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【書評】事業開発の実践論(麻生要一)

私が何百冊とビジネス本を読んできた中でも”推薦図書トップ5”に確実に入ってくる、事業開発プロジェクトのマネジメント理論を解説した書籍。新規開発、事業開発に携わる人であれば、読んでおいて損はない一冊です。

最初の96ページまでは、正直ハズレの本だと思っていました。読み飛ばしながら読んでいましたが、そこでドロップアウトしなくて本当によかった。その後の章は示唆に富むものばかりで、特に事業開発のフロー(フレームワーク)は、自分がなかなか言語化できずに苦しんでいた部分をクリアにしてくれる驚きの内容でした。

大企業の中で事業開発を仕組み化しようとすると、どのような仕組みに辿り着くのか、を垣間見れた気がします。また、フレームワークと説明文章の節々からは、筆者が、大企業で新規事業の罠を回避するため実践してきた経験を追体験しているような感覚を受けました。「この本は使える」と思うのも、それが理由かもしれません。

新規事業の6つのステージ

本書では、事業開発を6つのステージに分け、それぞれのステージクリアの基準を儲けることで、制度的に新規事業をマネージメントする方法を示しています。個人でできるような小さな仮説検証から、徐々に仮説検証の予算規模が大きくなっていくのに対応したような仕組みになっていました。

1. ENTRY期

初期のアイデア(本書では"WILL"と呼ばれる)から事業仮説を構築していくステージ。

顧客:顧客はだれか。確かにそういう人や企業は存在するか。
課題:課題は何か。確かにそういう課題はあるか。それがどれほど根深いか。
ソリューション:その顧客の課題はその方法で解決できるか。確かに解決できそうか。代替手段はないのか。
検証方法:顧客、課題、ソリューション仮説が成立するための検証方法は何か。それが期間、予算内でできそうか。

大企業で事業開発に適用する時に、地味に重要になってくるのが、4つめの「検証方法」だと思いました。検証計画を事前に立てることです。個人やスタートアップで実施するのであれば、最低限の承認だけ得てすぐに実行に移す方が効率的だと思いますが、大企業では「上司がその上司に説明できること」が極めて重要になってくるため、計画を作ることが重要です。信頼性も上がるし、のちに振り返って検証もできるので、非常に大切なプロセスだと感じました。

そのほかの仮説検証は、いわゆるPMF(Product Market Fit)の項目です。しかし、FMFの最終項目である市場性の検証を次のステージに移している点が、実務的にこのモデルが使いやすい点です。筆者もその点について以下のように述べています。

”ここで大変重要なポイントは、ENTRY期の段階で揃えるべき事業仮説は上記の4要素「のみでよい」ということです。 企業の偉い人がよく質問する項目である、市場について、競合について、実現可能性について、事業計画について、収益性について、などの要素は一切必要ありません。これらはステージ2以降で加えるべきであり、ENTRY期に加える要素ではないことにくれぐれも注意してください。”(出所:本書p113より)

ただし、実際に自分がやってみる時には、ざっくりと「市場規模(狙うのに小さすぎないか)」と「技術トレンド(チャンスが全くない産業でないか)」の2点については、この段階でイメージをもっておいた方が効率が良いことがあります。その辺は、バランス感覚ですね。

まずはざっくりとイメージを掴んでおいてから、重要な項目から順番に詳細を検討していく。これが大切です。眼科の検診の際の機械のように、カタカタカタと、徐々に焦点を合わせていくイメージですね(?)。

眼科気球

アイデア構想段階であるこのファーストステージで最も大切なことは、顧客に仮説を問うループを何度も回すこと。「顧客視点」です。

大企業で成果を出せる優秀なサラリーマンの通常の仕事と、新規事業では、仕事の進め方が、全く異なります。

"企業内で働く「優秀な人」の仕事とは、「確認、事例、調査、会議、資料」を「社内、上司、先輩、競合」に対して行う。"(出所:本書p153より)

これにはドキッとさせられました。たしかに無意識のうちに、視点や意識が内向きになってしまうことがあります。常に顧客が全てであること、そのために社内を説得していくこと、この2つの順番を間違えてはいけないのだと改めて感じさせられました。

筆者は「300回顧客に行け」と主張されていますが、個人的な感覚では、土地勘がある分野での仮説ならば、10回もいけばある程度筋の良さや論点に当たりがつくように思います。実際は、そのあたりもバランス感覚でしょう。

2. MVP期

MVPとは、Minimum Viable Productの頭文字を取ったものです。「検証可能な最小限の製品」という意味で、最低限の機能だけの試作品を作り、仮説検証を行うステージになります。

ここでやるべきことは、「課題を持った顧客を実際に見つけること」「その人や企業に対してソリューション仮説の検証をさせてもらうこと」の2点です。これによって、「事業仮説を実証する」を達成する必要があります。

同時にこのステージでは「事業計画として成立させる」ことが必要です。少なくとも、上手くいけば、計算上は十分な利益を得る新事業になること、を確認することが目的になります。そのために以下の項目を検証します。

・売り方の設定と値付けを行う
・コスト構造の見積もりを行う
・時間軸を入れた損益予測を行い、事業性を示す

このステージは、プロダクトとプロポジションを確定させるステージと言えるでしょう。筆者はそのような表現はされていませんでしたが、「何を売るのか(プロダクト)」と「その製品のどんな側面を売り込むのか(プロポジション)」のマーケティングの基礎骨格である二大要素をここでしっかりと固めておくことが大事です。もちろん、ここでのプロポジションには、競合との差別化要素が盛り込まれていることが前提になります。

実際に走り出した後で方向性にフラついてしまうと、チームが瓦解しかねません。スピードを上げる前にしっかりと基礎を固めておく。そんな意識が大切だと思いました。

このステージで面白いのは、「顧客のところに行くスキル」というものを定義しているところでした。なるほど、たしかに実務的に、アポを取ったり、話を聞き出したり、仮説に対する率直なフィードバックを得たりすることには、ノウハウがあります。それを意識的にスキルとして認知したことがなかったので、非常に重要な視点だと思いました。

顧客のところに行くスキル
・次にいくべき顧客対象を見つけるスキル
・アポイントを獲得するスキル
・ヒアリングによって深い情報を引き出すスキル

自分の場合、これらのスキルは、新規営業の仕事の中で身につけたスキルでした。マーケットの最先端で生の顧客の声に触れることができる点では、フロントセールスほど勉強になるポジションはないと感じます。

(語弊はありますが)大企業だとフロントセールスに回されるのは、ゴリゴリの体育会系で基本アホだと思われてるやつです。当然メリットもあるし、必要性があるからそうなっているので、それ自体は否定しませんが、もう少し科学的なセールス体系が、広まればもっといろいろ良くなるのに、と思うところがあります。

3. SEED期

最初の製品を世の中に出す段階です。このステージでやるべきことは、「実際に商売を成立させること」と「グロースドライバーの発見」です。

「仮説が成り立つ(あり得る)こと」と「実際に売れること」の間には、大きな溝が存在します。

"「MVP期に成立した仮説が、SEED期にひっくり返る」という事態は十分に起きえます。私の感覚としては、MVP期を経てSEED期に昇格した事業のうち成立しないものは約半分ほどです。"(出所:本書p122より)

実際に売り出していくこのステージ以降は、マーケティングとセールスが重要になってきます。どのようなマーケティング、セールスを設計していくのかによって、実際に売れるかどうかの運命が決まるからです。

"ここまで、新規事業とは、「顧客、課題、ソリューション」のセットを成立させることだとしてきましたが、SEED期以降では、「営業・マーケティング手法の考案」が加わってきます。製品やサービスそれ自体と同じかそれ以上に、営業・マーケティング手法にもユニークさが求められることも少なくありません。"(出所:本書p128より)

またこのステージでは、「実際に、Primary  Customer(最初の顧客)を捕まえること、実績をつくること」のために、「Primary  Customerの要望聴取とその改善のループを回すことに注力し、プロモーションを避けること」が重要になるとされていました。

プロモーション(マーケティング)をこの段階で避けるべき理由は明確です。実感としてもまず間違いないと感じます(ここで先走って手を広げてしまうとだいたい失敗します)。

最も重要なのは、まずは一つ確固たるプロダクトとプロポジションを作り上げること。PMFで作り上げたプロダクトとプロポジションに対する初期仮説をオペレーションで動かしてみて始めて出てくる問題がたくさんあります。だからこそ、実際のオペレーションを踏まえたプロダクトとプロポジションを作り上げることは、また別のステップであり、ここではそれを作り上げることが最も重要です。

基礎がしっかりしていれば、その後の拡大期に自分たちが想定するターゲット以外から否定的なフィードバックを得た時でも、フラフラとブレることなく、自分たちを信じて進むことができるようになるはずです。

4. ALPHA期(シリーズA相当)

最初のグロースを実現する。マーケティング、セールスのアクセルを踏みまくり、顧客数拡大を目指すステージ。追加投資を獲得し、成長を加速させます。

5. BETA期(シリーズB相当)

事業を成長させ、既存事業と比較が可能な最小規模まで到達するステージ。既存事業と遜色ないガバナンスを構築し、会社内で「事業」として認めてもらうことを目指します。

6. EXIT期

新規事業としての枠組みを完全に卒業し、既存事業に匹敵する状態として認められることを目指すステージ。既存事業を凌駕する規模への投資戦略を策定し、社内での位置付け整理・IR方針の策定を実行する。

事業開発で使える1〜3の専門家を目指せ

実際、事業が大きくなっていく「4. ALPHA期(シリーズA相当)」以降は、事業の執行役員として経営を行うことが求められます。人と組織のマネジメントと、仕組み作りにリソースを多く割くようになります。

大企業で事業開発のプロとなるためには「1. ENTRY期」「2. MPV期」「3. SEED期」のプロセスを極め、種まきのプロになる必要があります。

もし、可能性のある事業の種が育ってくれば、横槍が入ることもありますし、経営レベルの役員が降ってくることがよくあります。ここは大企業でやっていくにはしかのない部分であり、自分ではコントロールできない要因です。

一つの事業と共に昇進していきたいのであれば、会社に従うのが最適解です。事業を創成期から支えた象徴的な人物として、昇進する可能性もあります。しかし、その道は非常に険しいものです。実際は、多くの人が関わり、多くの人の尽力によって事業が大きくなっていくものですが、選ばれるのはたった一人です。それも政治的な要因が多くを占めます。経営の実力で登用されることは稀です。そもそも経営の実力を図れる人などほとんどいません。それが大企業なのです。

一方で、どこでも通用する事業開発のプロになりたいのであれば、「1. ENTRY期」「2. MPV期」「3. SEED期」のプロセスを熟知し、実績に裏打ちされた専門家を目指すべきだと考えます。種まきのプロであれば、どこに行っても、テーマが変わったとしても、通用するからです。

高速で1〜3のプロセスを回し、経験を積めば、「自分なら売れる」という感覚が芽生えてきます。事業開発のテーマ選定は、場数が物をいう世界です。知識だけでなく、経験を通して、直感が磨かれてきます。何もないところに未来を描き、その絵で成功するためには、ここで磨かれた直感が何よりも大切な武器になります。

日本の多くの大企業では、事業開発のプロフェッショナルは職種として認められていません。今後、事業開発職が大きく認知され、そのプロセスが日本企業の発展を支えることを願っています。

参考書籍


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