無題

俺様は猫である 第9話【自分を幸せにしてあげる】

「い、忙しい……」

月末の事務処理に終われ、ここ数日は目まぐるしい日々が続いていた。
おまけに後輩がミスした仕事の修正作業もあって、仕事が山積み。

家に帰れば、軽くご飯を食べて、シャワーを浴びたらすぐに寝てしまって、以前続けていた読書も、ここ数日は出来ていない。
はっきり言って私のイライラはマックスで、心に余裕がないのは自分でも自覚している。

朝の支度も何だか憂うつだ。
ついこの間まで「毎日が楽しい」と言っていた私は一体どこへ行ったんだ。
はぁ~……。

「オイ」

どよんとしたオーラを漂わせて歯磨きをしていたら、後ろから聞こえた低音ボイス。
くるりと勢いよく振り返った私は、そこに佇む黒猫に視線をやった。

「ノーブル!!おかえり!!」

嬉しさのあまり歯ブラシを口に加えたまま抱きつこうとしたら、またするりとかわされた。

「汚ねぇな!」
「いいじゃない、別に~!」

私が忙しい生活を送っていた間、ノーブルも少し用があったようで、家を空けていたのだ。

「それにしても、どうしたんだ。そんな暗ぇ顔して」
「ああ、それがね……」

私はここ数日の生活を一通り報告すると、ノーブルは「なるほどな」とこりゃまたイイ声で呟く。

「そんな時は1日5分でもいい。自分が喜ぶようなことをしてみるんだな」
「自分が喜ぶようなこと……?」
「そうだ。忙しくて心に余裕がない時は、自分のことだけで手一杯で他人のことを思いやるのは難しいだろ?そういう時はまず、自分を喜ばせる、幸せにする方法を考える。隙間時間でもいいから、自分がワクワクする楽しい時間をもつんだ」

ワクワクする楽しい時間、かぁ……。

「忙しい時ってそういう時間をついつい後回しにしがちだからな」
「確かに。何かここ最近仕事のことばっか考えて、ピリピリしすぎてたかも」
忙しい時って、ホントに余裕がなくなっちゃうよね。

昨日もその日中に終わらせなきゃいけない入力作業しているときに、後輩が「ちょっといいですか?」ってのん気にやってくるもんだから、つい「ちょっと待って!後にして!」ってキツく返しちゃったなぁ。
あの時は「空気読めよ!」ってイラついてたけど、傍から見れば嫌な先輩だよね。

「イライラしてるってことは、自分が“楽しい”って思えることをしていない時間が多いからそうなっちまうんだ。心のどこかで“自分はこんなことがしたい訳じゃないのに”ってそう思ってるから、イライラが募る。これが、自分のやりたい、好きなことだったら、どうだ?好きな音楽を聞いているときにイライラしないだろ?好きな絵描いている時間にイライラなんてしないだろ」
「じゃあ、やっててイライラしちゃうことって、自分がやりたいことじゃないっていう意味?」
「まあ、それも一つの目安だな」

ふむふむ。
とりえあず、最近私が楽しいと感じていた読書と、朝出社前にカフェでゆっくりする時間をつくろう。
今までその時間があるなら、早く仕事をって思っていたけど、逆にそれでストレスが溜まっていたら、仕事の効率も悪くなりそうだしね。

「何か、私キリキリしすぎてたかも。もうちょっと、こう楽に構えてみるよ」
「そうだぜ。今回は数日かもしれねぇが、がむしゃらに毎日働きすぎて、体や心がおかしくなっちまったら元も子もないからな」
「確かに」

改めてノーブルの言葉に納得しながら、私は口に入れっぱなしだった歯ブラシを洗った。

「ところで」

身支度を整えている私の後ろから、ノーブルの声が聞こえる。
私が振り返ると、ノーブルの尻尾は時計の方を指していた。

「電車の時間、やばいんじゃねぇか?」

「え……」と呟き、時計を見ると、いつも家を出る時間から5分以上過ぎていた。

「ちょっと、何でもっと早く言ってくれないのよ~!」
慌ててかばんを持って玄関へ向かう私の後ろで、ハッと笑う俺様猫の声が聞こえてきた。

【今日の教訓】

自分を幸せにしてあげる

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