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おやすみの前のおしゃべり【残念なお知らせと蓋のお話】



「残念なお知らせです」


受話器越しにその言葉を聞いたとき、わたしはとても嬉しかった。

今日はそれを伝えたいだけのお話。


***


使う言葉を選ぶのは、その人自身じゃなくて話す相手との関係性だと思ってる。

わたしの身体の中には思いのほかたくさんの言葉が雑多に詰まっていて、その表層を掬い取って日々の会話をつないでいる。上司ならかしこまった言葉、友達なら砕けた言葉、愛する人なら甘い言葉。誰に何を伝えるかによって掬い取る部分が違うのだ。


今の会社に入社した当初から懇意にしている関連会社の担当さんがいる。

話した感じでは少し年上の女性、顔を突き合わせたことはないのでわからないけれど。

でもとても人当たりの良い方だ。わたしの住む場所とは別地方出身の人なのかあまり聞きなれないイントネーションの言葉を操る彼女の声は、受話器越しに柔らかい心地よさで響く。話をするのがいつも楽しみだった。


そんな彼女からある朝、「残念なお知らせです」と電話がかかってきた。

内容自体は大したことではなかった。確かに残念なお知らせに変わりはなかったが、ことの大きさとしては「週末は二日間とも雨らしいですね」くらいのもの。つまりは彼女らしいお茶目な挨拶だったわけだ。


わたしは彼女がとても好きだったから、その「ちょっとしたお茶目さ」がとても嬉しかった。相手からしたら大したことじゃないかもしれないけれど、関係性が言葉を作るなら、彼女がわたしにくれた一言はまるでプレゼントだった。

人の心の蓋は他人には開けられない。

だからその中から漏れ出てくる声を聴く。それが飾り気のない、ただの世間話だったならわたしは嬉しい。あなたの言葉が嬉しい。




なにせわたし、歳上のお姉さん好きなんです。




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