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いちじくとコンブあめ ワコのあるきかた9
ーーほんとに わかりあえたらよかったのにーー
桜乃いちよう
くるみちゃんはワコと仲良しになった。
くるみちゃんはワコより年上で、歌とハーモニカが好きな人。
ハーモニカはとてもうまくて、好きな歌ならなんでも演奏できた。
仲がいいはずだった。
ワコはある日、『こゆびのかお』に、話しかけた。
「なぜワコは、くるみちゃんがせんぱいからぶたれているとき、なんにも思わなかったんだろう」
ふいに聞かれたので、『こゆびのかお』は答えようがなかった。
「ヘンだよね。友だちのはずなのに。なんにも思わないなんて」
友だちって、なんなのだろう、とワコは思っていた。
くるみちゃんは、「てんかん」で時折意識を失うことがあった。すっきりした顔立ちで人なつっこい性格だったからなのか、「ホーム」の職員の人から可愛がられていた。
くるみちゃんは、掃除のおじさんからもらったといって、コンブあめをよく食べていた。
「これを食べていると、病気が治るんだって」
ふーん、とワコは、言われるたびに気のない返事をしていた。
病気は治るはずない、
と心のどこかで思っていた。
それに、心のどこかでワコはこんなふうにも思っていた。
「私だって、コンブあめ食べたい」
だけどくるみちゃんがあまりにも真剣に、病気が治るんだって、といいながら食べるので、欲しいなんて言えなかった。
くるみちゃんは、いちじくも掃除のおじさんからもらって食べていた。
「ホーム」での飲食は、実は禁止されていた。
でも「ホーム」内にいちじくの木があることを、掃除のおじさんは知っていて、それを気に入ったこどもにあげていた。
ワコも一度だけもらったことがある。
ねだったのだ。
本当は違う子にあげたかったのだと思う。おじさんはとても渋い顔をしていたから。
ワコにとっていちじくはあまりおいしいものではなかった。なにかぬるぬるしているようにも思えたから。
なので、そんな機会が一度しかなくても、あまり気にはならなかった。
「ねえ、なぜワコはくるみちゃんをかばわなかったんだろう。先輩はいつもの四人で、一回ずつくるみちゃんの頬を平手打ちしていたのに」
「くるみちゃんだけぶたれていたの?」
「うん、今回はくるみちゃん。こういうのって、順番なんだ」
「順番?」
「そうだよ」
ワコは、なんでもないことのように話す。
「そういうことって、順番なんだよ。一人の子が目をつけられて、一週間ぐらい先輩たちの目線がその子に厳しくなって、一週間目に呼び出しがあるんだ」
「ふーん」
「その時に、お説教されて、終わりになる」
「ワコもあったんだね?」
「うん。ワコが順番の子を呼び出したこともある。先輩同士でそうなることもある」
ワコにとっては、これはいたってふつうのことらしい。
「なぜ、今回だけ、気にしているの? ワコにとっては、ふつうのことなんでしょう」
「うん」
「今はまたみんな、なかよくなっているんでしょう 」
「うん。ただ、なぜみんな、くるみちゃんを平手打ちしたのかな」
ワコは、ただ気になることを言葉に出しているだけのようにも見えた。
「順番にあたっても、みんなはぶたれない。なのになぜ、くるみちゃんだけぶたれたのだろう。くるみちゃんも、なぜ、『ぶってもいいよ』なんて言ったんだろう」
「くるみちゃんが、『ぶってもいい』って言ったんだね」
ワコは、気持ちの入らない、のっぺらなこえで言った。
「うん。言った。だから、みんな一回ずつぶって、終わりにした」
『こゆびのかお』は、少しの間黙っていたけれど、しばらくたってワコに言った。
「くるみちゃんのきもちを想像してごらんよ」
くるみちゃんのきもちを想像する?
どんな気持ちか?
そう言えば、『こゆびのかお』は以前にもワコに言った。
妹のことに興味を持ってごらんと。
あの時は「家族」だからできるとおもった。
でも、くるみちゃんは「家族」じゃない。「家族」はワコにとっていとおしい、気になる存在だけど、友だちってどうなんだろう。
嫌いじゃないけれど、くるみちゃんは「大事なひと」なのだろうか。
目を閉じたワコの前に、空想のくるみちゃんが現れた。
くるみちゃんは歌が好き。くるみちゃんはハーモニカが好き。
くるみちゃんはおとうさんやおかあさん、双子のお姉さんがとても好き。
ワコは年下なのに。三つも下なのに、よく話しかけてくれる。
ワコがくるみちゃんのカバンにマジックでくるみちゃんの名前をたくさん書いてしまったことがあった(くるみちゃんが『書いていいよ』と言ったのだけれど)。ワコはあとでそれを見つけた先輩たちにこっぴどく怒られたのに、くるみちゃんは怒らずにいた。
ワコのいたずらを、くるみちゃんはどう思っていたんだろう。
くるみちゃんはなぜ先輩たちに(くるみちゃんにとっては同級の人も混ざっていたけれど)自分をぶってもいいと言ったんだろう。
ワコの中の、空想のくるみちゃんは、ずっと考え込んでいるワコを見ながら、ただ笑っているだけだった。
コンブあめを食べながら、真剣に食べながら、笑っているだけだった。
「くるみちゃん、もしかしたら、みんながすきなのかもしれない」
ワコは『こゆびのかお』に、そんなことを言った。
「先輩たちは、あまりくるみちゃんのことを好きじゃないみたいだけれど、くるみちゃんは、たぶん、みんなのことが好きなんだよ。
みんなの悪口なんて決して言わない。だからといって、好かれようとごきげんを取ることもしない。話しかけられたら丁寧に答えるの」
「そう」
「でも」
ワコはまだ引っかかっていた。
「ワコは、くるみちゃんのことをどう思っているのか、わからない」
「わからないことは、しかたないよ」
『こゆびのかお』はつぶやくように、ワコに話す。
「誰かを好きとか嫌いとか、決めなくていいんだ。ただ理解しようとすれば、いいんじゃないかな」
「そうなのかなあ?」
「くるみちゃんが、なんで友だちにピンタをさせたのか、なんでワコのいたずらを怒らなかったのか、私にもわからないけれど」
『こゆびのかお』の声は、やさしく聞こえた。
「もしワコがくるみちゃんのことを気にしているのなら、自分の中だけで考えないで、くるみちゃんと話してみたらいいよ」
「うん」
「いろいろ、聞いてみるといいよ。わかることがあるかも知れないよ」
「いろいろ聞いて、いいのかなあ」
「聞くのがいやなの?」
「本当のことを話してくれるかわからないし」
「本当のことも、本当じゃないことも、くるみちゃんの気持ちだよ。ワコは嘘をついたことがないの?」
「ある」
「自分も嘘をつくことがあるのに、友だちには正直でいて欲しいんだね」
ワコは、どういえばいいかわからなくて、黙ってしまった。
「嘘も本当も関係ないよ。友だちと話してみると、きっとおもしろいよ」
くるみちゃんとワコがそれからどうなったのか、『こゆびのかお』は聞いていない。
そんなに大きな悩みにはならなかったのかも知れない。
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