見出し画像

菊子が呼んだのか?

 ある日、妹のモモの部屋にランランと目を輝かせている日本人形がやってきた。近所の公園でモモが見つけて、寂しそうだったから連れて帰って来たらしい。

「菊子っていう名前にするの」

いかにも埃の匂いがしそうな人形を抱きしめてモモが言った。一体何をどうしたらそのビジュアルの人形を持ち帰り、菊子などと古臭い名前を付ける気になるのか僕にはさっぱりわからなかった。菊子はおかっぱのヘアスタイルに、赤い着物をまとっていて、ほんの少し首が傾いている。顔の塗料がところどころ剥げかかっているのが本当に恐ろしい。菊子とはあまり目を合わせないようにしよう、僕は強くそう思った。

けれど数日後、とんでもない事に気が付いてしまった。

「菊子、髪の毛伸びてない?」
「そう? そんな事あるの?」

モモは僕の質問に、素っ頓狂な返事をした。肩上くらいの長さだった菊子の髪が、肩より少し下の位置まで伸びている。

「最初に見た時、肩くらいだった気がするんだけど……」
「そうなの? ロングヘアになったら、綺麗に結んであげなくちゃ」

モモは菊子の髪を丁寧に櫛でとかしながら言った。僕はロングヘアになった菊子を想像して心の底からゾッとした。

「怖くないの……?」
「ぜーんぜん。可愛いから連れて来たんだもん」

モモは、いつもこんな調子だ。世の中のことを何もわかっていない。真ん丸の目がとっても可愛くて性格の優しい子だけど、どこかちょっと抜けている。僕がきちんと見ていないと、そそっかしくて何をしでかすかわからない。

昔、ペットのチャコが死んでしまったときなんか、「生き返るかもしれない」と言って、一緒にお風呂に入れようとしていた。僕は慌てて止めたけど、しばらくモモは不機嫌そうだった。命や魂について、あまり理解が出来ていない気がする。

「人形には魂が宿ることがあるんだよ。持ち主が大切にしていたり、作った人の気持ちが込められたりすると、魂になるんだ」
「そうなの?」
「だから、菊子ももしかしたら……」
「生きてるの?」
「生きているんじゃなくて、人形に魂が入っているかもしれないんだ」
「ふぅん」

僕の説明を聞いても、モモはちっとも何もわかっていなさそうだった。わからないから興味がないのか、突然人形の話はピザの話に切り替わった。

「今日のピザ美味しいね」
「一キロのチーズを使っているらしいよ」
「一キロはすごい!」

デリバリーのピザを口いっぱいに頬張って、モモが笑う。菊子の事は気になるけど、もう少し様子を見ていいかなと僕は思った。

けれど数日後、菊子の髪の毛はやっぱり伸びていた。垂れ下がった黒い髪は、胸元をほとんど埋め尽くすくらいに広がっている。そしてなぜかほんの少し胸が膨らんできている。菊子には魂が宿っているのだ。僕は今度こそ本当に怖くなった。

「ごめん、モモ。どうしても菊子は家に置いておけないよ」

出来るだけ優しく話を切り出した。

「どうして?」
「こんなに髪の毛が伸びて、なんだか少し胸も膨らんでいるし……。気のせいじゃないと思う」
「お兄ちゃん、そんなどうでもいい事が怖いの?」

なぜだかいやに挑発的にモモが言葉を返す。僕はカッとなって思わず怒鳴ってしまった。菊子に対する恐怖が僕を変な風にさせてしまったんだ、と思った。あんまりにもモモが泣いているので、僕は一度菊子をガラスケースの中にしまって押し入れの奥底に片付けた。本当は絶対に触りたくなかったけれど、仕方がない。

その日の夜、僕は寝苦しさで目が覚めた。冬だというのに、汗をびっしょりかいている。胸の奥のざわめきが自然と視線を押し入れの方へと導いた。

菊子がジッとこちらを見ている。僕は思わず大きな声で叫んでしまった。何度も、何度も。

「代永幸則、女児誘拐容疑で逮捕する」

夜中だというのに、刑事がスニーカーのまま僕の家にあがってきた。ズカズカと何人もの男が家中を勝手に歩き回る。一番大きな身体の刑事が、僕の腕に手錠をかけた。

「冷たい」

ベッドに寝ていたチャコの身体を触って、背の低い刑事がそう言った。涙を流して手を合わせている。僕はそんな事より、スニーカーの裏についた泥が、床にベタベタと貼り付いている事の方が気になった。

『大阪府大阪市で誘拐され、捜索を続けていた宮城桃子ちゃんが発見されました。同時に発見された酒井千弥子ちゃんは残念ながら既に死亡していたという事です。二人は市内の一軒家で男と一緒に生活していた痕跡があり、警察は男を女児誘拐及び監禁殺人罪で現行犯逮捕しました。男は「菊子が呼んだのか?」などと、意味不明の言葉を話しており、警察では精神鑑定も含め動機の解明にあたる方針です』

あとがき

この作品は、むらさきさんと一緒にリレー小説として書いたものです。お題は冷たい、髪、スニーカー。むらさきさんが苦戦していたのは見ていたけど、私も五時間くらい苦戦した。笑(タグは #交換box

むらさきさんのは、さわやかで透明感あふれる青春小説!同じお題で、どうしてこうなる!!笑


いただいたサポートはチュールに変えて猫に譲渡致します。