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予告

 四宮は、新入社員の藤堂の世話係になった。仕事で分からないことがあると、スーッと椅子をすべらせてパソコンの操作から何から藤堂に細かく教えていた。

 残業になり、課内に二人きりになったとき、突然藤堂が変なことを言い始めた。

「シノさん、うちの社屋に爆破予告が出たの、知ってます?」

「はあ? うちみたいな小さい会社、爆破しても仕方ないだろ」

「そうっすよね。今週金曜日らしいんで、休みになりますかね?」

「そうだなあ……まあ在宅勤務にはなるかな」

 次の日には社内に通知が出て、金曜日は全員在宅勤務になった。ただ、結局は何も起こらなかった。それからというものネタとして「また出勤禁止にならないかな〜」とか「書類全部燃えればいいのにな〜」とか二人でふざけて言い合っていた。

 別に藤堂の勤務態度が悪かったことはなく、至ってふつうの若者だとは思う。一度だけ、藤堂って変なやつだなと思ったことがある。昼飯に誘って、安いうどん屋に入ったのだけど、奢ろうとするとやめてくれと言うのだ。

「いくらうちが薄給ったって、そんなに高いもんじゃないんだから気にすんなよ」

「大丈夫っす」

 藤堂は首を振るばかりだ。

「少しぐらい先輩ヅラさせろよ」

「いや、俺が嫌なんすよ。何か俺の労働力を金で買われるみたいな気がして。シノさんはそんなことないってわかってはいるんですけど」

「奢ったくらいで、俺の仕事までお前にやってもらおうなんてしないぜ」

「わかってますけど、気持ちが悪いんです」

 そこまではっきり言われてしまったらと、四宮は出した財布を引っ込めた。

 爆破予告の一か月後くらいに、今度は放火予告が出た。犯行時刻は深夜だった。

「どうせなら日中にしてくれりゃ、一日家にいられたのにな」

 四宮がそう言うと、藤堂は笑った。

「定時退社命令が出てるんで、残業はできませんよね」

「まあそうだけど、藤堂、今度のプレゼンの資料早めに仕上げとけよ。残業できないんだから家でやることになるぞ」

 藤堂は、口では大丈夫っすよと言っていたが、少し不満そうな顔を見せた。

「まあ、今度も結局何も起こらないんだろうけどな」

 四宮の予想通り、その日も特に何も起こらず、次の日普通に出社した。

 だが、夕方に驚くことが起こった。定時のチャイムが鳴る頃に、上司と警察が一緒にやって来て、藤堂を連れて行こうとしたのである。爆破と放火予告の重要参考人だということだった。世話係であった四宮にも少し話を聞きたいと上司が言ったが、今まさに藤堂が警察に両腕を掴まれて部屋を出て行こうとしているところで、四宮は思わず、

「藤堂!」

 と呼びかけた。いつものように笑顔で「シノさん、大丈夫っすよ」と言ってくれるのかと四宮は思ったが、藤堂は全く表情を変えずにこちらを振り向くこともなく、大人しく警察の動きに身を任せて歩いて行った。

 あいつ、何を考えていたんだろう?

 四宮は藤堂が毎日どんな思いで仕事をしていたか、全く知らなかったことに気がついた。一番近くで仕事をしていたはずなのに、何も気づかなかった。

 あいつを追いつめたのは俺だったのか? 

 そう思うと、四宮は無性に怖くなった。

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