君の求愛方法は間違ってる1

《束縛暴君》


 間違ってる。全部間違ってる。

 この性に合わないゆるく巻かれた栗色の長い髪も、今時のアイドルみたいな左分けのパッツン前髪も、マスカラで伸ばした長い睫毛も、ピンク色のチークも、薄づくグロスも、ピンク色のスマホカバーも、全部全部、間違ってる。

 私は一体、いつどこで道を踏み外してしまったのだろう。


「ひなちゃん! 30分も連絡返さず何してたの!?」

「授業だね」

「後5分返信が無かったら僕A組乗り込むところだったんだからね!」


 目の前には今にも泣き出しそうな表情をした幼馴染みの姿。私はこいつに引っ張られ、いつの間にか空き教室に連れ込まれていた。その所為でお昼休みだって言うのにお弁当を教室に忘れた。最悪だ。


 何をしていたかって、授業に決まっている。先生のありがたいお話を一生懸命聞いていたに決まっている。そもそも4限が始まる前の10分休みに会ってるし、教室に送り届けたのはお前だろ!

 前野の授業中にスマホを使っていたことがバレてみろ。私のスマホは今頃バッキバキだぞ。寧ろ褒めて欲しい、最初の20分弱は連絡返せてたこと、褒めて欲しい。


 大体、たった30分、メッセージを返さないだけで鬼電までしてくるなんて頭がおかしいとしか思えない。

 だから吃驚し過ぎて思わず携帯の電源を切ってしまったらこれだ。元々ミュート設定にしていて良かった。

 前だって、ちょーっとバイト先の人たちとご飯に行っただけで鬼電鬼電鬼電鬼メッセージ鬼電終いには迎えに来やがった。場所なんて伝えていないのに突然席までやって来て思いっきり腕を引っ張られたから、きっと私にはGPSでもついているんだろう。いや、"つけられている"が正しい。


「僕より前野が大事だって言うの!?」

「は?」

「何で前野の話は熱心に聞くのに僕に連絡はしないの?」

「はぁ?」

「まさか僕よりも数学の成績の方が大事だとか言わないよね?」

「……」

 ……当たり前だろ。


 幼馴染み……ひなは一般的に見てかなり面倒だと思う。ていうか実際かなり面倒だ。

 彼氏でもないのにいちいちどこに行くのか、誰に会うのか、何をするのか、事細かに聞き出そうとする。私が男と遊ぼうもんならスマホの電源を切られ1日中ひなの部屋に監禁される。

 ぶっちゃけ心底めんどくせー、と思う。


「次からはちゃんと15分以内に返事する?」

「うんする」

「僕の電話には3秒で出る?」

「うん出る」

「ねえ僕のこと好き?」

「うんす……はぁ?」


 こいつ私に何言わせようとしてんの? 頭イカれてんじゃないの?

 出来ないって言っても無理矢理出来るって言わされるのがオチなんだから、大人しく降参しようとしたらこれだ。


「ほらそうやっていっつも僕の欲しい言葉だけくれない。僕はこんなにもひなちゃんが好きなのに。もう僕怒った。ひなちゃんが添い寝してくれなきゃ死んじゃう」

「はいはい」

「どうしたら好きになってくれるの?」


 “――ひなが好きになってくれたら考えるよ。”その言葉はぐっと喉の奥底まで押し込んだ。


「今更幼馴染みに恋愛感情とか湧かないでしょ」

「……」


 ひなは下を向いて小さな声で「帰ろう」呟いた。


「……早いよ」

 だってまだ午後の授業が残っている。今週を乗り切れば夏休みに入るってのに、私の返答でひなは相当参ってしまったらしい。ひなの綺麗な顔から一切の生気が消え、今にも本当に泣き出してしまいそうだ。


 その理由は、私には到底理解出来ない。

 男の人って、「愛してる」「結婚しよう」「きみだけだよ」だなんて容易く口にするけれど、それはきっと自分に愛が向く為の巧妙な手段でしか無いのだろう。その言葉を口にしていれば自分が愛されることを知っているのだ。


 ずるい。

 だから私にはもうお手上げで、「いいよ、帰ろっか」そう言ってひなのひんやりとした手を握るしか出来なかった。


 私は何だかんだでひなに弱い。ひなはきっと私がいないと何も出来ないし、弟みたいでつい可愛がってしまう。

 ひなは小さい頃に病気でお母さんを亡くしていてシングルファザーだし、そのお父さんだってもう何年も海外出張中で、隣の大きなひなの家にはひなと少し太った猫しかいない。

 その猫だって、河原で捨て猫を発見した時にひながどうしても飼いたいと懇願するもんだから、中学1年生の時に私が飼い方から何から調べ尽くして飼うことになった。何も出来ないひなの為に私が代わりにお世話をしてあげてる。それは高2になった今でも毎日続いてる。

 猫はずっと飼いたいと思っていたけど、うちはお母さんが猫アレルギーだからひなの家で飼えるならと、乗り気だったのはきっと私の方だろう。

 というか、お世話してるのは猫だけじゃないし。ひなのこともだし。


 ――だだっ広い、ひなの家に着く。

 ソファに座りスカートのポケットに入れていたスマホをテーブルに置けば、丁度画面が光った。


 ……終わった。

 そう思った時にはもう既に遅く、私の視界いっぱいにひなの綺麗な顔が広がっていて、両手はガッチリとひなの右手に押さえつけられている。

 ひなの綺麗な黒髪が垂れる。
 押し倒されてる状況なのに、ひな髪伸びたなーとか、ニキビ1つない陶器みたいな肌だなーとか、色素の薄い瞳の色が綺麗だなーとか、そんな取り留めもないことばかりが脳内を巡る。


 だってこうなったらもう逃げられないの、知ってる。


「なーんで俺だけじゃダメかなあ、ひなこは」

 いつもの僕キャラは崩れ去り、甘ったるい“ひなちゃん”呼びも消えた。左手でシュルシュルとネクタイを緩める姿はあまりに煽情的で、思わず目を逸らした。


「ッ」

「ちゃんと目見て」

 目を逸らせばひなの右手に力が入る。思わず痛みで眉間にシワを寄せてしまった。


「“ひなこカバン無いけど帰った? カラオケの約束忘れてんだろ”だって、ひなちゃん?」

「……それは、女子もいっぱい、いるし……」


 やっぱり、さっき私のスマホに届いた“男”からのメッセージが気に入らなかったらしい。


「へえ」

 “へえ”とか言いつつひなは怒りが収まらないみたいで、私のお腹をさらりと撫でては、ブラウスの中に手を忍ばせた。

 くすぐったくて身をよじればそれさえ許してはくれず、足の間に膝をグッと押し込まれてしまった。

 ひなの腕は慣れたように背中に周り、ブラのホックを外した。


「なに腰浮かしてんだよビッチ」

「……ビッチじゃないもん」

 だって拒んだら嫌われるじゃん。


 ブラウスのボタンが外されていく。私の両腕を押さえつける右手はすごく力強いのに、左手はなんだかあまりにも優しい気がして頭の中が混乱する。

「まだ真っ赤」

 ひなの細長い指が鎖骨をすべる。そこには無数の赤い痕がある。案の定、ひなは今日もそこを強く吸っては痕を残す。いつの間にか腕の拘束は解かれ、左手が私の腰を優しく抱いた。

「んっ」

「ここ気持ちーの?」


 胸を舐められたり、お腹を吸われたり、耳に息を吹きかけられたり。声が出ないように口を噤むのが精一杯で、けれどやっぱり今日も漏れてしまった。


「ひなちゃん太ももの内側弱いよね」

「……」

「何か垂れてきてるよ」

「ッ!」

「へえ、こうやって無理矢理されるのがいいんだ?」

「ち、ちがっ、んん」


 やっとで今日初めてのキスが唇に降り注ぎ、思わずこめかみを涙が伝った。キスのオマケなのか、キスがオマケなのか、スカートの中に侵入した指は簡単に秘部を弄ぶ。思わず浮いてしまう腰にひなが優しく微笑んだ。

 もう両手は解放されているのに私はひなを押し退けることもせず、快楽の波に身を任せていた。それなのに中には入れてくれなくて、垂れてくる液体で蕾を撫でるだけ。


「ひなちゃんってこれだけでイっちゃうよね」

「そんなこと、」

「こうやってゆっくり優しく撫でるとさ」

「んっ、んん」

「ほら、変態だから」


 私の身体がおかしくなったのはひなの所為だ。ひなが変態だからだ。

「も、だめ……っ」

「うん、いいよ」


 ひなに触れられただけで果ててしまう私が変態なんだろうか。ひなの熱い視線に、お腹の奥底が熱くてきゅんきゅんと苦しい。


「はい、よく出来ました」


 そっと落ちたキスと頭を撫でる優しい手。思わず目を瞑った。


 ――ねえ、ひな、好きだよ。

 どうしてひなは好きになってくれないんだろうね。


・・・

 目を覚ませば服の代わりにタオルケットが掛かっていた。26度設定のクーラーの風がふわりと頬を撫でる。

 何時だろう。この広い広いリビングにひなの姿はない。

 カーテンの隙間から洩れる明かりはもう茜色だ。長い時間眠っていたらしい。だるい体を少しよじれば、階段の方から鈴の音がした。

 その音が聞こえたことで、この家には既にひながいないことを理解できた。


「ミャー」

「みーお」

「ミャア」


 猫専用出入り口からリビングに入って来たみおはソファまで飛び乗って私の手に頬を擦りよせた。顎を撫でてやればごろごろと喉を鳴らす。


「お腹すいた?」

「ミャー」

「みおは素直でかわいいねー」


 ソファに座りなおして、テーブルの上に置かれていたひなの部屋着を身につける。制服はなくなっているから、きっとハンガーにでも掛けてくれたんだろう。……カラオケ、返事すらしてないや。

「みおおいで、ご飯」

 オスなのにみお。ミャアミャアと鳴く声は女の子みたいに可愛いし似合ってると思う。

 キッチンに行き猫缶を開ければみおが喜んで擦り寄る。またちょっと太った気がする。絶対にひながお菓子あげすぎるからだ。


 みおの頭を撫でながら「ごめん、体調悪くて早退した。カラオケまた今度誘って」とメッセージを返す。ひなからは何も連絡がない。

 代わりに、お母さんから「ご飯いるの?」とメッセージが来ていた。それに「いる」とだけ返せば、それはすぐに既読がつき「日向くんは?」と。小さな小さな溜め息を吐いて、「ひなは要らないよ」返した。


「みおがいなかったら、私たちの繋がりってもう切れてたかもね」

 みおは私の言葉なんて無視して、ゆっくりとご飯を食べている。


「いてくれてありがとう」


 立ち上がりキッチンを出て階段を上る。ひなの部屋にあるクローゼットを開ければ、ひなの制服も同じように掛かっていて、また小さな溜め息が溢れた。


 ――制服を手に持ったまま帰宅した私を見るなりお母さんは「またひなたくんの家?」と呆れたように笑った。

 ひなが好きなゲームのイカのキャラクターが描いてあるTシャツを着ていれば嫌でもわかるか。

 時計を見れば18時半をまわっていたけどお父さんはまだ帰っていないみたいで、お母さんと2人でご飯を食べてお風呂に入り部屋でスマホを確認した。


“みおに餌あげといたよ”

 いつもなら秒でつくはずの既読も、こういう時に限っては何分経っても何時間経ってもつくことがない。

 ひなはここ2ヶ月、平日土日と関係なく夜に家を空けることが増えた。増えたと言っても週に3〜4日くらいだけど……。でも、私がバイトで夜にいなかった時は怒ったくせに。すぐに辞めさせたくせに。どうしてひなは良いんだろう。私が何も言わないから?

 ――なんで、女の人の香りさせて帰ってくるんだろう。

 男の人っていつもずるい。甘い言葉で心を奪っていくくせに自分の心はいつまで経っても開いてくれない。


「お母さーんひなん家で勉強してくるー」

「はーい、行ってらっしゃい」


 サンダルを引っ掛けてコンクリートを蹴る。思わず家を飛び出したけど、本当何してんだろうってひとり虚しくなった。

 合鍵でひなの家に入ればひなの香りが全身を包む。薔薇の甘い香りがする、クロエの香水。大好きなひなの香り。


 洗濯機を回し、掃除機を掛けて、ひなが帰って来たとき用にご飯を作る。ひなが大好きなオムライスとオニオンスープ。ラップをかけて冷蔵庫にしまう。テーブルの上には「ご飯あるよ」とメモを残した。

 ひながちゃんと食べてくれてるの、知ってるよ。


「みおー。ひな帰って来ないね」

「ミャン」


 浴室乾燥をオンにしてひなの服を干していく。……あ、やば。ひな帰ったらお風呂入るかも。……まあいっか、洗っちゃったし。


 ソファに寝転がってバラエティ番組を観る。ひながいないとこの家こんなに静かなんだなあ。寂しいって、こういうことを言うのかもしれない。


 ――制服を手に持ったまま帰宅した私を見るなりお母さんは「またひなたくんの家?」と呆れたように笑った。

 ひなが好きなゲームのイカのキャラクターが描いてあるTシャツを着ていれば嫌でもわかるか。

 時計を見れば18時半をまわっていたけどお父さんはまだ帰っていないみたいで、お母さんと2人でご飯を食べてお風呂に入り部屋でスマホを確認した。


“みおに餌あげといたよ”

 いつもなら秒でつくはずの既読も、こういう時に限っては何分経っても何時間経ってもつくことがない。

 ひなはここ2ヶ月、平日土日と関係なく夜に家を空けることが増えた。増えたと言っても週に3〜4日くらいだけど……。でも、私がバイトで夜にいなかった時は怒ったくせに。すぐに辞めさせたくせに。どうしてひなは良いんだろう。私が何も言わないから?

 ――なんで、女の人の香りさせて帰ってくるんだろう。

 男の人っていつもずるい。甘い言葉で心を奪っていくくせに自分の心はいつまで経っても開いてくれない。


「お母さーんひなん家で勉強してくるー」

「はーい、行ってらっしゃい」


 サンダルを引っ掛けてコンクリートを蹴る。思わず家を飛び出したけど、本当何してんだろうってひとり虚しくなった。

 合鍵でひなの家に入ればひなの香りが全身を包む。薔薇の甘い香りがする、クロエの香水。大好きなひなの香り。


 洗濯機を回し、掃除機を掛けて、ひなが帰って来たとき用にご飯を作る。ひなが大好きなオムライスとオニオンスープ。ラップをかけて冷蔵庫にしまう。テーブルの上には「ご飯あるよ」とメモを残した。

 ひながちゃんと食べてくれてるの、知ってるよ。


「みおー。ひな帰って来ないね」

「ミャン」


 浴室乾燥をオンにしてひなの服を干していく。……あ、やば。ひな帰ったらお風呂入るかも。……まあいっか、洗っちゃったし。


 ソファに寝転がってバラエティ番組を観る。ひながいないとこの家こんなに静かなんだなあ。寂しいって、こういうことを言うのかもしれない。


・・・

「……ひなちゃん」


 ひなの声がする。……何か、甘い。煙草とお酒の匂いも入り混じった甘い香り。いつものひなの香りじゃない。


「え!?」

 バッと起き上がれば目の前にはひながいて、カーテンの隙間からは青白い光が漏れている。何か、デジャブ。


「ひなちゃんもしかして僕がいなくて寂しかった? 何それ可愛すぎる勃ちそう」

「……どこ、」

「ん?」


 "どこ行ってたの?" だなんて無粋すぎる。それでもきっとひなは私が言わんとしたことを察したはずだ。

 それなのに、それなのに笑顔でニッコリ首を傾げるんだから嫌になる。わかってるくせに、ずるい。

 こんなの絶対に間違ってるのに。


「何でもない」

 それだけ返し立ち上がる。「ひなちゃんご飯作ってくれてたでしょ! もう本当大好き」ひなは嬉しそうに私の頭に手を置いてキッチンに行ってしまった。

 ひなが動いた瞬間、ふわりと香った甘い甘い香りに目の前がグラつく。


「……彼氏、作ろうかな」

 ポツリ、溢れた小さな本音。
 
「は?」

 それでもひなの地獄耳は聴き漏らさなかった。もうどうでもいい。全部どうにでもなればいい。


「ひなこ今なんつった?」

「……」

「おい」

「彼氏作ろうかなって言ったの!!」


 自分はどうせ女いるくせに! それなのにどうして私に執着するの。頭湧いてんじゃないの。


「もうひなといるの疲れた」

「……へえ、好きにすれば」


 あぁ、呆れられた。でもこれで良かったんじゃない?

 鈴の音が青白い部屋にチリンと響いた。





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