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月なき夜

 ──午後十一時。
 今日はいろいろな大学の学生さんたちが集まる会合があって、閉店時間をとっくに過ぎてもまだ、店の灯は落とせなかった。
 よくしゃべり、よく食べ、よく飲む学生さんたちの熱気にあおられたように、僕もほっぺを真っ赤にして、客席と厨房を数えられないくらい往復し、もう一生分のふわふわクリームを泡立てたような気がする、と思えるくらいに泡立て器を回し続けた。
 ぱんっぱんに腫れ上がったような熱を帯びている腕や手首に、煉瓦をわたって吹きつけてくる風がつめたい。もう十一月も半分過ぎたんだ、と思いつつ表に出ると、そこにはマドモワゼル・レーヌと、店を出たはずの学生さんたちが集まっていた。
「今夜は、みんなで一緒に帰りましょう──月が出てないから」
 マドモワゼル・レーヌのめずらしく、すこし淋しげな声に、学生さんたちがうなずきを返す。彼らのしぐさが示し合わせたそれではなく、めいめいが自然にそうしていたことに、僕はえっ、と思いながら夜空を見上げると──
 真っ暗だった。
 痩せては肥え、肥えては痩せる月のすがたはなく、そんな月に競演するように輝く星ひとつ見当たらない夜は、どこまでも真っ暗だ。
 それも、吸い込まれそう、なんて暗さじゃない。
 ただ、そこにぽかんと──誰かを拒みもしないけれど、吸い込みもせずに在る、夜の黒。
「こういう夜って、あんまり好きじゃないのよね。特に秋の終わりごろのって」
 マドモワゼル・レーヌのぽつりと呟いた言葉に、学生さんたちがそれぞれ口を開きはじめる。
「マドモワゼルの言葉、なんだか分かるような気がする」
「真っ暗な夜、しかも風がつめたいから余計にそう感じるのよね」
 マフラーやショールを巻いた首元を抑え、なるたけ夜空を見上げないように身を屈めて、石畳を歩く彼らの口からこぼれる、将来の不安や試験の点数への怯え。
「みんなで一緒にいれば」
 怖くない、と僕は言いかけて──口をつぐんでしまった。
 学生さんたちはいずれ時期が来れば、学校を卒業してこの街を離れていく。
 僕だって、それにマドモワゼル・レーヌでさえもしかしたら、あのカフェにいつまでもいるわけではない。
 そのときが来るか、季節が過ぎるかすれば、どこかに新たな居場所を探して旅立つことを余儀なくされる──たとえ今がどれほど楽しく、充実しているように感じていても。
 そんなことを考えてしまうほど、先を歩く学生さんたちとマドモワゼル・レーヌの背中を遠くに感じてしまう。
 月が出ていない、ただそれだけで。
「──……僕も、月の出てない夜は苦手になりそう」
 呟いた言葉は舗道を転がり、夜空へと向かうつめたい風に乗せられ、消えていった。

novelber 16.無月

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