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「郊外」という場所の可能性を描いた文学批評 『郊外の記憶』書評

土地が物語を生成するという立場 

 この『郊外の記憶』という本は、郊外が舞台の小説を取り上げ、「その土地が物語を生成する」という立場に立って作品を分析する、一種の文芸批評だ。

 実際に物語に出てくる場所に赴き、作品と土地の両面から考察を深める。
 取り上げられた作家は三浦しをん、北村薫、長野まゆみ等。場所は町田、国分寺、春日部などが挙げられる。

郊外にある重層性を読み解く

 郊外は時に、「何もない場所」と言われる。その土地の歴史を無視し、どこにもでもあるチェーン店が建ち並ぶことなどが、そう言われる原因だろう。しかし、その土地にも「過去」があり、その場所で起こってきたことの「記憶」がある。

 一見すると平板に見えるその風景の中に、土地が持つ固有な歴史背景が、見え隠れする。「郊外」とは、そんな「重層性」を持った土地なのである。

 郊外という場所が「何もない」ように見えるのは、その「重層的」であるがゆえの物語の読み取りにくさが、一つの要因でもある。しかし作者はその場所から織り成される「物語」を、その重層性を損なうことなく「重層的」なままに読み解く。

 「何もない場所」と言われる場所の実態を、つぶさに解いていくことによって、正にそこにある「郊外の物語」として、浮かび上がらせるのである。

 その手法と、そこに描かれた「郊外」の姿の鮮やかさは、一読の価値がある。 

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