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「来たるべき絵画」とは、どんなものか?「東京都展」を見て考えた/一日一微発見445

先日たて続けに、カール・アンドレ、リチャード・セラ、フランク・ステラなどの80代の「巨匠」アーティストたちがあついでなくなった。黙祷あるのみである。

彼らは独自の創作システムをつくることができたから、この60年間世の中のノイズにまどわされることをなく「やり切って」死んだ。見事な死である。
しかし、その人の死が見事であるかどうかは、もちろん60年前には本人も世の中もわからない。

彼らとて、泡沫で消えたかもしれないが、そうはならなかった。1968年のセス・ジーゲローブの「ゼロックスブック」のプロジェクトにもカール・アンドレは入っていて、その時にジーゲローブは27才で、カール・アンドレは33才。
ジーゲローブがキャスティングした7人はすべてその後アートワールドのビッグネームで誰一人はずれなし。カール・アンドレはフランク・ステラとアトリエを共有していたこともあるから、全く同じ磁場の中にいただろう。

僕は歴史をリニアだと、思わないし、国家が単純化した大文字の歴史も信じてはいない。
かといって、個人の都合のよい物語化も信じない。

信じるとすれば、人と人との出逢いの不思議。偶然が必然を生むということか。事後の歴史はなんとでもいえる。それよりも起きたゼロ点を妄想するクセがついた。

さて、「東京都」展とはまた奇妙なタイトルの合同展で50人のアーティスト100点ほどの作品が会場にならんでいた。
同じ大学出身(京都芸術大学)のアーティスト(ペインターが主)ばかりだから、顔形もよく知る人らの作品ばかりである。

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