見出し画像

夏を見送る日


子どもの頃、漫画やドラマの中だけの創作だと信じて疑っていなかったことがある。

たとえば卒業式や入学式の時期に咲く桜の花。

ロマンチックなホワイトクリスマス。

臨海学校。

これらすべてを空想と考えていたのはひとえに『北海道生まれ北海道育ち』ゆえで、確かに北海道にはそういった類のものは無かった。桜が咲くのはGW頃、雪が降ってもロマンチックな気分にはならず「積もるかなこれ……」と夜間or翌朝の雪かきに思いをはせ、臨海学校未経験、これは内陸部出身だというのもあるけど(沿岸部ではもしかしたらやるのかもしれない)、北海道の海は夏でも基本的にアウトドアには向かない。たくましい道産子はそんなこと気にせず海水浴もバーベキューもするけど。そして唇を真っ青にするけど。

あと、もう一つ。

8月31日。

世間一般では夏休みが終わるその日、全国ニュースで報じられる「明日から新学期」の報を、私は冷めた目で見ていた。

だって、北海道の夏休みはお盆で終わりだし。



お盆が明けると、例年であれば北海道の小中高生は夏休みを終えて学校へ通い始め、日中の残暑があるとはいえ朝夕の空気は涼しさをまとい、秋へと移り変わっていく。

北海道の夏は短い。

なんというか、七月末あたりに「ようやく来たな~!」と思ったら一カ月もたたずに「あれ、もしかして終わった?」ってなる。気がついたらいない。忍びの者かよ。

短いのは冷帯ゆえ仕方がないものがある。これは諦めるしかない。

ただ、短い北海道の夏は、すこぶる美しい。

たとえば、私の地元。の郊外。

抜けるような青さの空、どこまでも続く地平線、緩やかな丘陵地帯に延々と連なる刈り取られたあとの小麦畑と白樺の防風林。きらきらと輝く夏の日差しを返して輝く水面。今が盛りと咲き誇る花に、鬱蒼と茂る山野草の濃い緑。草を食む牛と、刈り取られた牧草地帯に点々と置かれた牧草ロール。砂利道に揺れ散る木漏れ日と、少し下手なウグイスの歌声。柔らかく吹き抜けていく風と、畑の土の匂い。

私の夏の原風景だ。THE・北海道である。故郷を離れて約十年、いまも瞼を閉じれば色鮮やかに、草の匂いや空気の温度まで鮮明に思い出せる。五感が覚えている。

とにかく、北海道の夏は美しい。そしてその美しいものがゆっくりと去っていく、その後ろ姿を見送る季節が8月31日だ。

夏が終われば、これまた短い秋が来て、そして果てしなく長い冬が来る。

北海道の冬は長い。

体感的には10月から4月まで、約半年は冬だ。なんならGWにも雪が降る年がある。嘘じゃないです。

長い冬には、色がない。

世界を埋め尽くしていく雪と氷の白と、長い夜の闇と、薄い色の空と。色鮮やかなのは皆の防寒着くらいで、ただひたすらに彩度の低い光景が連なっていく。それが私が知っている冬だ。

だからこそ、夏がまぶしいのかもしれない。

もうすぐ夏が終わる。

長い髪を翻して去っていく少女の毛先が太陽の光を弾いて一瞬だけきらめくように、夏は去り際まで美しく、鮮やかに光っている。

8月31日の夜に、私はそんな夏を見送る。大きく手を振ってさよならを言う。

来年、冬の向こう側で、また出会うために。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?