無題

俺様は猫である 第5話【自分のやりたいことは何かを考える】

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ノーブルの教え通り、「口ぐせをポジティブなものに変える」を実践中の私。
口ぐせってのは習慣だから無意識なものが多くて、気を抜いてたら、ついついネガティブなことが口にしてしまう。

今までの習慣を変えるのは意識しないとなかなか直らないけど、こういう小さいことを変えることで、大きな差が出てくると思うんだよね。
だから、私もネガティブな発言をしそうになったときは、「いかん、いかん」と自分を戒めて、出来るだけポジティブな言葉を使うように気をつけるようになった。

「出来たよ~!」

仕事帰りにスーパーへ寄って、久々に自炊をした私は、「うまい飯を食わせろ」というノーブルのためにご飯を作っていた。

メニューはクリームシチュー。
どうやら、この俺様猫はクリームシチューが大好物らしい。

「ようやくミルクだけの生活から脱却だぜ」
「だって、ノーブルがミルク以外のもの食べるなんて知らなかったんだもん。キャットフードも買ってきたけど食べなかったしさ。ミルクしか口にしないから、ミルクが好きだって思ってたのよ」

ノーブルを拾ってから初めて喋るまでの数日間、ミルク以外にも一応食事は出していたのだ。
「とりあえずキャットフードだ」と思って、近所のコンビニに買いにいったものの、ノーブルは一切見向きもせずに食べてくれなかった。

あの時、私失恋したばっかで傷心の身だったんだけどな。
やっぱり野良猫とはいえ、自分が拾ってきた猫だから、世話を怠るなんてことは出来なかった。

「だから、そういう固定観念がダメだっつただろ。キャットフードを食べない猫もいるんだよ」

ノーブルはそう言いながら、自分専用のお皿に入ったクリームシチューを食べる。
ちなみにこのお皿はどこから持ってきたのか知らないけど、マイプレートらしい。
白いお皿にゴールドの模様が入った、いかにも高級そうなお皿だ。
一体いくらするのか不明だけど、きっと高いに違いない。

「……どう?おいしい?」

ただ黙々と食べ続けるノーブルに、前のめりになって感想を請う。

「野菜の大きさが見事にバラバラだな。塩味が少し効きすぎだし、まろやかさが足りねぇ。そもそも、俺様は固形ルーのシチューは食さない派だ。次からは、ルーもイチから作るように」

あまりに早口で言うもんだから、反論の言葉も出てこず、ヒクヒクと口元が引きつる。
何だ、可愛くないな!人がせっかく作ったのに!

「ハイハイ、次からそうしますよー」

反論するのも面倒なので、とりあえず返事をしておいて、私もクリームシチューを口に運ぶ。

うん、おいしい。いつもの味だ。
まろやかさも、ちゃんとあるだろ、ちゃんと!
まったく、この俺様猫には固形ルーの便利で手軽なおいしさが分からないのか。

心の中でぷんすか怒りながら食べていた私だけど、しばらくしてからちらりと横目でノーブルを見ると、お皿の中身はあとわずかになっていた。

……文句言ってるけど、ちゃんと食べてる。もしかして照れてるだけなのかな。

そう思うと、このツンツンした俺様猫のことが急に可愛く思えてきた。
はは~ん、これがツンデレってやつか。

ぷんすかしていた怒りはすぐに収まり、微笑ましい気持ちでノーブルを見る。
まあ、俺様なところも多々あるけど、ノーブルがいることで失恋の傷はいくらか軽くなっているし、こうして誰かと(猫だけど)一緒にちゃんとしたご飯を食べる時間はやっぱりいい。
1人で食べるよりもおいしく思えるのは、きっとノーブルのおかげだね。

**********

「そういえば」
「ん?」

食事が終わって食器を洗っている私に、ノーブルが話しかけてきた。

「“幸せになりたい”って言うけど、そもそもお前がいう“幸せな人生”って何だ?」
「え?」

思いがけない質問だった。
幸せ、幸せ……

「そりゃ、結婚して、子どもを産んで、マイホームを建てて、老後は旦那と旅行行きまくって……」
「何だその、ありきたりな人生」
「ちょっと、人の夢をありきたりだなんて!ひどい!」

だって、それが普通の幸せじゃないの?
私の周りにも同じように思っている子、多いと思うけど。

「俺が言いたいのは、本当にそれはお前が生きたい人生なのかって話だよ」

そう言われて頭に「?」が浮かぶ。私が生きたい人生……?

「今言ったのは、世間一般で言われている漠然とした“幸せな人生”のイメージなんじゃないか?」

そんな風に言われて、ハッとする。
確かに今まで疑ったことなかったけど、私が思い描いている“幸せ”は、ノーブルのいう通り世間一般の“幸せ”のイメージかも。
それが自分にとって当たり前の人生のルートだと思いこんでたから、それ以外の人生なんてあまり考えたことがなかった。

「さっき言った人生を否定したい訳じゃない。ただ、自分がどう生きたいかをもっとよく考えてみろよ。その上で、さっきの人生が理想なら問題ない。でも、お前の場合その辺しっかりと考えたことがないんじゃないか?理想の人生を歩く自分は、どんな家に住んでいるのか。どんな服を着て、どんなカバンを持っているのか。性格や、周りの人間関係、仕事やその収入とかもっと細かい所までどうなりたいかを考えるんだ」
「そんなに細かく?」
「なりたい人生をイメージ出来ていないのは、目的地の設定されていないカーナビを運転するようなもんだぜ?」

おお、それでは路頭に迷ってしまいそう。

「……私、今まで“いずれこうなるんだろうな”っていう漠然としたイメージしか持ってなかったかも」
「心配するなよ。世の中の人間なんて、ほとんどがお前と一緒だよ。日々の忙しさに追われて、自分の人生をゆっくり考える時間すらない奴が多い。でも、それじゃあいつまで経っても自分が思い描く“幸せ”とは程遠い生活が繰り返されるばかりだ。目指す“幸せ”は人それぞれだから、必ずしも結婚が、子育てが幸せとは限らない。大切なのは、自分がその人生を生きたいかどうか。その辺をちゃんと考えてみろよ」

私、今までどれだけ何も考えずにぼんやりと生きてきたんだ!

……って、いやいや。ネガティブになっちゃダメだ。
今、この段階で将来について深く考える時間が出来た私ってラッキーだよ!
最初は喋る猫と遭遇なんて、面倒なことになってきた……とか思っていたけれど、もしかすると、もしかして、私はとてつもなく幸運な奴なのかもしれない!

「とりあえず、ノーブル様ありがとう!」

勢い余って興奮した私は、目の前にいるノーブルの体をギュッと抱きしめた。

「ってぇな!離せ、バカ!」

窮屈なのか、私の腕の中から抜け出そうとするノーブル。
つやつやで毛並みがいい。
しかも、猫の癖に高そうな香水の匂いをさせてるじゃない!
絶対ノーブルは血統書付きの超高級猫な気がする。

そんな事を考えていると、いつの間にかノーブルは私の腕からすり抜けて定位置の毛布の上へひょいと飛び乗った。

「加減ってものを知らねぇのか、お前は!」
「ごめん、ごめん」

へらっと笑う私を見て、呆れ顔で溜息をつかれる。
うーん、この態度に早くも慣れてしまっている自分がいる。ああ慣れって怖い。

「とにかく、自分の幸せや理想の人生をよく考えてみること」
「分かった。色々考えてみるよ」

**********

皿洗いが終わり、私がお風呂から上がると、ノーブルはいつもの定位置で丸まって眠っていた。

とりあえず私はかばんの中にある手帳を引っ張り出してきて、最後の方にあるメモページに理想の人生について箇条書きで書き出してみることにした。

だけど、この作業って思ったよりも難しい。
理想の生き方なんてサラサラっと書けるものだと思っていたけれど、いざ書いてみろと言われるとペンはなかなか動かなかった。
普段いかに夢について意識せず、ただぼんやりと毎日を過ごしていたかがよく分かる。

「……そもそも、私のやりたい事って何だろう」

就職活動の時は自分がやりたい仕事じゃなくて、人気企業ランキングで上位の有名企業ばかりに目を向けて、とにかく私はブランド力のある会社に入ることだけに躍起になっていた。
周りだって同じような考えの子ばかりだったし、親だって「大企業に入れば安泰だ」と常日頃から言ってたし。

何とかその時内定をもらう事が出来た上場企業の事務員として働き出して、もう5年。
私以外の誰かでも替えがきくような、事務作業をこなす毎日に安定はあってもやりがいはあまり感じられない。

私は今、人生で一番自分の将来について真剣に考えているのかもしれない。
それはやっぱり、この不思議な俺様猫との出会いがきっかけだ。

……何でノーブルは私の前に現れたんだろう。

そんな事を考えながら、ペンをくるくる回すけれど、自分のやりたい事についてはぼんやりとしか思い描くことが出来なかった。

【今日の教訓】
自分のやりたいことは何かを考える


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