一路真実

星屑書房主宰。物書き。

一路真実

星屑書房主宰。物書き。

最近の記事

予告

 四宮は、新入社員の藤堂の世話係になった。仕事で分からないことがあると、スーッと椅子をすべらせてパソコンの操作から何から藤堂に細かく教えていた。  残業になり、課内に二人きりになったとき、突然藤堂が変なことを言い始めた。 「シノさん、うちの社屋に爆破予告が出たの、知ってます?」 「はあ? うちみたいな小さい会社、爆破しても仕方ないだろ」 「そうっすよね。今週金曜日らしいんで、休みになりますかね?」 「そうだなあ……まあ在宅勤務にはなるかな」  次の日には社内に通知

    • 私にハマる男たち

       不思議だなぁと思うのだけど、各時代でなぜか私にハマる男たちというものがいる。簡単に言うと男友達だけど、彼氏になるわけではなく、一時期私にハマってよく遊んで去って行く男たちである。  高校時代のAくんは、毎晩電話をかけてきて自分の恋愛相談を延々とした。あまりに話が長いので、私はテレビを見たり次の日の予習をしたりしながら聞いていた。よく喋る人で、まあ電話代はほぼ彼持ちだったからいいのだけど、高校最後の年は本当に彼と喋ってばかりいたなあと思う。Aくんの大学合格発表の日には、番号

      • 濃厚接触したい僕

         マスクが日常的になった今、僕の最大の悩みはどうやって彼女とキスをするかということだった。  付き合って半年、休校になる前は体を近づけることが精いっぱいで、やっと学校が再開したとはいえ先生からはマスクをしろ距離を保てと怒られている。先生たちも生徒の濃厚接触を危惧しているようで校内ではいつも以上に目を光らせているから、放課後、僕たちはわざわざ校門の外で待ち合わせをした。  彼女は電車通学なので、僕は自転車を押しながら駅まで送っていく。彼女の横顔をちらちら見ていたが、夕陽に光

        • カワイイものが好きな男の話

           「おじさんはカワイイものがお好き」というドラマが好きで見ていたのだけど、私も同じ経験をしたことがあるとふと思い出した。  それは大学二年生のときのこと。キャンパスの入口のベンチに座って彼氏を待っているときに、声をかけられた。 「一路さん?」  近づいてきたのは、高校三年生のときに同じクラスだった男の子だった。まさか彼が同じ大学に入学していたなんてと驚いた。私が上京するとき彼は東大に落ちて浪人していたから、全く知らなかったのだ。  連絡先を交換した後から、彼はときどき私を

          やっぱりドラマが好き!

           この文章はかなり前に書いて保存したままになっていたもので、内容は古いのですが、せっかく書いたのでアップします。 ***    今クールのドラマは結構面白いドラマがそろっていたので、今回はやっぱりドラマが好きという話。  まず、月曜日は「珈琲いかがでしょう」。コナリミサトの漫画をドラマ化したもので、私は漫画を先に読んでいたのだけど、主演の中村倫也が主人公の青山さんそのものでびっくり。同じコナリミサト原作の「凪のお暇」のゴンさんのときはだいぶ見た目が違っていたので(まあそれは

          やっぱりドラマが好き!

          今の私

           洗面台の前に立っていて、今日一日仕事であったことをあれやこれやと思い出していると、どんどん落ち込んできて酒でも買ってこようと思った。髪はアップにまとめて、Tシャツとハーフパンツにサンダルをつっかけた。  大学を卒業してから三年経ち、やりたい仕事には就けたけれどなりたい自分になれたのかなと思いながら、暗い道をとぼとぼ歩いて少しため息をついた。 「田中さん?」  コンビニから出るときに、そう声をかけられて振り向くと、大学の同期だった藤原くんが立っていた。 「いやいや、お

          バランス

          「一つ、持とうか?」  スーパーの帰り道、両手に荷物を持っている彼氏に声をかけた。  今日は彼氏の誕生日で、私の家でたこ焼きパーティーをしようと食材やら酒やらを買い込んでいた。 「いや、これはこれでバランスが取れてるから」    それ、どういう返事よとツッコミたくなったけれど、まあいいかとほっといた。  すれ違った女子高生と目が合った。先週まで別れるかどうかでもめていた二人には見えないんだろうなと思った。私もよくバランスを保ったものね。 「ロシアンルーレットたこ焼き

          美女の共有

           居酒屋でふざけて彼氏のスマホを手に取ったとき、開いたロック画面が知らない美女の少しピンぼけしたポートレートで、私は驚いて「誰これ?」と汚いものを触ったように慌てて返した。 「知らないけど、Twitterで見つけた人。めっちゃ美人なんだもん」  あっけらかんと言うなぁと少し感心してしまった。  そんな私の視線に気づいたのか、「美人はみんなで共有でしょ」と、これから怒ろうとしている私の方が変だと言わんばかりに先手を打たれた。  そうかもしれないけど、他の女性をロック画面

          美女の共有

          静寂の音

           彼と別れた後あまりにも悲しくて、私たちは結ばれる運命の上にいなかっただけだと言い聞かせるようにして、一人でよく歩いていた。  横断歩道の前で立ち止まると、小雨が降ってきた。  同じように赤信号で停車しているバスがワイパーを動かし始める。  定期的なガシャンという音だけが辺りに響く。  静寂を際立たせる音だ。  そういう運命を受け入れようと思った。

          静寂の音

          ヤマンタ

           何気なく、コンビニで弁当をつめる店員の名札を見たら、ヤマンタという名前だった。  菱形の大きな海中生物が、山の上をゆっくりと飛んでいく様子をイメージしながら、手際良い動きを眺めていた。  袋を受け取るときに、もう一度見るとヤマシタだった。  そうだよな、とちょっとにやけて店を出た。

          ヤマンタ

          ペットの王様(4)

          「ええから、頭下げろって」  レオは無造作に遥の頭をつかんだ。 「痛いってば」  にらみつけた遥を無視して、レオは建物を見つめていた。 「ドルチェはあの建物の中におる」  白い木蓮の下を走って飛び出して行く。カラフルな背中を追いかけて、遥も慌てて駆け出す。大きなビルの中に、スーツを着た人たちが吸い込まれていく。その暗い隙間を縫うように、色彩を放つ異分子が紛れ込んでいく。 「あんな一等地の豪邸に住んどるんやで。ネットで検索すればすぐ出てくるわ」  二人が飛び込んだ建物は、ドルチ

          ペットの王様(4)

          ペットの王様(3)

           レオの仕事ぶりは目を見張るものがあった。一週間前に逃げたインコを一日で捕まえ、溝へ逃げたハムスターをマンホールの下から泥まみれで見つけ出した。どんなに無謀に思える依頼も、レオは必ずペットを捕獲してくる。遥はそんなレオを尊敬し始めていた。  ある日、二人は依頼の電話を受けて大豪邸に向かった。夫人はきれいな身なりに豪華な宝飾品を身につけ、長いネイルはスワロフスキーがちりばめられている。一通り状況を話した後、夫人は高額な報酬を提示した。 「あなたの腕を信用しているの」  犬探しの

          ペットの王様(3)

          ペットの王様(2)

           数日後、レオに指示された事務所に向かうと、古ぼけた喫茶店に着いた。 「おお、こっちや」  入口から見える位置に、左手を上げたレオの姿があった。 「事務所なんて言って、ここ喫茶店だし」  遥が座ると、マスターがメニューを持ってきた。 「虎太郎はいつもここを事務所のように使ってるのよ」  マスターの見た目は、豪快な髭を生やした小柄な男性だけど、女言葉を使いながら、しなやかな身のこなしでレオの肩をもんだ。 「勝手に本名を言うなや」  マスターはぺろっと舌を出し、ピンク色をしたエプ

          ペットの王様(2)

          ペットの王様(1)

           すっきりした上品な香りが鼻腔をすり抜け、張り詰めていた気持ちが途切れる。顔を上げた遥の目には、曇りのないさわやかな青空に向かって咲く、白い木蓮が映る。花びらと同じ方角を向き、つぼみが今にも咲こうとしている。この香りだ、とつい口元が緩むと背後から頭を押さえつけられた。 「何をにやけとんねん。行くぞ」  一緒に隠れていた男が、遥を追い越し、木蓮のつぼみが指していた建物の方へ飛び出した。遥も慌ててその背中を追いかけて走り出す。  男が初めて家を訪ねてきたのは、猫のモカがいなくな

          ペットの王様(1)

          #折本フェア場外

          「折本フェア場外」というハッシュタグを見つけました。 今回の折本フェアに登録している作品以外の折本を告知するものということなので、以前書いた折本の小説をアップロードします。 小説「ヌーダ・ヴェリタス」昨年の折本フェアに参加した作品です。クリムトの「ヌーダ・ヴェリタス」という裸婦像の作品をモチーフに、ちょっぴり官能的な小説を書きました。 ネットプリント番号(~8/28まで) セブンイレブン 35567336 ローソン系列 D2DNHDP6YQ 小説「Until th

          #折本フェア場外

          折本フェア参加作品

          おうちdeちょこ文というイベントの企画「折本フェア」に参加します。 「不安の種」inside編とoutside編という二つの小説を書きました。 あらすじですが… inside編は、恋人との同棲生活が、隣室の物音と彼女の植えた種によって、少しずつ変化していくという物語。 outside編は、美容師の元を訪れた探偵が、ある事件のことを語るという話です。 どちらの作品も、ちょっと不穏でミステリアスな小説になっています。 片方だけ読んでもどちらから読んでも楽しめるように書いた

          折本フェア参加作品