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百合オタクな殺し屋が百合を守るお話~アウリコわるきゅーれ・後編~


~前編あらすじ~

家出少女・翼が悪党に攫われ、悲惨な拷問に遭おうとしている!
翼の親友である麗那は、政治家である父を通じ、国家の影の仕事人・SHOTに救出を依頼。
SHOT隊員で百合オタクの湯町りこと一ノ日アウは、悪党の陣取る廃墟へと潜入しようとしていた。
少女たちの絆を救うため、戦え、アウリコわるきゅーれ!



⑦オンミツ・オペレーション

 翼が閉じ込められている廃墟は、元はホテルだったという。かつては郊外のリゾートとして、それなりに賑わっていたらしい。

「準備いいか……よし、行くぞ」
 三橋はゆっくりと、廃ホテルへ車を進めていく。入り口で見張りに立っていた男二人が銃を構えて歩いてきたところで、停車。窓を開けて手を上げる。

「何だお前ら?」
 見張りの威圧的な誰何に、三橋は小物らしい口調で答える。服装もありふれたチンピラを意識していた。
「百漢連合ってお兄さんたちですよね? ここに女を運んでこいって仕事受けたんですけど、合ってます?」

 そう言いながら、三橋は後部座席を指す。口を塞がれ、手も拘束された女二人。りこもアウも、誘拐されてきたように見えるだろう。
「ああ? 獲物はもう来てるぞ。お前、スマホ見せろ。連絡の履歴くらいあるだろ」
「すんません、バッテリー切れなんですよ。そちらで上に確認してもらえます?」

 話が長引きそうなので、りこはジタバタともがくフリをする。隣でアウは運転席を後ろから蹴っていた。

「あの、こいつらうるさくてウザいので、とりあえず引き取ってもらえません?」
 三橋が言うと、見張り二人は顔を見合わせてから頷いた。
「獲物が増えるのに越したことはないわ、邪魔なら殺すだけだしな……よし、女下ろせ」
 三橋は後部ドアを開け、「おら、大人しく歩け!」と脅しながら、りことアウを下車させる。二人とも、オーバーサイズのワンピースを着て、後ろ手にバンドで拘束されている。ワンピースの下には防具を着込んで武器が隠れており、バンドもすぐ外せる縛り方なのだが、見破れはしないだろう。

 二人は見張りの片方にどつかれながら、廃ホテルの中に入っている。もう片方は三橋を怪しんで、まだ尋問を続けるようだ。隙をみて三橋が殺して、退路を確保してくれるだろう。

 俯くフリをして、廃ホテルの構造と人員の配置を覚える。ロビーに二人、二階の階段近くの部屋に数人の気配。連れていかれたのは三階だった。

 手首を縛られ、裸でベッドに寝かされている女性――憔悴しているが生きている。付近にはノコギリやらペンチやらが並んでいた、危惧は当たっていたらしい。

「おい、二人追加だってよ」
「そうなんすか? 聞いてないっすけどね」
「とりあえずお前が見張っとけ、縛った女くらい三人でも余裕だろ」

 りことアウは、不安そうに背中を寄せ合う――フリをしつつ、互いの手首に結ばれたロープを外す。目を合わさないまま、りこが三本指でアウに触れる。

 三秒後。りこはくぐもった声を上げてもがき出す。口はテープに覆われたままだ、窒息したように見えるだろう。
「おいどうした!」

 片方の組員がりこを起こして口元のテープを外す瞬間、りこは敵の鼻へ頭突きを見舞った。悲鳴を上げるより早く、喉に手刀を打ち込み、肩を掴んで引き倒す。
 もう一人が反応するより先に、アウは立ち上がりざまに膝蹴りを放つ。狙い過たず金的に直撃、悶絶する敵の膝裏を蹴って倒れさせる。

 決定的な隙をみせた敵二人。
 りことアウはワンピースの裾をたくし上げ、隠していたナイフを抜き、敵の喉を一気に裂いた。悲鳴や怒号が起こる間もない、二秒足らずの殺人。他の敵に知られた様子もない、第一段階は成功――なのだが。
「ひ、ひいっ、」

 縛られていた女性がようやく気づき、荒い息で身をよじる。突然の暴力、パニックになるのも無理はない。

「しーっ、大丈夫。助けにきたよ」
「怖かったね、よく頑張ったね」
 アウとりこが呼びかけると、女性は少しずつ落ち着いたようだった。

「早野翼さん、だよね?」
 女性にの手首のロープを切りながら、りこは確認する。
「そうです、あの、あなたたちは」
「説明は後。ほら、これで良ければ着なよ」
 アウは偽装用のワンピースを脱いで、翼に差し出す。翼は頷いて、ワンピースに袖を通した。返り血がついているのは申し訳ないが、裸よりはいい。車には替えの下着もある、それまで辛抱してもらおう。

 りこもワンピースを脱ぎ、装備を整える。
 二人ともお揃いの黒ずくめだ。上半身、ボディアーマーの上に長袖シャツ。下にアーマーがあるのを知らずにパンチを打ったりすれば、敵の拳の方が痛いだろう。
 下半身はスキニーパンツ。ルーズな方が蒸れにくく快適だが、裾を掴まれると厄介なのだ。シャツと合わせて防刃仕様の特注品、安心だがめちゃくちゃ暑い。本番前だが、もうシャワーが恋しかった。

 メインの武器はオートマチックの拳銃、予備も含めひとり二挺。シグザウエルP320、部品の付け替えに対応することで多様な体格のユーザーにマッチする新しめの銃だ。女性の中でも手の小さいりこでも扱いやすい。
弾倉を確認して、防音用のサプレッサーを装着。銃声が響けば、離れた敵にも気づかれてしまう。

 接近戦用には、ナイフと警棒。軍用スコップもあれば理想だったが、隠すスペースがなかった。加えてフラッシュバンや応急処置用の包帯など、細々とした道具類。役には立たないが、お互いに贈った香水もお守り代わりに携帯していた。

「りこ、もう準備いい?」
「おけ、翼ちゃん歩けるね? これから脱出するけど、黙ってついてきて。私たちより前に出ないこと、大声を出さないこと、お願いね」

 拳銃を構えて部屋を出る。翼を挟んで、前方はアウが、後方はりこが警戒。階段を下り、話し声のする部屋を目指す。
 開け放たれたドアの脇から、鏡を使って部屋の中を覗く。全部で四人、賭け事に興じている。撮影機材の置き場所を兼ねた休憩スペースだろう。

 二人でカウントを合わせ、躍り出る。
 それぞれが二回発砲し、四人に一発ずつ撃ち込む。うち一人は喉元を撃たれ即死したようだが、他の敵の急所は外れている。家具に阻まれて狙いがつけにくい、そのまま踏み込む。

 撃たれてもなお反撃しようとするタフな敵を、蹴りで怯ませ、ナイフでトドメを刺す。無言のまま完璧にターゲットを分担し、無傷で制圧完了。不意打ちとはいえ上出来だった。

 しかし。
 テーブルに置かれたスマホから、焦ったような音声が聞こえる。
「おい、どうした! ……山だし電波悪いのか? にしてはドタバタしてたからな」

 誰かと通話していたらしい。恐らく、ホテル内の仲間と。
 小声で話し合う。
「どうするアウ、誘い込んで殺す?」
「いや、不意打ちがマストでしょ……放置して下に行こう、ロビーの奴らだけだし」
「だね」

 また三人で下へと向かう、その途中。

「ああ~~っ!! 女いねえ!! ってか死んでるじゃんお前ら!! なにこれ!!」

 上から、甲高い男の絶叫。アウはその声に聞き覚えがあった。
波座なみざだ……」
「あの強い人?」
 百漢の餓狼、と恐れられる超武闘派。入ってくるときに見当たらなかったので安心していたが、上のフロアにいたらしい。
 すぐに下へ来るし、一階の敵も上がってくるだろう。バディと離れたくはないが、翼を連れた状態で挟み撃ちされるのは避けたい。

「りこ、翼ちゃんと一緒に先に行って。波座は私が引きつける」
 アウの提案に、りこはすぐに頷いた。感情は拒否しているが、それがベターだと理解したのだろう。
「お願い、すぐ戻るから」

 そこで言葉を切りかけて。

「また後でね!」

 ありふれた言葉に、激励と祈りを詰め込んで。りこは翼を連れて階段を下りていった。
 一瞬だけ見えた、泣き出しそうな目元。
 震えていた唇、決意した横顔の逞しさ。

「……可愛いよなあ、りこちゃん」
 ヤクザに追われてから、裏社会へと転がり落ちる人生だったが。彼女に会えたなら、それはそれでアリだ。

 死んでらんないな、思いつつ上フロアへ引き返す。


⑧ゴクドウ・インファイト

 りこは翼を連れ、一階まで降りてきた。ここからロビーを抜ければ外に出られる。
 しかしロビーには最低二人、敵が待ち構えているはずだ。

 予備の拳銃を抜き、撃てる状態にして翼に渡す。
「これ持って、後ろを見てて。敵が来たらとりあえず撃って、狙わなくていいから。そしたら私が駆けつける。それまでは引き金に触らないで」
 蒼い顔で、こくこくと頷く翼。彼女のためにも、早く終わらせよう。

 前方の気配を伺う。通路の奥、左脇に人の気配。進んできた侵入者へ横から仕掛けよう、ということだろう。

 左の壁に沿って進んでから、助走に入る。敵が想定する高さより、低い位置から仕掛けよう。通路を抜ける瞬間、体を横にして頭からスライディング――いた、拳銃を構えた敵。
 同時に発砲。敵の銃弾はりこより上へ逸れ、りこの銃弾は腹部を撃ち抜いた。続けてもう一発、まずは一人。

 転がりながら体勢を立て直し、周囲を伺うと。
「――っ!」
 空気が動く気配に振り返ると、椅子が飛んできていた。銃を構えかけたので回避が遅れた、肩に受けたりこは尻餅をつく。

 そして敵が飛びかかってくる。りこの撃った弾は敵の腕を抉ったようだが、勢いは逸れない。蹴りを腹に食らって、吹き飛ばされる。

 すぐにバースト・ブリージング。痛いのは我慢できる、強烈な蹴りだがアーマー越しだ。しかし、銃を取り落としてしまった。

 立ち上がり、翼に「待て」とサインを送る。素人が援護で撃とうとしても、りこに当たりかねない。
 敵は大きな男だ。りこより三十、いや四十センチは高い。横幅だって比べるべくもないし、相当に鍛えているのは服の上からでも分かる。

「へえ……こいつは驚いた」
 ヤクザらしい、貫禄の効いた声。スーツの着こなしからしても、それなりに高い地位だったのだろう。

 彼は銃を持っていないらしいが、手にはメリケンサックをはめている。先ほど取り落とした銃を拾えれば楽に倒せそうだが、りこが拾いに動けば背後を突かれるだろう。まずは接近戦に応じるしかなさそうだ。

「お嬢ちゃんよ、上にいた若いのはアンタが殺したのかい?」
 敵を前に喋るあたり、こだわりの強いヤクザなのだろう。あまり意味があると思えないが、呼吸を整えられるのはりこにも得だ。敵の戦い方を予測して、これまでのトレーニングと照らし合わせる。勝ち筋を数パターン思い描きつつ、りこは男に答えた。

「私が殺したって言ったら怒る?」
「俺が怒りたいのは、油断してたアイツらにだよ……全く極道のクセしてだらしねえ、チャカに頼りすぎたんだろ。
 しかしお嬢ちゃん、アンタは相当に出来るみたいだ。SHOTの手先だろ?」
「そうだけど、それが?」
「じゃあ会長の仇って訳だ……俺はな、会長が殺されたときに側にいられなかったのが、死ぬほど情けなくてよ。ここで仇討ちの一歩ができると思うと、腕が鳴って仕方ないんだわ」

 男は構えると、厳かに名乗る。
「百漢連合、真桐まぎり龍太りゅうた。漢、見せたるわ」

 りこもカランビットナイフを右手に構える。
「湯町りこ。あなたを殺す女の名前だよ」

 じりじりと距離を詰めてから、りこはカランビットで真桐の左手を狙う。左手が引かれ、すぐに右拳が飛んでくるのに合わせ、カランビットを逆方向へ。浅いが、真桐の右腕に傷がついたはずだ。

 カランビットは、刃が爪のように湾曲したナイフだ。元は東南アジアの武器で、システマとは直接関係がないものの、拳の延長として使い道が広いのでりこは愛用している。パンチに合わせて敵の皮膚を切り裂けるし、引っかけて崩してもいい。

 今度は真桐から、一気に踏み込んでストレートが放たれた。小さく避けて手首を斬るつもりが、拳の速度が予想以上だった。大きく後退するりこに、さらに追撃。体勢を整えるべく、りこはソファの上を飛び越えて距離を取る。

「正々堂々向かってこんかい、湯町ィ!」
 真桐は叫びながら、りこを追ってくる。このまま逃げ回って真桐を激昂させれば、動きが乱れてくる――そう思いかけたが、それではアウとの合流が遅れる。

 すぐに勝てるルート――痛いしリスキーだが、これに決めた。
覚悟と共に、再び距離を詰める。りこがアーマーを着込んでいることを真桐も察したのだろう、頭部を攻めてきた。一発でも食らえば頭蓋が砕けそうだが、攻撃が読みやすいのは得だ。元ボクサーと訓練したときを思い出し、感覚を慣らしていく。
 カランビットで拳を捌きつつ、真桐のフックに合わせて左手でカウンターを放つ。真桐の肘裏を打ち、動きを乱したところで頭から突っ込む。
 真桐の腰に組みつき、背中をカランビットで裂く。真桐はりこを引き剥がそうと、組みつく背中に拳を叩き込む。りこは手を離し、地面に叩きつけられる――それでいい。
 床で顔をすりむいた気がするし、今も真桐の蹴りをアーマー越しに食らい続けているが、構わず左手で足首を抱える。左手のカランビットで裂く、足の肉をひたすら裂く。足の筋肉の損傷と激痛で攻め落とす。
 真桐の体勢が崩れたところで、転がって離れる。横になった姿勢から真桐を蹴って、さらに距離を離す。
 
「やるのぉ湯町、まだまだあ!」
 真桐は尚も立ち上がろうとしている。これだけ傷だらけでもまだ動くガッツには敬意が湧くし、最後まで格闘戦に付き合うのが礼儀にも思えるが、生憎とそんな余裕はない。

 先ほど取り落とした拳銃を拾い、真桐へと向ける。
「チャカだあ……この卑怯モンが!!」
 その通りだろう、任侠映画の見せ場だったら炎上不可避だ。
「ごめんね、けど私たち、極道じゃなくて殺し屋だからさ」

 突進してくる真桐を撃つ。せめて苦しまないよう、急所を狙った。

 強敵を倒した、その安堵で崩れ落ちそうになるが、なんとかこらえる。

 翼を呼んで外に出ると、何やら銃撃戦が起こっていた。車をバリケードに、三橋が敵の新手を迎え撃っている。
 りこは遠回りして敵集団の側面に回り、フラッシュバンを投げ込んで敵の目を眩ます。その隙に三橋と共に銃弾を撃ち込み、全滅させた。

「ごめん湯町さん、新手に手間取って援護できなかった」
「いいよ、予定外で大変だったね……じゃあこの子、三橋くんに頼んでいい?」
「いいけど、湯町さんは?」
「アウが強敵の囮やってくれてるから、助けいってくる。退路の確保は任せたからね」

 エナジードリンクを飲み、香水を嗅いで気合いを入れる。出会った記念日に、アウが「りこはこういう匂いが合うよ」と贈ってくれたものだ。

 まだ生きてるよね。
 すぐ行くから、耐えてね。


⑨ユリオタ・パニッシュメント

 アウが三階へと行くと、波座はすぐに見つかった。騒ぎながら廊下をウロウロしている。
 拳銃では遠い距離だが、今がチャンスだ。ウィーバースタンスで構え、撃つ――しかしその瞬間、波座は横に跳んでいた。

「……マジ?」
 確実に、アウは視界に入っていなかったはずだ。この界隈ではたまにいるのだ、比喩でなく「殺気」を読む奴らが。

 アウが物陰に隠れ、鏡で波座の方を伺う。
「なんなのこれ、カチコミ? 警察? ほらほら、こそこそしてないで殺し合いしようぜ~」

 波座、百漢の餓狼。敵組織の事務所に単身で飛び込み、ドス一本で全滅させたという伝説級の武闘派だ。派手に騒ぎながら人を惨殺し、人体を損壊して快楽に酔う、根っからの戦闘狂である。

 波座は片手に拳銃、片手にドスを携え、こちらへ歩いてくる。アウの位置は把握されているだろう。
 ここで待ち構えるか迷ったが、今はコイツをりこと翼から引き離したかった。

 当たらないのを承知で、波座の方向へ一発。それから、階段を駆け上がる。

「おわ、み~っけ!!」
 誘導した通り、波座は階段を駆け上がってくる。アウは一つ上のフロアへ駆け込み、あえてドアの音を立てて客室に入る。手足を壁に突っ張って上り、天井際に張り付いた。客室の入り口の狭さゆえの芸当だが、まさかここに潜んでいるとは思うまい。

 波座はひと部屋ずつ索敵するはずだ。この部屋に入った瞬間を狙う。
 狙いどおり、波座の足音はすぐに近づいてきた。
「大体この辺の……こっち、じゃないな、こっちか!」

 ドアが開く、波座が銃を構えて入り――入りきった瞬間。
「あ、」
「えいっ」

 波座とアウの目が合った、その瞬間にアウは落ちた。
「げえ――っ!」
 流石の反応速度で波座は退いたが、銃を突き出していた左腕は一瞬遅れた。アウが落ちざまに振り下ろした拳に打たれ、波座の左腕は銃を落とす。
 すかさずアウは波座を撃とうとするが、その腕へと波座が蹴りを入れる。

 お互いに銃を落とし、ナイフとドスを構えて睨み合いになる。
 すると。

「え、マジ、女の子じゃんスッゲエ……ってか君さ、前に百連にいなかったっけ? あの、イチノタニちゃんだっけ」
 ドスを構えたまま、波座はにこやかにアウに訊ねた。
「イチノカね……よく覚えてるね、一緒に仕事したことないはずだけど」
「うちの組で女の殺し屋って珍しいからさ~。遠目で見ては盛り上がってたのよ。けどなんでここにいるの?」
「転職したから」
「そっか~、今は敵か~……けど良かった、いちのかチャンとは戦ってみたかったのよ」

 そこで波座は、転がった拳銃に目を落とす。
「せっかくだしさ? 銃なしで、刃物縛りで殺し合いしよ~ぜ? 最近どこ行っても銃撃戦ばっかで飽きてるのよ。生きた女の子を切り刻める予定が台無しなんだし、ね、代わりに付き合って」

 アウには予備の拳銃もあるし、そっちの方が倒しやすい。
 しかし波座は今、アウを早く倒すのではなく、戦いを楽しむことを優先しようとしている。アウがすべきは陽動だし、りこが戻ってくるまでの時間稼ぎができればいい。

「……いいよ、じゃあ私はこっちで行かせてもらうね」
 ナイフの代わりに特殊警棒を出す。優先すべきは防御だ、なら警棒の方が扱いやすいしリーチも長い。
「あれ、遠慮なく斬りにきていいのよ?」
「そうじゃなくて、打撃の方が好きなの私。手応えあるじゃん」
「そっか~、分かってるね、いちのかチャン! そういうの好きよ、俺も気分あがってきた!」

 波座は笑いながら、着ていたパーカーを一瞬で脱ぎ捨てる。上半身が露わになり、狼の入れ墨がアウの目に飛びこんでくる……絶対に脱いだ方が痛いと思うし、アウとしてもやりづらいのだが、ここは合わせよう。

「じゃあ、いちのかチャン、おいでおいで~!」
 波座は遊ぶように、ドスをひらひらさせていた。挑発に乗りたくもなかったが、いきなり相手のペースに引きずられるのも怖い。
 アウは右手の警棒を顔の近くに構えつつ、左手を開いて波座に突き出す。ちょうど波座の視界を塞ぐような角度だ。ここで波座がドスを出してきたら警棒でカウンターを打とうと思ったが、波座はニヤニヤしたまま攻めてこない。
 上半身から攻めると反撃が怖い。軽く警棒のフェイントをかけてからローキックを仕掛ける。
「おっと!」
 波座はすぐに反応したが、爪先は掠った。足技も使えるというプレッシャーは掛かっただろうか、深追いせずに距離を取る。

「やるねえ……じゃあ俺のターン、レッツゴー!」
 波座は元気に叫ぶと、右手のドスを振り上げて斬りかかってきた。アウも退きつつ警棒で受けるが――こいつ、やっぱりめちゃくちゃ速い!
 鞭のように腕をしならせ、予測しにくい軌道でドスを突きいれてくる。刃物相手には横に躱してから反撃を見舞うのが定石だし、今のアウも手首への打撃を狙っている。しかし当たらない、伸びたと見えた瞬間には引かれている。

 きっと波座は、本気で殺そうと思えばすぐに済むのだろう。彼は楽しんでいる、こっちは遊ばれている。いや、いたぶられている、だろう。
 とはいえ。観察するうちに、動きのクセも見えてくる。刃先が右へ横切る、その後ろを追うように警棒で払う。波座の右手に当たったところで、さらに奥へ警棒を突き込む。当たらなくていい、ビビってくれればいい。

 手への打撃と、眼前への突きで、波座の右半身は反射的に緊張している。その力みに合わせて、アウは波座の右腕を引いた。波座の体勢が崩れたところに前蹴りを放ち、尻餅をつかせる。

 銃――よりも踏みつけた方が早い、そう判断して飛びかかろうとするも、波座は驚きの動きで応じてきた。背中を床につけたまま、独楽のように両足を振り回す。アウは蹴りを食らいつつも目を疑っていた、ブレイクダンス――のウィンドミルによる攻撃、映画で観たことはあるが実戦で出会うとは思っていなかった、しかも食らったし。
 
 波座の奇行はそれに留まらない。仰向けの姿勢のまま頭をこちらに向け、蜘蛛のように接近しながらドスを振り回してきた。低すぎて防御に困るし、速い。づいう体の構造してんだ、人間が走る姿勢じゃねえだろ。

 アウが後退に徹したところで、波座は跳ねるように起き上がり、全力で突っ込んできた。
「やるねえ、いちのかチャン! 俺を崩せるなんて大したもんだ!」
「アンタこそ何モンだよ! どっかにワイヤーでも付いてるんかい!」

 テンションが上がったのか、ますますトリッキーな攻め手を繰り出してくる波座。あれだけの曲芸をしておいて、全く息が上がっていない。このままではスタミナ切れで押し切られる、その予感を裏打ちするように、波座の刃がアウの顔を捉えた。
 右頬に痛み。口の中までは切られていないが、焦る。

「おっと……ごめんごめん、可愛い顔に」
「殺し屋なら勲章みたいなもんでしょ……ってか、刀傷なら左頬に十字で付けてよ」
「え~、細かいこと言わないで――よっ!」

 再び波座の猛攻。アウの防戦も限界だ、思い切って攻勢に出る。
 右手の警棒を振りかぶり、波座の頭部を狙う――と見せかけ、投擲。腹部に直撃し、波座は怯む。
 その隙に、アウは左手にナイフを抜き、喉元目がけて突く。ドスとの相打ち覚悟だ、姿勢と防具の関係でこちらが勝てるはず、だったが。

 波座の上半身が急に遠のき、アウが戸惑った瞬間。
「――っがあっ!」

 アウの後頭部に、強烈な打撃。アウは前へ倒れこみ、意識が遠のく。
 必死に息を整えながら、頭を回す。波座は自分から後ろに倒れ、投げ出された足でアウを背後から蹴った。回避と攻撃の両立、悔しいが圧倒的な力量だ。

 このまま殺されるかと思ったが、波座はアウの髪を掴んで引き起こす。
「へえ、やるじゃんよ、いちのかちゃん」
 喋りたい気分らしい、ありがたく乗っておく。りこ、早く来てくれ。
「いった……せめて襟とか掴んでよね」
「そりゃ失礼。けど俺も熱くなってんのよ……日本中でチンピラとやりあってきたけど、サシで俺がこんなに追い込まれたの初めて」
「はは、その見識の広さで教えてくれないかな……この状況からでも入れる殺し屋の保険とかない?」
「ぎゃはは、ジョークが上手いねえいちのかチャンは、ますます好み」

 波座はアウを背後からホールドし、ドスを突きつける。アウの両腕は掴まれているし、足で暴れれば殺されかねない。
 そして波座は、壁を背にしている。壁と人質で前後を守る、敵の増援への対策も万全だ。ついでに男の裸に密着され、アウのストレスにも拍車が掛かる。だから脱がれるとやりづらいんだよ。

 波座はドスの腹で、アウの顔をペタペタと撫でる。
「俺さあ、夢があってさあ」
「何、殺し屋世界一?」
「いや。めちゃくちゃ強い女とヤること。めちゃくちゃ強い女を快楽堕ちさせたい」
「……つまりヤるって、」
「そりゃ男と女の」
「あー分かってる分かってる、うん、そうなんだね」
「そーそー、せっかくホテルだし、いちのかちゃんこれからどう? どうせ拷問用の子も近くにいるでしょ、三人で仲良く遊ぼうぜ」
「へえ……そうだね……」

 ――こいつ、めちゃくちゃ殺したくなってきたな。男とそういうことしたくないから殺し屋になったんだぞ、こちとら。
 とはいえ、今のアウは完全に劣勢である。いっそ従うフリでもしようかと思いかけたとき。

 血生臭い廃墟に似つかわしくない、ほのかな香り。
 すぐに思い当たる、以前にアウからりこへと贈った香水だ――りこが近くに来ている。波座に見つからないよう、じっと機会を窺っているはずだ。

 アウだけが気づくよう、意図的に宙に振りまいたのだろう。しかし波座も気づいたらしく、怪訝な声を上げる。
「……なんか、いい匂いしね?」
「いい匂い? 私がつけてる香水にやっと気づいたの?」
 りこの存在を感づかせない、それがこちらのアドバンテージだ。
「そっか香水か、キャバだとムンムンだったな~。ってか殺し屋が香水つけてどうすんの、バレるじゃん」
 その通りである。アウとりこもお守り代わりだし、使うとしても任務後だ。
「だってさっきは気づいてなかったでしょ? 密着しないと分からないくらいの量にしてんの、レディの嗜み」
「はあ、女の殺し屋って奥が深いな……」

 せっかく雑談の雰囲気になってきたので、突破の糸口を探す。この会話はりこにも聞こえるはずだ、ならば――これか。

「そういえば波座さん、どういう女がタイプなの? 強いって以外にも色々あるでしょ、女優さんだとどの辺?」
「いや、あんまドラマ観ないから分からん……いちのかチャン、アニメ詳しい?」
「私もアニメの方が詳しい」
「あれ分かるかな、魔唱の乙女――」
「嘘、ましょヴァル観てんの!? 超好きなんだけど」

 ましょヴァルを観てる人間性にはとても思えない――アウも殺し屋なので突っ込みにくいが。ともかく、都合のいい流れだ。

「へえ、いちのかちゃんも好きなんだ! 俺トモエちゃんのこと超好きなのよ、ロリかわなのにマジ格好いいの」
「だよね~、私は誰がっていうか、トモキュリの絆が尊くてさ」

「分かる分かる、やっぱ百合最高よね。
 俺はああいう女の子たちに――挟まれて二人とも抱きたい」

 ぶちっっっ。
 アウの頭の中で、何かが派手に切れた。
 殺し屋としてのプロ意識を総動員し、平静を装う。

「へえ、そういう愛で方なんだね……」
「お、いちのかチャンは分かってくれるか~。
 けどみんな心狭くない? この前にTLでエロカワなトモキュリ絵を見かけたからさ、絶賛と一緒に『男と3Pしてる絵もください』ってリプしたの、そしたら絵師にはブロックされるし他のオタクからすごい怒られるし、俺すごくショックで」
「それは……こだわり強い人もいるからさ……」

 お前、お前お前お前お前お前お前!!
 挟まりたい願望を抱えるだけに留まらず、絵師にぶつけるとはお前!!

「ちなみに波座さん、トモエの声優の――」
「夕樹翠ちゃん? もちろん大好きよ、オカズにした日はコメントで伝えてるし」

 よっしゃ殺す!!
 この手で殺す!!
 百合オタとして声オタとして殺し屋として全アイデンティティを懸けて、絶対に、こいつは生きて帰さない!!

「じゃあ、やっぱり翠ちゃんには会ってみたいよね?」
「そりゃ勿論、けど会うならめっちゃ心の準備しないとじゃん。ライブとかでも生で見たことないのよ俺、間近で見たら気絶するかも」

「――そんなに翠のことが好きなら、」

 突如として響く第三の声、それは夕樹翠の声に酷似していた。

「すぐにその女性を放しなさい、波座くん!!」
 ここに声優がいるはずない、湯町りこの声真似である、しかし。

「……え、あ、マジ?」
 突然に推しに呼ばれるという異常事態に、座波は茫然とする――今だ。

 アウはドスを突きつけていた波座の手首に噛みつき、足も踏みつける。
「ああっ!?」
 慌てて正気に戻ろうとする波座へ、さらに頭突きと踵蹴り。アウを拘束していた腕が離れたところで、拳銃を抜いて発砲。

 さすがの反射神経で、波座は体をよじって銃弾を避けていた。そもそもアウも狙いはつけていない。しかし、これだけ頭に近い位置での銃声は三半規管にダメージを与える、確実に平衡感覚は狂うはずだ。

 実際、波座の歩調は乱れていた。しかし彼は暴れながらアウに組み付く。
 一人ならピンチだった、しかし。

「てめえ――っ!!」

 背後から足音、隠れていたりこが疾走してきた。

「私のアウちゃんから、離れろ!!」

 肉を裂く音。駆け抜ける勢いのまま、りこのカランビットが波座の胴を裂いたらしい。たまらず波座の力が緩み、アウは脱出する。

 武器を取り落とし、もがきながら逃げようとする波座。アウとりこは彼を蹴りつけ、手足を撃って追い詰めながら言葉を交わす。
「りこちゃん遅いよ!」
「ごめんお待たせ」
「けど名演技だったよ」
「やったー、じゃあどうしよっか」
「めっっっちゃくちゃムカついてる、裸で抱きつくし害悪オタクだし」
「うん、私も聞いてて絶叫寸前だった、殺し屋キャリアで最大級の殺意」
「この手でトドメ刺したいわ~」
「賛成、じゃあ一緒にやろ」

 抵抗の力を失った波座は、縋るように見返してくる。
「ゆるして……心入れ替えるから、俺まだ楽しいことしたい! 見逃して!」

「「だ~めっ」」
 二人の拒絶がユニゾンする。

「だって私たち、殺し屋だし」
 アウは波座の右脇に。

「それに百合オタだもん。私の大好きな相棒と、怖い思いした子と、百合関係者各位の仇は生かしちゃおけないよ」
 りこは波座の左脇に。

 脇に腕を入れて引き起こし、殴りやすい高さで支える。
 そして殴る。
「あんなに怖かった翼ちゃんのぶん!」
「ベタベタ触られたアウのぶん!」
「心配で死にそうな麗那ちゃんのぶん!」
「クソリプ被害者のぶん!」
「女の子たちの幸せを願う全百合オタのぶん!」

 ぶん! に合わせて腹パンを食らわせ、そしてトドメである。

「そんなに百合に挟まりたいなら、」
 アウが右の掌を開き。

「百合で挟んで殺してあげる!」
 りこが左の拳を固める。

「「滅!!」」

 アウの掌底が顔面へ、りこの拳が後頸部へ、挟み込むように同時に直撃!!
 女ふたりの渾身の打撃によるZ字状のエネルギーが、悪漢の首を粉砕!!
 
 後に「百合バサミの刑・Z」と恐れられる、二人の処刑奥義の誕生である!!


⑩カチドキ・アフタートーク

 波座が倒れた途端、二人を猛烈な疲労が襲う。座り込んで、お互いにもたれるように抱き合う。
「はあ~……きっつ……」
「けど勝ったね~……ってアウ、顔!」
「え? あ、切られたんだ」
「とりあえず消毒するよ! はいそっち向いて!」

 すぐにりこが消毒液やガーゼを取り出し、手当てしてくれる。
「はい、沁みるよ」
「へ~い……いっって!!」
「見てても痛いよ。新しい乳液の成果が出てきた頃なのに、勿体ない……」
「ね~、いや生きてるからいいけどさ……ってか、りこも! この辺ヒドいじゃん!」
「そうなのよ~、髪で隠れないかな?」
「ちょっと貸して……いや、これは目立つよどうしても」
「え~ん……」

 二人してげんなりとし、それから同時に吹き出す。
「まあ生きてるしいっか、満点満点!」
「ね~、それにアウは傷だらけでも可愛いもん」
「りこもいつでもウルトラ美少女だよ~、ってかさっきの発言なに、私のアウちゃん――」
「あぁ~! あれは!」
「それに処刑前の? 大好きな相棒でしたっけ?」」
「うう……そうです、いちのかアウは大好きな相棒です! ほら行くよ!」
「……よし録音した」
「はあ!? 何その無駄な機転」
「殺し屋だもん」
「あっそ……じゃあ録音代と、あと救援料金として、打ち上げの酒はアウ持ちね」
「いやなんでそうなんの!? あのクソ変態ヒットマンを引き受けたの私じゃん!」

 そんなふうに騒ぎながら、二人は腕を組んで死屍累々の廃墟を後にする。

 後始末にきた部隊に現場を任せ、突入組は翼と共に帰還した。
 拠点に戻ると、待っていた麗那が号泣しながら翼へ抱きついていた。

「尊いねえ」
「助けて良かったねえ」
「むしろ私たちが助かったねえ」

 りことアウが惚けた顔で少女たちの再会を見守っていると、広坂係長がやってくる。
「ああ、二人ともお疲れ様でした……むむ、なかなかの負傷具合ですね。すぐに医療班に診てもらいましょう」
 さらなるタスクに、二人とも顔を顰める。りこは苦し紛れに、広坂に訊いてみた。
「あの、ひとっ風呂あびて一杯やった後でもいいですか」
「なんでいいと思ってるんですか? その辺がプロ意識ないですね、アフターケアを疎かにする隊員に未来はないですよ。どんな殺し屋より強いのが病原菌ですから」

 正論である。打ち上げはお預けになり、二人は診療用の拠点に連れていかれ。
 思ったよりも全身傷だらけだったらしく、しばらく入院が決まった。

⑪コロシヤ・ライジング~アウりこ or りこアウの場合~

「はあ~、ずっとこうしてたい~天国~!」
 病室にて。枕に顔を押しつけながら、アウは叫ぶ。
「ねえ、百合観て寝てるのが仕事だもんね……明日退院だけど」
 りこが突きつけた事実に、アウは枕をビンタする。
「うう~働きたくない~!!」

 二人で病室に滞在し、検査や治療を受けたものの。
 暇な時間が多く、私物も持ち込めたため、普段はできない贅沢な時間の使い方ができた。

 りこがディスクを持ってきた魔法少女アニメ「ゆりめくる☆みらくる」の全話上映を挙行、改めて尊さに打ち震えた。
 アウは「そのリングでつかまえて」というプロレスマンガをりこに読ませた。女子レスラーの熱闘を語り合い、新たな技のインスピレーションを培った。
 
 訓練も任務もなく、ひたすら百合を愛でて語る日々である。ずっとこれで良い。

 渦中の少女たち、麗那と翼も順調な道を辿っていた。
 翼は精神的なショックこそ大きいものの、体は大事ないらしい。家には帰りにくい事情があるため、カウンセリングなどを受けつつ、住み込みの仕事を探すことになっていた。
 ちなみに。翼を誘拐した犯人たちは、追跡を逃れるべく彼女のスマホを破壊していた。それでもGPS追跡が可能だったのは、ヘアピンに仕込んでいた通信機のおかげらしい。元々は麗那が誘拐対策に付けていたものを、「翼の方が危なっかしいから」と譲ったという。

 それだけ翼を大事に想い、コネを使い倒して救出させた麗那は。翼に告白し、晴れて恋人として付き合いはじめたらしい。そのことを聞いて、りこもアウも疲労が全快した――と思うくらいに喜んだ。今度四人で遊びにいくときに、馴れ初めを聞く約束も取り付けている。

 敵はいっぱい死んだけど大体めでたし、というムードで達成感に浸っていた頃。病室に広坂係長が訊ねてきた。

「どうもこんばんは、」
「係長~、その手提げはもしかしなくてもお土産ですね?」
 りこが目をつけた通り、広坂は有名なケーキ店の紙袋を携えていた。
「ええ、ささやかですがお見舞いの品です」
 ここまではいい、上司の粋な計らいだ。しかし、
「特別休暇のラストに、召し上がってくださいね」
 この言葉はよくなかった。

「えっ特別休暇? あれってこれからですよね?」
 アウの威圧的な確認に、広坂は笑顔で首を振る。
「いえ、今までの期間です」
「はあ? 私も湯町も入院中ですよ?」
「だってお二人ともずっとダラダラしてたじゃないですか」
「そうですけど、これは任務後の回復期間です! 業務の一環!」
「回復期間と休暇を別で出せるほどウチは暇じゃないんですよ」
「そんな理屈が成り立つと思うんですか? アウ、労基署が開いてる時間を調べて」
「殺し屋に労働基準法が適用されるとでも……そもそもオモテの役所に行ったら機密の観点でアウトですね、粛清ですよ」
「ひぃぃん……」

 りことアウは悲愴な面持ちで顔を見合わせてから、キッと広坂に向き直る。
「係長、ご足労ありがとうございました」
「ケーキは私と湯町で美味しく頂きます、お忙しいでしょうしお構いなく」
 ブツだけ置いて帰れ、である。しかし広坂は肩を竦めると、椅子に腰掛けてタブレット端末を出した。

「ケーキ届けに来たんじゃないですよ……上層部からお話がありましてね。
 先日のお二人の戦績を知って、以前から構想していた企画を進めることになりました。女性隊員を中心とした専門部隊の設立でして……」
 広坂はタブレットに目を落とし、溜息をついてから続ける。

「これは上層部のネーミングですよ? 仮称、ワルキューレ・プロジェクトです」

 女の失笑、二人ぶん。
「……うちの上層部って中学二年生でしたっけ?」
 りこの返答に、アウもコクコクと頷く。
「ロマンが好きなんですよ、きっと……名前はともかく方向性は真面目です。
 凶悪犯罪の多様化・複雑化に伴い、男性隊員を中心としたアプローチでは対応が難しいケースも増えてきました。女性だからこそ出来る任務も増えていますし、それが可能な人材も揃っています」

 広坂の説明に、アウも同意する。
「確かに、人質に紛れ込むとか、スパイ的な動きは私たちの方が有利かも」
「そういうことです、情報収集の面でも手札は増やしたいですし。それにSHOT内だけでなく、民間の殺し屋でも優秀な女性が増えているんですよ」
「みたいですね。この前もアウと盛り上がったんですよ、高校出たばかりの女子コンビがヤクザを壊滅させたって噂」
「ええ。そういう人たちとも協力して、我が国のウラの治安維持を強化しようという話ですね。殺し屋業界でも官民連携を進めよう、というコンセプトも込みです」
「殺し屋業界で官民連携する国、将来に不安しかないんですけど」
「一ノ日さんの意見は尤もですが、我々そういう業界ですし……それで、です」

 広坂は視線を上げて、りことアウを交互に見る。
「このプロジェクトの主導をうちの課でやることになったので、お二人にも中心メンバーをお願いしたいのですが。
 どちらをリーダー役に推薦しましょう?」

 広坂の質問に、りことアウは顔を見合わせ、ニコリと笑う。以心伝心の殺し屋コンビ、決断は早い。

「決まってるじゃないですか係長」
「だよねえ、りこちゃん! リーダーに相応しいのは、せーのっ」
 
 両者とも満面の笑みで、自分を示していた。
「え?」
「え、って、そっちこそ」
「いや、どう考えても私でしょ。だってアウより私の方が入隊が早いし、お姉さん隊員じゃん」
「入隊はそうだけどさ、姉か妹でいえば完全にりこが妹だよね? だってサイズ的に」
「ええ、身長はね? けど酔うと人の指しゃぶってバブバブしてる女が姉な訳ないでしょ、ねえ妹のかアウさん」
「ゆ、ゆび……けどそもそも出会ったときさ、私は完全にりこを圧倒してたよね」
「アウが圧倒? もう数秒すれば私はナイフ抜いて逆転してたけど?」
「いや全然、寝技に入った時点で私の腕の長さが大勝利でしょ」
「じゃあこの前のCQB訓練の――」

「はいはい、ストップストップ!」
 広坂は手を叩いて、不毛な言い争いを止める。

「今決めなくてもいいので、二人で納得いくまで話し合ってください……では私はこれで」
 部屋を出て行く広坂を見送って、とりあえずケーキを食べ始める。

「うっま、やば、」
「神だね」
「むしろ悪魔的」
「国家の隠れた金で食ってると思うと、余計に」

 お腹と気分が満たされた所で、話題を先ほどの提案に戻す。

「正直、私もアウもリーダーって柄じゃないよね」
「うん、この人についていきたくないタイプだよ自分自身」
「けどさあ、アウに立場で負けるのは、なんかさ、」
「私もねえ……りことは仲良くしたいけど、譲りたくないもんなあ……」
「そもそも戦闘での強さとは別要因な気もするし」
「こう、人としての格の話だよね」
「……係長に判断任せる?」
「それは嫌だ」

 議論が膠着したところで、二人のスマホがメッセージを受信。
 麗那から、四人で遊ぶ予定についてである。翼はまだ人前に出たくないこと、二人も傷痕が目立つことから、麗那の別荘でお泊まり会をしようという誘いだった。
「名案だね~」
「うん、お泊まりとか久しぶりだし!」

 快諾で答えようとしたとき、二人の脳裏に同時に案が浮かぶ。

「ねえりこ、」
「うん、多分私も同じ」
「どっちがリーダーに相応しいイケてる女か」
「麗那ちゃんと翼ちゃんに決めてもらおう!」

 びしっとお互いを指して、高らかに宣誓。
「りこには、」
「アウには、」
「「負けないからね!!」」

 次回、
 百合オタクな殺し屋の、スパダリ女七番勝負!!

 来週もアウりこと~、暗殺、暗殺ぅ♪


※続きません
※本編終了です、お読みくださりありがとうございました!

おまけ・元ネタ集

 今作はあまりにも引用・オマージュが多いので、その元ネタを挙げていきます。あくまで「僕が引用元として意識している作品」なので、元祖が別作品でもご了承ください。

①コロシヤ・ドロッピング~りこの場合~

・SHOT(特殊秘匿作戦部)
 イメージしたのはドラマ「コードネームミラージュ」におけるK-13。アクション監督は「ベイビーわるきゅーれ」と同じく園村健介さんです。日本映像界におけるアクションの特異点だと思ってるので是非観てね。

③アイボウ・ビギニング

・なんだこのアドリブ力は
・作りこんできたスタイルだ
 アウさん本人による、トークのスタイルへの言及。「アドリブのいちのか、作り込みの湯町」

・リーチは相手に分があるようだが、一撃の重さはこちらが上だ
 アウりこ本人より。アウさんの方が長身だが、腕相撲だとりこさんが勝つ模様(書店バイトで鍛えた、とか)


④アイボウ・ダイアリー

・システマに関する記述
 参考にしたのは
「4つの原則が生む無限の動きと身体 ロシアンマーシャルアーツ システマ入門」(著・北川貴英)
 実戦的で、筋力差・体格差を覆しやすいイメージがあったのでチョイスしました。

・豪華拳乱バトルシスターズ
「大乱闘スマッシュブラザーズ」シリーズの美少女版としてイメージ。
 本家スマブラは「ベイビーわるきゅーれ」挿入歌にも登場している他、りこさんがビギナー配信をされていました。DLC参戦のくだりはソラ参戦発表の熱狂を反映させています。


⑧ゴクドウ・インファイト

・スライディングしてからの発砲
「コードネームミラージュ」より、主人公の技です。

・真桐龍太
「龍が如く」シリーズのキャラ名より。「ベイビーわるきゅーれ」の敵役・三元雅芸さんはモーションアクターで参加してます。オタクは知らないうちに三元さんのお世話になりがち。

・カランビットナイフ
 映画「RE:BORN」や、主演・坂口拓さんのYouTubeチャンネルより。「ベイビーわるきゅーれ」の伊澤彩織さんはこの作品の研修生としてアクションの道に入られたそうです。本編にも出ていたはず……(みんな一瞬で散るのであまり分かってない)

・ソファの上を飛び越える
「ベイビーわるきゅーれ」での、まひろの動き。こちらはアクションというより日常ギャグですが。

・足にしがみついてナイフで連続攻撃
 伊澤さん出演の自主アクション映画「姉妹」より。「ベイビーわるきゅーれ」でのまひろの戦いぶりも反映させてます。



⑨ユリオタ・パニッシュメント
・手足を壁に突っ張って上り、天井際に張り付く
 動きは「SASUKE」のスパイダー系より。映画「ホーム・アローン3」にも近い構図が。

・戦闘時に半裸になるヤクザ
「龍が如く」より。脱ぐの速すぎますよね彼ら……

・掌で敵の視界を妨害する構え
 映画「HYDRA」より。「ベイビーわるきゅーれ」からは園村健介さんや三元雅芸さんなどが参戦している、これまたガチの高速格闘アクションです。
「ベイビー~」のまひろも似た構えしてたような……(うろ覚え)

・ブレイクダンス蹴り
 色んなところで見かけますが、「HiGH & LOW」シリーズの印象が強いです。

・仰向けの姿勢で刃物を振り回す
「コードネームミラージュ」で、こんな戦い方をするナイフ女がいた気がします。あと「龍が如く」でもいたかな……(うろ覚え)

・左頬の十字傷
「るろうに剣心」の主人公・剣心のトレードマーク。

・後ろに倒れながらの蹴り
 映画「図書館戦争」より、ジャニーズ屈指の武術家・岡田准一さんが披露していました。このときの敵役が三元さんだったような……?

・この状況からでも入れる保険
 ネットでお馴染みのフレーズ。特に元ネタのCMはないらしいです。

・香水
「ベイビーわるきゅーれ」でのキーアイテム。
 アウりこもお互いをイメージした香水の話をしていた記憶です。


⑪コロシヤ・ライジング~アウりこ or りこアウの場合~

・ゆりめくる☆みらくる
・そのリングでつかまえて

「ない百合プレゼン選手権」配信で登場。厳密には存在しないんですけど感想も思い入れもバッチリあるんですよね……


・ヤクザを壊滅させた民間の殺し屋女子コンビ
 あの二人です。

・アウりこのどっちがリーダーか問題
 順番の話ですね。二人とファンを悩ませる、非常に複雑かつ繊細な問題です。

・スパダリ女七番勝負
「Fare/Grand Order」の「英霊剣豪七番勝負」より。スパダリ女を決める競技って何やるんでしょうね。

・暗殺、暗殺ぅ!
「エヴァンゲリオン」シリーズでの「サービス、サービスぅ」より。殺し屋もサービス業ですからね多分。


 以上、好きに書かせていただきました。
 邦画アクションと百合Vtuber、別路線で追っていた「推し」が超接近しており喜びの止まらない最近です。

 ありがとうアウりこ!!
 ありがとう「ベイビーわるきゅーれ」!!

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