![見出し画像](https://assets.st-note.com/production/uploads/images/36375218/rectangle_large_type_2_75f7e5d6c421e1a1f2d530902e53f027.jpeg?width=800)
ワコのあるきかた 終 再会・ワコのエピローグ
一緒に歩いていこうね
桜乃いちよう
あれから、実は一度だけ、ワコは『こゆびのかお』に会った。
ワコは中学生になっていた。
『こゆびのかお』は、小学四年生の時に消えて、それからは二度とワコの前に現れてこなかった。
ワコも、あんなに話していたのに、なぜか自分から会いたいなんて思わなかった。
『こゆびのかお』が現れなくなった毎日は、最初はすこし変な気がしたけれど、それならそれでいいと思っていた。
だから、会えたのは偶然だった。
ある晩遅く、ワコはベッドで目を閉じて、『こゆびのかお』を思い浮かべてみた。
いたずらのつもりだった。
まぶたの奥に、『こゆびのかお』の小さなりんかくが映った。
その奥にわずかな光にてらされた細い細い道がみえる。
その道をワコはずんずん歩いていった。
くらいくらい道を行くと、蛍光灯のともった部屋が見えた。
ワコは部屋をのぞいてみた。
灯りの下で、じゅうたんにトンボ座りをした女性が、ぽつぽつと指を動かして、キーボードを打っていた。
「こんにちは」
ワコが声をかけると、女性はゆっくり振り返って、ワコの方をみた。
「ワコ?」
『こゆびのかお』と別れた日、最後に見た表情のような顔の人がそこにいた。
「こんなところに来るなんて」
彼女はちょっと緊張していた。
彼女が『こゆびのかお』なんだ。
小指に現れていた『こゆびのかお』の表情は、小さすぎて、実はあまりワコには細かく見えていなかったようだ。
なんとなく、ワコの母親の顔に似ているような気がしていたけれども。
本当にちゃんとこうして会ってしまうと、知らない女の人のようにも見えた。
「ワコ、何か話したいことがあるのかしら?」
冷静さを取り戻したのか、女性は静かに、話しかけてくれた。
聴き慣れた、声だった。
もしまた会えたならば、話したいと思っていたことはたくさんある。
それが二人にとっては自然の会話だったから。
日常の、なんとはない話から、気になった出来事まで、なんとなく話すのが、二人の自然な会話だった。
そんな関係だった。
ワコは、いろんな話をしたかったけれど、なんとなくしてはいけないような気がした。
ここに長居はしていけないことも、なぜか感じていた。
ワコの方から、聞きたいことなど、今は何もなかった。
あの時は、知らなかったから話せたんだ。ふつうに気持ちが言えたんだ。
ただ。
会えたなら、これだけは、伝えたい。
そうしておかないと、後悔するような気がする。
これから、歩いていくために。
「本当はあなたがつらかったんだよね」
「なんの話?」
「ワコたちの出会いの時の話」
ワコの心に、あの朝の、あのお兄さんとの、ひとこまがよみがえった。
「つらかったんだよね。ずっと」
ワコは、できるかぎりやさしく伝えてみた。
彼女は、泣きそうになった。
何かが泣くのをとめていたけれど。
そんな、昔のこと。泣くほどの出来事ではない。
ワコに話すことでもない。
そう思ってきたけれど。
「私、知ってる。ワコだから。いつまで続いたかも、知ってる」
ワコの言葉に、彼女は不思議そうに言った。
「なぜ知っているの?」
知っているはずがないのに……。女性はそんな顔をしていた。
「つながっているもの。そうよ。私たちはつながっているの。たとえちがう人生だったとしても。あなたが体験したことを、ワコは知っているのよ」
なぜなら、あなたの名前は…。
「あなたは、わこさん、だもの」
彼女は、ワコの前で泣きだした。
自分のための、涙だった。
「わこさん、ありがとうね」
ワコは、そう伝えると、すこし変な気持ちがした。
よく考えたら、どう考えても変。
まあ、いいわ。
変でも、伝えられたから。
ワコは、彼女に、にこっと笑いかけて、もと来た道を戻った。
未来というものは、なるべくのぞかない方がうまく生きられる、ということを、わけもなくふと思いながら。
この機会を最後に、ふたりは本当に会ってはいない。
もっとも、お互いの胸の奥にいるのはわかっているけれど。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?