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他者と繋がる力を取り戻すための「ケア」 小川公代『ケアする惑星』書評

■「家父長制」と「ケア」

 英文学者・小川公代の著書『ケアする惑星』は、「ケア」という概念を元に文芸、映画、アニメ作品を読み解く文芸評論だ。「ケア」を貶める「家父長制」への抵抗の書でもある。

 小川は「家父長制」的なものと「ケア」的なものを対比する。それは一方では「成熟」の特徴とされる「自律」「個体」であり、もう一方は「他者への共感」である。もしくは、「愛国心」に対比するものとして、地球全体を故郷とみなすような「郷土愛」。また、「不思議の国のアリス」の作品を通じて「オトナ」と「オンナ・コドモ」の世界の対比を行う。

 それぞれ前者が「家父長制」的なものであり、後者が「ケア」的なるものだ。小川は一貫して、後者の「ケア」的な営みに灯りを照らす。

■「人間嫌い」と「弱者への憎悪」

 このような仕事を小川が行うのも、現代に対する危機意識があるからだ。小川は政治哲学者チャールズ・テイラーの「人間嫌い」という言葉を参照する。

 「人間嫌い」とは、特に強者が弱者へと向ける憎悪の眼差しだ。強者は一人の個人が自分自身のみで自律している状態を良しとする。しかし、他者の庇護や協力を必要とする「弱者」は、彼らの価値観に反している。「自律」していない倦むべき存在として、彼らのことを嫌悪するのだ。

 また、この本では「健康」「弱肉強食」を是とする「ダーウィニズム」も批判する。「ダーウィニズム」は、この「人間嫌い」の感情も増幅させる。私たちは、この「人間嫌い」が蔓延する中で「連帯する力」を失くしていってるのではないか。

 小川はこのような問題意識を背景に、人と人とが関わり合う力を取り戻すための「ケア」を提唱する。その力強い文体は、きっと読者を「エンパワメント」してくれるだろう。


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