【短編小説】 捕まらぬ蝶
愛する人を手に入れるには、どうしたらいいのか。
一度頭をもたげた疑問は、なかなか思考から出ていってはくれなかった。
深々と私のなかに突き刺さっている。
だかそれ以上に私を支配しているのが、あの人だった。
高貴なお方。
孤高で、高嶺の華で。
決して誰にも手折られない、強さ。
それでもなお凛と佇む、あの美しさたるや。
私などが持つ低劣な言葉では、説明するにとてもとても足りなかった。
あの人は、どうにも素晴らしい。
だかその瞳は、簡単には下々のものを写してはくれなかった。
どれ程の色男が近づこうとも、ちらりとも一瞥しない。
さして高くない身分の私など、景色の一部程度にしか認識されていないだろう。
それなのに、何を大それたことを考えているのだろう。
しかし頭ではどうにも思案してしまう。
あの方を、手に入れる術。
口に出すことは憚られても、心のなかでは言える。
あの方が、欲しい。
ふっと、声が聞こえた。
貴方のものにしておしまいなさい。
小さな子供のような、それでいて年老いに老婆のような声だった。
貴方のものにしておしまいなさい。
繰り返し繰り返し囁く。
その響きのなんと甘美なこと。
あの方を、私のものに。
沸騰したように血が忙しく動き回る。
頭のなかで繰り返す。
あの方を、私のものに。
そうだ、あの方は、私のものだ。
難しくはなかった。
むしろ拍子抜けするほどの容易さに、不安を覚えたくらいだ。
あの方が、私を見ている。
その瞳に、一心に私を写している。
あぁ、なんと甘美なこと。
白く柔らかいはだが、艶かしい黒髪が、澄んだ声が。
この方の全てが、私のもの。
誰にも邪魔はさせない。
誰にも見せてなどやらない。
私だけの、もの。
口元を歪めると、彼女は怯えたように私を見る。
いや、それは違う。
ずっと、彼女は私に怯えた目を向けている。
なぜだ、なぜ。
闇に紛れて彼女を連れ去ったときから、その白く柔らかい肌に触れたときから。
日増しに色濃くなっていく、暗い影。
相変わらず、この方はお美しい。
しかし、真っ赤に染め上げてしまいたいと言う衝動は、もう微塵もない。
変わってしまった。
彼女が私を見て頬を歪めた。
その姿のなんと滑稽なことか。
醜さを懸命に浮かべて、私に媚びている。
どうしてこんなにも、この方は変わってしまったのか。
いや、本当は分かっている。
これは私だ。
私が望んだのだ。
彼女の全てを、自らのものに。
心も体も、そして心の中身さえも。
空っぽになった器は、醜い私をそのままに写し出す。
私は私の心を写した鏡を見つめる。
あぁ、醜い、殺してしまいたいほどに。
彼女は美しく、醜い。
形容のしようがない。
媚びた笑顔。
露になった白い肌。
真っ赤に染まる歪んだ唇。
思わずその細い首に指をかける。
彼女は笑った、世にも美しく。
私に、このお方を手に入れることは叶わない。
擬態するように姿を変え、するりとこの腕から逃れていく。
この方の心が、欲しかったのに。
こんなにも、アイシテイルノニ。
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