1階のプールで、泳ぎそこねた


 私と従姉を弟を乗せて、晴れた昼下がり、母はプールへ向けて車を走らせていた。
 この中の誰よりも高齢・御年70歳過ぎだが、高校三年生の時に免許を取得して以来、ずっと無事故でハンドルを握り続けてきた兵(つわもの)だ。母方親族では、うちの母=運転手が不文律となっているし、まして子どもの頃からそれが当たり前だった、私ら娘息子や従姉妹たちにしてみれば、なおさらである。全員免許持ちだが、あえて「運転しようか」とは言いださないのが当たり前だった。

 ドン・キホーテへ向かう坂道を下っていくと、地中海のような白壁の街並みと、深く濃い黒味のある青い海、薄い水色の空とくっきりした白い雲が目の前に広がった。
 私は、いまだ使い慣れているとはいいがたいスマホで、慌てて目の前の景色を撮ろうとした。が、一昨年から始めたばかりのスマホはいまだ私の手に慣れず、もたもたしている間に、せっかくの景色がどんどん遠ざかって見えなくなる。

「ほら、こっちにも」

 母の声に顔を上げれば、オレンジと赤を混ぜた強い夕日と、漆黒の建物の影、暗くなっていく海面が広がっていた。
 もうスマホで取ろうとはせず、私はただそれを見ていた。

 目的地のプールのある建物は、まわりを背の高い杉林――というか、ほとんど山の中にあった。
 白壁の、年季の入った純和風旅館みたいな門を車で通り抜けて車から降りると、ホウキで掃き掃除をしていた人が挨拶してくれた。

「あれ、タ〇リさん?」

 半被をきてサングラスをかけて笑うその人は、確かに、お昼の時間に友達の輪をやっていた芸能人である。

「アルバイトしているんですよー」

 ブラウン管でみたのと変わらない笑顔だったが、ホウキを握る指の一本一本が随分丸っこく、太くなっていた。
 すっごい働いているんだろうなあ、こんなこともあるんだなあと、私たちは誰一人「写真とってください」とも言わずにその場を離れた。
 受付へ向かいながらきょろきょろしていると、子どもの声が聞こえてきた。ちょっと見に行ってみると、昔の小学校のプールにでよく見た「腰洗い槽」が空っぽになっていた。もっとも、私の小学校のは「灰色で、ちょいぼろっとした感じのアスファルト」っぽいのに対し、こちらは妙につやつやと黒っぽくてキレイで、これで水でも張れば一流ホテルの日本庭園にでもありそうなオシャレ系の池にも見えた。

 確認して満足した私は、母たちのところへ戻った。しばらく歩くと、受付の建物が見えてきた。
 そこは、床は全部板張りで、見かけはお寺の横にある社務所みたいだった。受付のところには半被をきた50代のおじさんが一人、あとは受付の横の部屋には、半被をきていないけれど、おじさんおばさんたちが何人も集まっておしゃべりをしていた。
 半被をきたおじさんに受付をお願いしようとすると、従姉が急に口を開いた。

「私、プールには入らない」
「何で?」

 プールに入るしかここではやることないだろうに、と振り返った私に従姉は更に言った

「ピンクの水着とか着るのは、ちょっと」

 従姉は私の母の姉の長女、アラフォーの私より7つ上である。まあ確かに無理強いはできないよなあと、私は自分の持ってきた袋の中を確認した。
 ワンピースタイプで、地の色は黒味の強い紺で、白い小花柄が散らしてある。やたらにくしゃくしゃだったけれども。
(ピンク系統じゃないし、大丈夫だよな)
 母は初めから入るつもりはないし、弟はいつの間にか姿見えない。仕方がないので、私は一人で受付を済ませてプールに向かうことにした。

「1階のプールへ行ってください、そこに受付があるから」

 ここの建物は、階ごとにプールがあるようだ。私はおじさんに言われるまま、奥へ続く道を行き止まりまで歩いてから、左の緩い下り坂を歩いて行った。
 廊下の幅はせまく、大人一人が通れるだけで、すれ違うとなったら互いに体を斜めにしなければ無理そうだ。廊下の窓から見えるのは、対面になっている建物の廊下と、晴天と薄いこげ茶の山波、地下まであるんじゃないかと思わせる深い中庭の暗さだった。
 絢爛豪華でもなくボロくもない、修学旅行で学校とかの団体旅行向けのような、地味目できちんと掃除がされた廊下を歩いていくと、ガラス張りの日が差し込んだプールサイドと、その前に陣取る受付が見えてきた。

 受付の人は、四十代くらいの男の人でやはり半被を着ていた。
 言われるままに料金を支払おうとするが、小銭がうまく払えない。
 なんで、お財布のお守りにいれていた招き猫をつかんだり、一円玉より三周りくらい小さな穴あき金貨を手に掴んでしまうのか。こんな金貨には心上りがないんだけれども。
 慌てた時のネコ型ロボットと同じことをしながら、やっと料金を支払った。

「どうぞ」

 そういった受付の男の人の顔は、刑事ドラマの鑑識役として有名なメガネの男の人だった。




 ある夏の日、実際に私が見た、やたらに鮮明な夢の話です。(心情やら例えやらは後から付け足しですが、タモ〇さんが出てきたのは本当)。
 あまりにもシュールというか妙にストーリーがあったので、忘れないうちに書きおこしてみました。

 もう何年も泳いでいなけれども、ちょっとプールへ行きたくなりました。
 というか。
 どうして夢は「さあ、いざ!」と人が今まさに楽しもう!としているところで、終わってしまうのだろうか……?






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