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8. 美味しいご飯

歯を抜いてから数日後。夕飯の食卓で夫が驚くようなことを言った。

「思いっきり噛めるっていいね。ご飯が美味しい!
 左側で噛んだの数年振り。」

んへ?

「そっかぁ良かったね」と「今までどうやって噛んでたの?」の感情が同時に湧いて
変な言葉で返答してしまった。
んへ。

前回抜歯したボロボロの虫歯は、それ自体が痛むことはなかったが
その歯で噛むとやはり痛みがあったらしく、できるだけ避けているうちに
右側で噛む癖がついたのだと言う。


数年も片側だけで噛んでいたら、顎や顔も歪むだろう。
事実、夫は顎関節症気味で、大きく口を開けるときには顎を真っ直ぐ下に降ろさず、
左右どちらかに少しずらしてから開ける癖があった。
頬も痩せているし、顎も細い。

そういえば、と思う。
片方の筋肉だけ極端に使っていたのなら、首や肩コリもそれが原因だったのではないだろうか。
もしかすると、夫が長年付き合っている偏頭痛も。。。

いつか地下鉄の駅に貼られていた広告のキャッチコピー「歯は臓器」を思い出す。
夫はすでに「臓器」の数本を失っていることになるのか。
そう考えると足元がゾクっとした。


だけど、前向きに考えよう。
きちんと治療していけば、首や肩コリも治るかもしれない。
今、治療を始めたこの機会をとにかく大事にしよう。

そしてまずは、ご飯が美味しいと喜ぶ夫が差し出すお茶碗に
おかわりの白米を注いでこよう、と席を立った。

(続く)

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