百合オタクな殺し屋が百合を守るお話~アウリコわるきゅーれ・前編~
まえがき
この小説は、Vtuberの湯町りこさん&いちのかアウさんをモチーフとし、映画「ベイビーわるきゅーれ」へオマージュを込めた殺し屋×百合ストーリーです(本人許諾済み)
こちらのみでもお楽しみいただけますが、お二人の活動をチェックするきっかけとなればファンとして嬉しいです。元からご存知の方、閲覧は自己責任でお願いいたします。
①コロシヤ・ドロッピング~りこの場合~
湯町りこは国家に雇われているヒット(ウー)マンである。
色んな人間を守ったり探したり殺したりするのが仕事の、一見無害そうな二十代女性である。
*
上京し進学する頃までは、社会の裏側とは何の接点もない、ごく普通の人間だった。学業の傍らで百合作品に癒やされる普通の暮らしをしていた。
しかし就活中、度重なるお祈りと圧迫面接に疲弊し、ひとり居酒屋で深酒をした帰り道のことである。
「おね~さ~ん~あそぼ~~よ~」
りこの行く先、長身の男性がリクルートスーツの女性を掴んでいる。女性は逃れようとしているらしいが、明らかに力負けしていた。
もう少し冷静であれば、人を呼ぶとか、まずは口で注意するとか、安全な対応ができただろう。しかし、鬱憤が溜まりアルコールが回り、さらには自分と似た立場の女性が困っていることにキレ散らかしたりこは、男に攻撃する道を選んだ。
「そこのアンタ! はなし、」
ズカズカと歩み寄る。酒くさい、りこに言えたことではないが。
「なさい、」
腕を伸ばして男の首根っこを掴み、パンプスを膝裏に差し込む。でかくても体勢を崩せばいい、そんな勘が働いたのだ。
「なんだてめえ、」
「きゃあっ!!」
「よっ!!」
男がりこに振り返る瞬間、掴まれていた女性が男を押し返し、りこは男の首と膝に力を入れる。
三人の力が重なり、常識外れの結果が生まれた。
りこの手で、頭ふたつぶんも大きな男が綺麗にひっくり返され、
「――あ、」
頭部がアスファルトに直撃した。数拍遅れて、赤黒い染みが広がっていく。
りこも女性も、同時に感づいた――やばい、死んじゃった。
先に女性が我に返った。
「あ、あの、ありがとうございます、大丈夫ですかお姉さん」
「あ、はい、大丈夫……いや、私は怪我ないんですけど、この人」
「……正当防衛でなんとかなると思いますよ! ウチは証言するし!」
一瞬で人が死んで、かえって冷静なやり取りが始まっていたのだが。
「――そこの君、見せてもらったよ」
いつの間にか、黒スーツの紳士が背後に立っていた。殺人事件――いや事故?の現場を目撃され、りこと女性は縮み上がる。
「つ、通報、するんですか」
りこが問うと、紳士はじっとりこを見つめる。
「君、格闘技か武術の嗜みは?」
「いえ、全く……」
「ほう、天性の素質か……今、君の前には二つの道がある。
まずは素直に、警察に出頭する道。ちなみに逃げようとしても私が通報するから結果は同じだ。
もう一つ。容疑者扱いを免れる代わりに、社会の裏側で働く道だ。国家の汚れ仕事のスカウト、と言うべきかな」
非常事態で完全に頭が参っていたが。
親や友人の顔が思い浮かぶ。善意で動いた結果の不幸な事故とはいえ、りこが殺人者として扱われたら、どれだけ辛いだろうか。
「……ひとつ質問いいですか?」
「どうぞ」
「その汚れ仕事っての、表向きは真っ当な仕事ってことにできます? 家族に心配かけたくないんですけど」
「それは要望に合わせよう、こちらも世を偽っている組織だからね。むしろ吹聴された方が困る」
「じゃあそっちでお願いします」
「ふむ、重畳――諸君、始めたまえ」
そこから先は魔法のようだった。
黒ずくめの人間たちがどこからともなく現われ、男の死体を運び去り、現場を清掃する。絡まれていた女性は「全て忘れてください」と告げられ、そのまま帰された。
現場が片付いた所で、りこは車で「彼ら」の拠点に連れていかれる。
日本政府が秘密裏に運用する、超法規的任務に従事の執行部隊。
特殊秘匿作戦部 (Special Hidden Operation Team) 、通称SHOTにりこがスカウトされた夜だった。
②コロシヤ・ドロッピング~アウの場合~
一ノ日アウは、ヤクザに雇われているヒット(ウー)マンである。
色んな人間を守ったり探したり騙したり殺したりするのが仕事の、一見無害そうな二十代女性である。
*
地元で就職してしばらくは、社会の裏側とは何も接点のない、ごく普通の人間だった。労働の傍らで百合作品に癒やされる普通の暮らしをしていた。
しかし、新事業に挑む友人のために借金の連帯保証人になったのが運の尽きだった。その友人の事業失敗および逃亡、さらにはヤミ金とのトラブルなどを経て、アウはヤクザに追われる身となった。
本来の仕事もままならず、さらに「警察に言ったら知人を片端から襲う」と脅され、観念してヤクザの下で働くことになる。
「まあ見てくれは悪くないんだ、女はちょこっと体売ればすぐだよ」
そう言う組員がムカついたので、アウはキレ気味に言い返してやった。
「体は体でも、用心棒とかスパイみたいな枠はないわけ? 男子にも負け知らずの腕っ節で、地元じゃ有名だったんだけど」
小学2年生のときに、親友をいじめた男子を成敗したのだ。土下座して号泣するまで追い込んだら、ちょっとした伝説になった。以降はひたすらインドアだったが。
「ひひっ、言うねえお姉ちゃん! じゃあいいよ、俺とタイマンで勝ったら親父に推薦してやる……行くぞオラ!」
アウは殴りかかってきた組員を反射で避けて、勘のままに手首と肘を掴み、えいっとやるとボキッとなった。
腕を押さえて断末魔を上げる彼と、どよめく他の組員たち。
相手の勢いを利用して腕を極めるという、本人もビックリの高等技術を見せつけたアウは、約束通り戦闘要員として働くことになった。幹部の妻子のボディガード、敵ヤクザへ接近しての暗殺や情報収集において、アウはユニークな活躍を見せた。
しかし、アウを雇う組織「百漢連合」は、ヤクザの中でも特にあくどい商売をしていた。ヤクザ同士で殺し合うのはともかく、弱い立場の市民が騙され食い物にされていくのには胸が痛んだ。とはいえアウ自身が生殺与奪の権を握られているのだ、どうしようもない。
そうして心が麻痺していく中、再び転機は訪れた。
③アイボウ・ビギニング
りこが参加したSHOTは、バックこそ国家の中枢であるものの、実態は訳あり人材の寄せ集めである。問題を起こした警察官や自衛隊員の他、犯罪の隠蔽や減刑と引き換えに参加する者も多い。
こうした組織がおおっぴらに存在する訳にもいかず、表向きは別の身分を名乗りながら訓練・任務を行うのが原則である。存在自体が表社会から消えている場合もあるが少数派だ。
りこが所属する十課五係は、小さな雑居ビルを拠点にしている。さびれたオフィスが入っていると見せかけ、実際は地下にまで訓練場や住居が広がっているのだ。
りこは編集プロダクションの一員として働き、ビル内の個室寮で暮らしている……という体で、戦闘の訓練を積んだ。スカウトした紳士が見抜いた通り、りこには殺しの才能があったらしく、やがて実戦に参加するようになった。
その日の作戦は、悪質な事件を起こし続ける暴力団・百漢連合への襲撃だった。裏の捜査ルートで事件への関与が判明したが、正式なプロセスで拘束するには時間が掛かるらしい。ならば殺してしまえ、という判断である。
百漢連合の会長が別荘に赴いたタイミングを狙い、殺害した後に「組員の同士討ち」として発表する……という作戦。
りこを含めたチームは身を潜めながら、護衛の組員を暗殺しつつ別荘へ踏み入る。途中、会長の娘と思しき子供の部屋を発見。見たところ、少女ひとりだ。
「……さすがに殺したくないな。湯町、見張っていろ」
「了解です」
りこを残し、他の隊員は奥へ。
少女を脅すのも気が引けたので、りこは武器を腰のホルスターに差してから、静かに少女に歩み寄る。もし彼女が目を覚ましても、騒がないよう制止するつもりだった。
しかし近づいた瞬間、バタンという物音と、りこに飛びかかる人物――隠れていた!?
即座に反応して組み合う中、りこは相手が女性と気づく。自分が言うのもなんだが意外だった。
同性として忍びないが、敵とあらば殺すのもやむを得ない――と判断したのだが。相手はすぐにりこの右手を掴み、拳を飛ばしてくる。素早い攻め手に、りこは左手で防御せざるを得ない。腰の武器を取れないまま、手足での攻防が始まった。
すぐに気づく、厄介な相手だ。近づいて打ち返そうとすればカウンターが来るし、距離を取ろうとすると引き戻される。こちらの動きを読んで、それを利用する手を一瞬一瞬に編み出してくる。ただの接近戦とは次元が違う、なんだこのアドリブ力は。
体格や筋力にハンデのあるりこは、相手の力や筋肉の緊張を逆手に取り、一気にカウンターを決める戦法を徹底している。観察する眼、自分をコントロールする技術、判断の早さ、どれも磨きあげてきた。よほどの熟練者はともかく、体格はよくても技術に欠ける男であれば難なく勝てるくらい、作りこんできたスタイルだ。
そして目の前の女も、近い思考回路で闘っている。それが分かるからこそ、りこからも大胆な攻撃は取れずに防戦を強いられる。
しかし、りこの手技での迎撃は、相手の腕に着実にダメージを与えていた。リーチは相手に分があるようだが、一撃の重さはこちらが上だ。隙を作れば押し切れる。
「――きゃあああ、」
「お嬢、動かないで!」
目を覚ました少女が叫び、女は制止する。その隙に、りこは姿勢を低くして相手へ踏み込んだ。
頭部に重い打撃。呼吸でダメージを分散し、相手の腹へ頭から突っ込む。
一緒に倒れ込み、お互いに有利な姿勢を取ろうともがく。りこは武器を取ってトドメを刺したいし、相手はそれを阻止すべく必死だ。関節が絡み合って悲鳴を上げ、女の腕がりこの首を絞めかけたとき。
「動くな!」
SHOTの仲間が、銃を構えて部屋の前に立っていた。りこと女は、関節を掛け合ったまま静止する。
「会長は仕留めた。そこのお前、直ちに投降しろ」
女は明らかに敵だが、ここで撃つとりこに当たりかねない。仲間からすれば、投降を呼びかけるのが最適解だ。大人しくしてくれと、りこは願う。
すると、予想外の方向から声が。
「あ、あの、父親、殺してくれたんですか」
ベッドで固まっていた少女――会長の娘である。親が殺害されたと聞いて、むしろ安堵したような顔をしている。訝しみつつ、SHOTの隊長は答えた。
「くれた……確かに我々が殺害したが」
「ウチも殺されるんですか?」
「いや、ひとまず我々が保護する。さすがに無抵抗の子供は殺せん」
「そもそもアンタたちどなた? 敵のヤクザじゃないよね」
「国家の汚れ仕事担当、みたいなものだ」
「じゃあ、ヤクザと関係ない生活させてくれます?」
「そのつもりだ」
そこまで聞くと、少女はいそいそと起き上がる。
「じゃあウチに断る理由はないですね、ヤクザの身内なんて懲りてたんですよ……ほらアンタも降参するよ」
「あ、はい、お嬢……えっと、降参! はなして!」
言葉通り、女は脱力する。りこが力を緩めると、女は両手を上げて立ち上がった……ゆっくり見ると、なかなか可愛い。長身におさげがよく似合っている。
女は隊員に拘束されながら、不安そうに語る。
「私、組員って訳じゃないんですけど、ボスの命令で色んな人を殺しちゃってるんですよ。やっぱり刑務所暮らしですか?」
「さあな、我々は拘束して上層部に引き渡すだけだ。その先は知らん、少なくとも正規の裁判は受けられないだろう」
「じ、人権……せめてお嬢だけは、お嬢は何も悪くないので……」
顔を蒼くして震える女を見ていると、りこの胸に妙な共感が湧き上がってきた。こいつも多分、巻き込まれて殺し合いに巻き込まれたクチだろう。りこと同じだ。
「あの、隊長」
「なんだ湯町」
「こいつ、うちにスカウトしませんか」
「はあっ!? さっき殺そうとしてたよね私のこと!」
喚く女を余所に、隊長は真剣に考えだす。
「見込みはあるのか?」
「さっき戦った感触だと、相当な技巧派ですよ。ヤクザ方面の情報源にも使えそうですし」
「人間性は? 強くても危なっかしいのは却下だぞ」
「それは分かりませんが……あんた、どうなの? うちで素直に働く気、ある?」
りこに訊かれた女は、しばらく唸ってから。
「働かせてくださいっ!」
ガバッと頭を下げた。
「……うちも人手不足だからな、上に掛け合ってみよう。それまで大人しくしていろ」
「ありがとうございます!!」
隊員たちに続き、りこも女を連れて撤収を始める。これから別チームと警察が来て、後工作を始める。ひとまず、りこたちの本番は終了。
「そういえばあんた、名前は?」
「一ノ日アウ。君は?」
「湯町りこ」
「りこちゃんか~」
「慣れ慣れしい……」
「いやあ、ごめんごめん。よく見たらちっちゃくて可愛いから、つい――いった! 蹴らないでよ!」
「さっさと歩きなさい、敗残兵」
「何そのヒドい呼び方!」
こうして、りことアウは出会い。
やがて、同じ十課五係でバディを組むようになった。
④アイボウ・ダイアリー
ふたりが受ける訓練は多岐に渡る。
まずは最も使用頻度の多い拳銃。確実かつ安全に人を殺せる武器だが、敵だってもちろん使ってくる。他国より頻度は少ないが、撃ち合いは必須科目だ。
しかしいつでも銃が使える訳ではない。隠密性を保つとき、周囲への安全を重視する際、至近距離ではナイフの出番だ。殺したくないときは警棒、そもそも武器がなかったらロープ系の暗器。
当然、素手で倒す術も欠かせない。むしろ格闘術こそあらゆる武器の基本、ともいえる。
今、ふたりが取り組んでいるのも格闘術の訓練だ。
「じゃあプッシュアップいくよ」
「オッケー、どんと来なさいアウ!」
りこは腕立ての姿勢を取り、軽く握った拳を床につく。スマホから流れるメトロノームに合わせて上下運動が始まったところで、横で膝立ちになったアウがりこの体のあちこちを押す。
普通だったら姿勢が崩れてしまうところだが。りこは押されたポイントを脱力させ、呼吸と共に力を全身へ受け流していく。ゆっくりと時間をかけて、アウに押されながらの腕立て伏せを続ける。
ふたりが訓練しているのは、ロシア生まれの格闘術システマだ。型や技が決まった格闘技というより、身体操作の技術に近い。
呼吸を落ち着かせ、全身を脱力。自身に加わったエネルギーや痛みを分散させながら、体重が自然に乗る打撃を繰り出す。または、相手の緊張を利用して弱点を突く。
腕力に頼らず相手を制する技術は、ふたりには特に必要なものだった。訓練を受ける前にそうした癖がついていたのも、早い習得を助けている。
この腕立て伏せは、システマの基本に沿ったトレーニングだ。
背骨をまっすぐに保つ。正しい姿勢は攻防の軸だ。
手首を曲げずに拳で体を支える。体重が余さずにパンチや武器に乗る。
加わった力を受け流す。点で受けると崩れるが、面に流せば耐えられる。
そして腕立ての回数が重なってくると、りこの腕に疲労が溜まってくる。その疲労が緊張につながると、たちまち崩れかねない。
りこの呼吸が、鋭く早いリズムに変わる。バースト・ブリージング、新鮮な酸素を全身に供給して疲れた部位をリラックスさせる。この呼吸法は、ダメージを受けたときの回復にも重要だ。
三分間で、りこの番は終了だ。休まず、すぐにアウと交代する。
押す方も、遊びや適当でやっている訳ではない。腕立て運動によって生じる体の緊張を見抜き、そこを突く。あるいは、呼吸と共に力が受け流される様子を観察する。お互いの体をテキストに、人体とエネルギーの関係を学び続けるのだ。
こうした基礎トレーニングを、疲労が蓄積する中で繰り返し行う。敵は待ってくれないし、一瞬でダメージが回復するアイテムもない。過酷な状況でも安定して最善の動きを発揮する、それが殺し屋稼業の鉄則だ。
長い基礎トレーニングが終わったところで、一分間の休憩。
お互いの背にもたれあって体をリラックスさせながら、ぽつぽつと会話する。大体、ふたりの部屋に戻ったら何をするかの話だ。
「りこさぁ、今夜暇だよね」
「任務なければいつも暇だねえ」
「バトシスやろうぜ」
「先週、コンボできねえってキレてたのアウだよね」
「それは置いといて、ましょヴァル来るじゃん」
「あれ、DLCの配信ってもうだっけ?」
「今日」
「うそ!」
「実はもう落としてある」
「最高、アウが相棒でよかった」
「ということで、組み手でも勝ってバトシスでも勝つ、勝ちのかアウを見せてやるのよ」
「あっそ、今のうちにイキってなさい」
タイマーが鳴る、休憩終了だ。
訓練の締めは、十分間ノンストップのスパーリングだ。立ち技、グラウンド、訓練用のナイフや警棒。あらゆる状況を気分で選び、何度も何度もぶつかり合う。
実戦の頻度はそれほど多くないが、訓練はほぼ毎日だ。
保護具も使っているとはいえ、遠慮なしに打ち合うおかげで、ふたりの体にはお互いのつけた傷や痣が絶えない。
薄着が着られないのはネックだが、それほど嫌いな痕ではない。口には出さないが、お互いに努力と信頼の証だと思っている。口に出さないぶん、入浴後に薬を塗りあうときは心を込めているつもりだ。
「ぎゃあ、さすがに痛すぎるっつの湯町!」
「腕長いからってカウンター狙いばっかして、あんたの名前は待ちのかアウだ!」
「ほらほら、膝に極められる気分はどうですかネコ町りこちゃん?」
「はい脇斬った! アウの脇はちょうど狙いやすいから助かるわ~」
訓練中に口をついて出るのは、罵詈雑言ばかりだ。
真面目にフィードバックしろと上司からはよく叱られるくらい、うるさい。
*
シャワーを浴び、訳ありシェフが営む食堂で夕飯を食べた後は自由時間だ。りこが一人で暮らしていた部屋にアウが転がり込んできたので、手狭ではあるが苦ではない――狭いうるさいという文句は出るが。
「よっしゃバトシスの時間だ!」
アウがウキウキとゲーム機を起動し、テレビの前で二人で並んでコントローラーを構える。バトシスとは「豪華拳乱バトルシスターズ」の略で、作品を越えて女性キャラがクロスオーバーする対戦格闘ゲームである。
当初は少年誌の企画で始まったものの、ライトノベルや百合漫画のレーベルも続々参戦。伝統の変身ヒロインアニメまで加わった、百合オタクの夢のようなタイトルだった。
そして先日、魔法少女アニメ「ましょヴァル」――「魔唱の乙女 ヴァルキリング」の主役、トモエとキュリリーのDLC参戦が発表され、百合界に衝撃と歓喜が走った。りこもアウも大ファンだったので泣いて喜んだ、その配信が今日からなのだ。
「え、マジでいるよ~夢じゃなかったよ~」
「生きててよかったねえ、りこちゃん……」
「ってか何からやる、とりあえずトモキュリでバトる? アウはキュリリー推しだし、私がトモエ使うよ」
「だね~……いや待って、せっかく参戦したんだからさ、まずは原作通りに仲間として」
「いちのか天才、敵を二人COMにして……」
キャラ決定に合わせて、トモエの「さあ、開演だよ!」という台詞が流れる。
「さあ、開演だよ!」
そっくりの声音でりこが繰り返す。昔からキャラの声を真似るのが好きで、今もたまに練習している。
「やっぱ似すぎじゃない? りこの声真似」
「ね~、殺し屋稼業には役立たないけど」
「声かあ……副業やれって言われたらVtuberとかやる?」
「アウも声可愛いしね、けどなに喋るの」
「そこはほら、殺し屋Vtuberとして実戦テクを」
「絶対BANされるよね」
「チャンネル登録してくれないと、暗殺しちゃうぞ!」
「二度と行きたくないよそのチャンネル」
しばらく協力プレイをしてから、対戦モードへ。
「うっわ、トモエになんて酷い! キュリちゃんが黙ってないよ」
「いま殴ったのもキュリちゃんだけどね……あ、これすごい原作再現」
「マジ、もっかい見せて」
「隙ありっ」
「湯町、人間の屑なの?」
「殺し屋だもん」
指が疲れたところで、各々好きにダラダラする。
「りこ、夕樹翠のアカウントみて」
「なに……え、もう才香ちゃんとプレイしてるじゃん!」
ましょバルの主演声優コンビである。翠の家に才香も来て、バトシスで自分のキャラをプレイしているらしい。
「ってかこれお泊まりよね」
「パジャマもお揃いじゃない?」
「……はあ~」
「ね~……」
尊さが限界になってクソデカ溜息しか出てこなくなったところで。
「……寝るか」
「だね」
任務こそ夜間が多いが、普段の夜は割と短い。動きっぱなしなのですぐ眠くなるのだ。
二段ベッドではあるが、下のベッドにふたりで寝ている。
殺し屋稼業だからといってずっと怯えている訳ではない。訓練中や遊んでいる間は恐怖を忘れられる。
しかし夜は、どうしても意識してしまう。
次の任務で死ぬかも、とか。
相棒が死んだらやっぱり悲しいな、とか。
そんなときは、やはり体温がほしい。手をつないでいると安心するし、朝一番にお互いの寝相で笑えるのもいい。りこが丸くなっている姿がアウは好きだし、アウの手があらぬ方向に投げられているのがりこは好きだった。
そうして平穏な日々が続いた後、また任務がやってくる。
⑤サクセン・ブリーフィング
「湯町さん、一ノ日さん、こっちお願いします」
いつも通り訓練に励んでいた二人を、上司の広坂が呼ぶ。
十課五係の広坂係長、うだつ上がらなさそうなおじさんに見えて、公安出身の切れ者らしい。
「急で悪いけど、二人に参加してほしい任務です」
「はい、暗殺ですか?」
りこの質問に、広坂は首を振る。
「救出です、生きてればの話ですが」
「ああ~……」
アウがゲンナリとする通り、救うのは殺すより難しい。
勿論、モチベーションは救出の方が高い。運がよければ殺さずに達成できる。
しかし多くの場合、戦えない人間を連れて敵陣を突破することになるのだ。あるいは、人質を殺させないために隠れて進むこともある。
「確かに難しいけど、二人にしか頼めないことなんです。特別休暇も用意するので、頑張ってください――では、概要です」
今回の救出対象は、早野翼という未成年の女性。高校には在籍しているがほぼ不登校、家族とも絶縁状態。パパ活・神待ちといった手段で生活していた。
昨夜から連絡が取れず、GPSを追跡すると山間部の廃墟にいると判明。自発的に行くような場所ではなく、誘拐の可能性が高い。
さらに付近を捜査すると、凶悪犯の関与が疑われた。
「裏の情報網から推測するに。早野さんを誘拐したと考えられるのは、百漢連合の残党です。一ノ日さんの古巣ですね」
「げえ……まだ動いてたんですか」
アウが猛烈に嫌な顔をする。
「トップを殺して、跡目争いしているうちに組織は崩壊しました。しかし一部は好き放題してるみたいです」
「そっちの作戦ミスじゃないですか……けど、女の子が廃墟に連れてかれたんですよね? 私が聞いた話から察すると、残酷ポルノとかだと思います」
隣のりこが眉を顰める。アウ自身、あまり言いたくないワードだ。それを汲みつつも、広坂は話を進める。
「残酷ポルノ……女性を拷問する映像、ですか」
「です、最後は殺すのでスナッフビデオの一種ですね。それをネットで生中継して金取ろうって話が、若い組員から出ていました。たとえヤクザでも趣味が悪すぎるとか、そもそもネットが分からんとかで古参からは止められていたんですが」
「上がいなくなったので好きに出来るようになったんですね」
少女に待つ運命を想像して、一同の胸が痛む。
「じゃあ、もう手遅れかもしれないんじゃ?」
りこが言うと、アウは少し考えてから。
「生中継するってなると、それなりに設備もいりそうだし、やるなら深夜じゃない? まだ昼過ぎだし、準備中だと思う」
タブレットを操りながら、広坂も答えた。
「私たちもそう踏んでいます。現場まで車で二時間ほど、周辺に民家もないので夜まで待つ必要はありません。すぐに準備して向かってください」
そこからは作戦会議だ。
仮に警察が来ても殺せるように、犯人たちは武装していると考えられる。また派手に襲撃すれば、人質は口封じのために殺されかねない。実際に、残酷ポルノで盛り上がっていた中には、波座という超武闘派がいたのだ。
よって内部に潜入し、人質と合流してから脱出する。
まず、りことアウは新たな人質のフリをする。同じ係の男性隊員、三橋が運転する車に乗り、「ここに女を運べといわれた」という口実で組員に引き渡す。そして二人は内部から、他に気づかれないようこっそりと邪魔者を殺していく。
不確定な要素は多いが、人質さえ生きていればいいのだ。騒がれても、殺せばなんとかなる。二人は武器を揃え、三橋と共に出発した。
車内でも、電話で打ち合わせが続く。
「係長、質問いいですか?」
その途中、りこは疑問を口にした。
「はい、なんですか」
「女の子を助けなきゃってのは同意なんですけど、SHOTが動くには地味な案件だと思ったんです」
SHOTはただの人助けでは動かない。相手がよほど凶悪か、政治的な事情で表に出せない場合でない限り、治安維持は警察に任せている。
反社絡みが疑われるとはいえ、一般人ひとりの救出に動くのは異例に思えた。
「湯町さんの疑問通りですね。今回は政治ネタです……与党の蔵地議員は知ってますよね?」
「前に防衛相やってた人ですか」
「はい、裏ではSHOT設立にも関わっていました。その蔵地議員からのオーダーです、人質はご令嬢の友人だそうで。ご令嬢に脅されてSHOTに命じたそうです」
「はあ……なんで娘さんがSHOTのこと知ってるんですか」
「自宅で深酒したときに口を滑らせたとか」
「絶対に政治家に向いてないですよね」
アウが突っ込む。りこも同意したかったが、殺し屋になったのも酒のせいなので言いにくい。溜息の後、広坂は続けた。
「ともかく、皆さんはいつも通りに頼みますよ」
⑥トモダチ・レスキュー
目的地が近くなった頃、また広坂から連絡。
「間際にすみません、しかしお二人に話したい人がいます……蔵地さん、どうぞ」
電話の代わる気配、続けて聞こえたのは少女の声だ。
「SHOTの皆さんはじめまして、蔵地麗那と申します」
依頼人だという議員の娘だ。りこが応答する。
「えっと、麗那さん? 私たちは移動中だけど、どうしたんですか」
「まずは直にお礼を言いたかったんです、無理を聞いてくださって」
「それはどうも……けど、まだ成功の保証はできないですよ」
「はい、ですのでせめて、私からも応援させてほしくて。
連れ去られた翼は、褒められた生活してないですけど、大事な友達なんです。家や学校に縛られてばっかりの私を、自由にしてくれる奴なんです」
詳しい事情は分からない、政治家の娘と家出女子が仲良くなったのも謎だ。しかし麗那の声からは、相手を想う気持ちが痛いほど伝わってきた。
「麗那ちゃんさ、ほんとに好きなんだね、翼ちゃんのこと」
アウも会話に入る。いつになく真面目なトーンだ。
「はい、好きです……あの、誰にも言えてないんですけど」
一瞬の間が空いてから。
「翼のこと、女として好きなんです。私にとっては恋なんです……言えないままアイツが死んじゃったら、一生後悔するんです。女同士でおかしいって思われるのが怖かった私を、一生許せないんです」
二人はしばらく顔を見合わせる。そっちが先に言いなよと、りこは合図した。頷いて、アウは語りかける。
「麗那ちゃん、伝えてくれてありがとう。
誰がなんて言おうと、何もおかしくないから。麗那ちゃんのその気持ち、誇らしくて大切なものだから。
絶対に連れて帰るよ、告白の準備して待っててね」
続けて、りこからも。
「声で分かるかもだけど、こっちも女ふたりなんだよね。
もし翼ちゃんが応えてくれたら……ああ、応えられなくても友達でいられたらさ。ダブルデートしようよ、女四人はめちゃくちゃ楽しいぞ」
電話越し、麗那が笑ったようだった。
「ありがとうございます、どうかあの子を頼みますね」
電話が切れる。目的地まで、あと数分。最終準備をしながら、アウが呟いた。
「なんかさ、百合オタとして絶対に負けられない戦いになってきたね」
りこも答える。
「ね~、めちゃくちゃ尊い展開になりそうだし死ねないよ」
「生きて帰ろうね、三人で」
「うん、絶対」
静寂の後、運転席から男の声。
「そろそろ俺、喋っていい?」
「ごめん三橋くん、存在忘れてた」
アウの正直な答えに、りこは吹き出す――完全に百合ワールドに入ってて、仲間がもう一人いるのを忘れていた。
「あっそ……じゃ、段取りの復習するよ。まずは君らが拘束されたように見せかけて――」
(後編へ続く)
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?