあるがいかんせん古く、白い苔のようなものがこびりついたそこそこの厚さの欠けた石板のようなものだった。

50cmほどの高さで、表面になにか文字が刻まれていたようではあったがもはや読み取れはしなかった。

父が持ち上げようとするとズッシリと重く、手で運ぶにはあまりにしんどいということで"ねこ"を持ってきて"ねこ"で我が家の庭にそのお墓は運ばれてきた。

その日はとりあえず墓石群の横に置いておこうという話になり、父と母は墓石群の横にそっと墓石をおろし、その日は暮れていった。


その日の夜中、母は異様に魘されて目を覚ました。

汗と動悸がすごかった。

夢の中で誰かがずっと呼んでいるのだ。

母の名前ではない名前を誰かが母にむけてずっと呼んでいるのだ。

男性のものらしき声でずっとずっと呼んでいるのだ。気味が悪い。

猛烈に吐き気と目眩がし、立ち上がれず母は仕事を休んだ。

父は「お墓の呪いか?」等と茶化して笑ったが、冗談ではなくそんな雰囲気があったので母はうんざりしながら父の冗談を聞き流した。

翌日、母は「調子がいいとは言えないが仕事にはなんとかいける」程度に回復し、翌日から日常へと戻った。

当時はまだ父母ともに仕事をしていたため、翌日からも古いお墓は墓石群の隣で1日を過ごした。

母はやはり夜中に悪夢を見て何度も起きたそうだ。

体調はずっとやや悪い状態であり、いい加減何とかしてほしいとうんざりしてきたある日の真夜中、母はアレと出会った。


 真夜中だったので寝室に一人で眠っていたが、 唐突な息苦しさに目が醒めた。

とにかく息が苦しく腹部がずっしりと重い。

なにかに乗っかられているような感覚がある。

目を開けたらなにか怖いものが見える気がして怖かったが、なんとか薄目を開けると何か黒い影のようなものがモヤモヤと腹部に乗っかっていた。

モヤモヤとしてつかみ所がなく、なにかの形であるわけでもなく、とにかく黒いモヤとしか表現できない物体だった。

それはずっと動かず、何かをぶつぶつぶつぶつと呟くばかりだ。

苦しい苦しい、と訴えてみてもどうにもならず、苦しいまま長い時間が流れた。

体力的なものも、気味の悪い呟きを延々と聞く精神的負担も雪だるま式に膨れ上がり母はもう限界に近づいていた。


もう駄目だ、と思った。

私はこのお墓の呪いらしきものに負けるんだ。

そう思った瞬間、ふわりとした柔らかな感触が頬にあらわれて母は息を飲んだ。

このふんわりとした心地よい柔らかさにはとても覚えがあった。

緑朗だ。

しなやかでふんわりと多毛な感じの毛の感触。

姿は見えなくてもわかる。

猫の緑朗だ。

実家にもう一匹いる猫のメイちゃんは毛が固めでざっくりとしているのでふんわりとした感触だけで緑朗だとわかる。

母はしぼりだすように

「緑朗、お母さんを助けて」と呻いた。

すると緑朗の鋭い鳴き声が頭に響きわたり、カッと部屋中に光が溢れだし影は切り裂かれるように光に侵食され消えていった。


その瞬間、母はいつもの布団の上で汗びっしょりで目が覚めた。

いつもの寝室。

1人で寝ている寝室だ。

先ほどまで頬に残っていた緑朗の感触は遠退き、そこにはなにもいなかった。

当然だ。

緑朗はずいぶん前に亡くなっている。

ふらりと立ち上がり、水を飲みに行こうとすると体調が嘘のように良かった。

助かった。

緑朗が私のために悪いものを追い返してくれた。

母はとにかく緑朗が愛しくて愛しくて寂しくて寂しくて泣いた。

母はその日の翌日、すぐにお寺の住職さんにお墓の魂抜きと緑朗を含めた一族のお墓へのお経をお願いしたという。

緑朗には緑朗が大好きでよく肩まで登ってきて無理矢理舐めとっていったバニラのアイスをお供えしたという。

そこから怪談めいたことは何一つ起こっていない。

***********

この事件がおきたあと、母はしばしば私にこの事件を「緑朗の勇敢なエピソード」として得意気に語るようなった。

猫が嫌いで私が緑朗を連れてきたときも

「猫より犬の方が良かった」

等とぬかした母はもうどこにもいない。

このエピソード自体は怪談話のテンプレートのような話なので母の思い込みのような気もするのだが、あの猫があまり好きではなかった母がこんなに猫を愛するようになるとは面白いものである。

猫には不思議な力がある、などと巷でいうが本当に彼らにはなにかあるのかもしれない。


何はともあれ母の窮地を救った素晴らしき緑朗よ、いつまでもいつまでも母も私もあなたが好きだし愛しているよ。

愛は祈りであり力だ。

すべての猫に幸あれ。

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